30人目
30人目、神崎夏男
彼、神崎夏男は今作品の主人公であり、脱出ゲームの〝ジョーカー〟でもある。そんな彼の過去を覗いてみる。
神崎夏男は、本編で紹介された通りの名探偵になる事を夢見る青年であるが、名探偵と一言で言ってもピンからキリまである。彼が望む名探偵の位は、世界で有名になれる程の〝名〟を目指すという内容から、世界一の名探偵になる事を夢見ている。
本人からしても、世界一とは大き過ぎる夢であるだろうと考えてはいるみたいだが、それくらいの意気込みで名探偵を目指すという意味合いを含む、という事である。
そんな彼の普段の生活は、ハードスケジュールの日々に追われていた。何故なら彼は、二つの顔を交換しながら生活しているからだ。
一つは表の顔になる学生。現在通っている横浜桜陽高等学校の新入生徒であり、1日の半分近くは学業に励んでいる。
もう一つは裏の顔になる名探偵。両親が独立開業していた神崎探偵事務所を継ぐ形で活動を始め、彼がもつ数人の部下と共に探偵業に営んでいる。こちらもなかなかのハードスケジュール。
神崎夏男の両親は共に、1年前の交通事故で亡くなっている。先程事務所を継ぐと言ったが、継ぐと決意したのは夏男本人であり、その決意を行動に移したのは両親が亡くなってから1ヶ月後である。
両親が亡くなるまでの夏男は、神崎探偵事務所を継ぐつもりなんて少しもなかった。既に名探偵であった両親と、有名である神崎探偵事務所を誇りに思いながらも、いつか超えてやると考えていた。つまり、既に名探偵である両親に対抗意識をもっていたのだ。
こんな別れ方をするのなら……こんな未来を予言出来たのであれば……
両親の死を悔いて悔いて、また悔いて。気が付いたら朝になっていたりして。自由を感じさせる空を見ると、不自由な自分を更に追い詰めてしまったりして。
随分と苦しんだ。
そんな生活を一ヶ月程繰り返しているうちに、彼の脳裏に浮かんでくる両親が成し遂げられなかった夢。それは次第に頭から離れる事が出来なくなり、一つの決意へと変化を遂げる。
「追いかけてみよう」
そのためには今すぐ出来る事、いや、やるべき事がある。それは、神崎探偵事務所の後始末であるが、彼が考えに考えて導き出した答えは、全て自分が引き受ける事。
「同じ仕事も出来ないで、叶える夢もないよな」
当然の事ながら彼の探偵力や経験値、事務局の経営、契約から今までの部下を従わせるノウハウ等に加え、学業と並行して仕事に取り込むといった時間的な問題により、業界では有名だった神崎探偵事務所のブランドもガタ落ちする。
その結果、幾つも事務所を展開してきた神崎探偵事務所は次々と潰れてしまい、現在は事務本部のみが残されている。
自分の力不足により、失った部下も多数いる。今では全6人が使い回しにされている状況である。
両親が亡くなってから現在に至るまでの彼はとにかく必死に両親の真似事をしているような状態が続いていた。沢山傷付いたであろう。一人でこっそり泣く時間さえあったかどうか。
それでも彼は諦めない。
何故なら、今やっている事を持続させていけば、いつか必ず両親のように立派な名探偵になれるのだと信じているからだ。
これ以上立ち止まる訳にはいかない。学生がなんだ、眠れないからなんだ。未成年がどうしたって。
彼の内に秘めた意地が使命感と合わさって、誰にも止められない信念を貫く力を蓄える。
※少し時を遡る事、今より8ヶ月前。場所は神崎探偵事務所本部入り口前にて。
今日もどっしり構えた神崎探偵事務所であるが、どことなく寂しい雰囲気が漂っているようにも見える。そこへ訪れる一人の若い女。女の服装はラフなTシャツにショートパンツ。若者が好んで被りそうな今時の帽子を深々と被って探偵事務所へと一直線に歩く。
神崎探偵事務所入り口ドアを開けるとカランカランと鈴の音が響く。
「ごめんください」
――反応はない。
「あの、探偵の依頼をしたいんですが……」
――反応はない。
「どなたかいらっしゃいませんか?」
反応がないので、仕方なくドアを閉めてため息を一回。とそこへ、真後ろで男に声を掛けられる。
「呼んだ?」
驚きのあまり、思わず悲鳴をあげてしまう女。
「あ、あなたは!?」
「俺は世界一の名探偵、神崎家長男の神崎夏男。以後お見知り……いや、以後知れ」
「あなたが神崎夏男?」
「依頼に来たんだろう。まぁ入りなよ」
夏男に誘導されながら神崎探偵事務所の事務室に入室する。少し埃っぽいソファに腰を下ろすと、それらしい感じで始められる依頼の手続き。
「あんた、名前は?」
「石川ナツです」
「石川さん、ようこそ神崎探偵事務所へ。探偵のご依頼をご希望ですね」
「はい」
深々と被った帽子のツバの部分が邪魔をして、石川ナツと名乗る女の素顔がよく見えない。それにしても、石川ナツとは偶然にも似た名前をしたプレイヤーが本編でも登場しているのだが……
「色々と書かなきゃならない書類があるんだけどその前に。ざっくりで良いから先に依頼内容を話してくれないかな」
「はい」
石川ナツは、返事をするや否や用意しておいた一枚の紙をカバンから取り出す。その紙にはある人物の写真が写されているのと、その人物について少しの説明が書かれていた。
「この男を捜しています」
どういう訳か、石川ナツが捜していると指さす紙に写し出されている人物は、本編に登場した今なお謎多き人物で、黒幕サイドの幹部であるとネタバレされた小柄の男。
ドン釈直属の部下である事が分かって、その実態は暗殺集団であり、30人のプレイヤー達(重要人物達)を訳の分からない建物へ閉じ込めようと回収作業に取り掛かったアメダマの一部である組織〝博打組〟の……
博打組四幹部の一人で、舞園創を煙弾で何度も気絶させた小柄の男〝トランプ〟だ!
「この男と会って話しがしたいです」
「何故?」
「私の幼馴染がこの男に付け回されているからです」
「付け回されている?」
「正確にはもう一人いるのですが、その方の苗字は分かるんですが顔を知りません」
「名前は?」
「横峯という女の方です」
「その横峯という女とこの写真の男が君の幼馴染を付け回していると?」
「そうです。私も〝彼〟も今年は受験シーズンだっていうのに、こんな学生をストーカーして何になるんでしょう」
「警察には行った?」
「はい、何度か」
「ふむ。書類は完全に後回しでいこう。まずは君の幼馴染についての詳しい情報と、彼がこの写真の男にどう付け回されているのか詳しく説明してくれ」
「はい、警察によると私の〝幼馴染の父親〟が絡んできているという事らしいので、先に彼の父親の〝口外してはならない秘密〟についてお話をさせていただきます。それは……」
本編で登場してきた石川ナツ(石川奈津)とは全く異なったイメージで、その口調も中学3年生とは思えない程に丁寧であるが……石川奈津と同一人物ではないのか!?
その後、石川ナツの依頼を引き受ける事になった神埼探偵事務所は二人の人物を追う事になった。一人は作中でも明らかになった〝横峯悪魔〟という女で、その正体は博打組四幹部の一人〝ダイス〟である。一方の写真に写っていた小柄の男もまた、博打組の四幹部の一人である〝トランプ〟であり、その本名は〝谷雅司〟。
谷を追ってから半年以上経過している。谷をマークしているうちに次々と明らかになっていく一つの思惑。一つの真実にたどり着こうとしていた……
こいつらは何者かの指示で動いている。そしてその思惑は止まる事なく今年中にでも行動するであろう。
後々起きてしまったのが有馬駅連続殺人事件である。これをアメダマの連中はこう言う。〝人体冷凍保存材回収計画〟
捜査していくうちに大きな闇が潜んでいる事を知る事になる夏男。谷の所属する組織の目的は、冷凍保存の実験に必要な人材を作り出そうと動き出し、事件を起こす事によってターゲットになる人材を一つの場所に集結させる事。それが有馬駅連続殺人事件の実態であり、敵が仕掛けた罠である。
〝今日この駅に現れた全ての人間を、あの御方が計画する実験に必要な被験体として推薦させてもらう〟
石川ナツと名乗る女の依頼をきっかけに、ドン釈の計画する実験に巻き込まれる夏男。事態は悪化する一方で、ついにはフレームデッドゲームのプレイヤー(実験の被験者)に選ばれてしまい、現在脱出ゲームに参加させられている。
彼の中で、現在行われているゲームについて幾つも疑問に思っている事がある。何故自分が選ばれてしまったのか、どうして閉じ込められているのか、現状は実験についてほとんどが分かっていない状況である。
捜査の途中で耳にする人物の名。有馬駅連続殺人事件の犯人として捕まった戦場貞子について調べようとしたところで黒幕サイドに襲われてしまう(回収されてしまう)。
貞子の正体が裁判枠の同盟リーダーである篠原すみれだという真実を、彼はまだ知らない。
そしてフレームデッドゲーム開始前日に、黒幕サイドからゲームの詳細を聞かされた夏男であるが、残酷な殺し合いゲームだと知った彼は一つの決意をするのであった。
運命といえばそうであろう。彼にとってこのコロシアイゲームは、残酷なんてものではない。彼の両親が神崎探偵事務所で受けた最後の依頼。それは〝裏社会を仕切る博打組を部下にもつ人物の正体を暴いてほしい〟
両親が命を懸けて引き受けた巨大な依頼。危険を犯してまで引き受けたのは何故だろう。
もはや他人事に出来ないこの状況に彼の探偵魂の全てを注ぐつもりでいる。チュリぞうを初めとした黒幕サイドの人間らと博打組との繋がり。両親が命を懸けて引き受けた最後の依頼内容。フレームデッドゲーム開始前日に黒幕に歯向かったジョーカー。その先にあろう両親の成し遂げられなかった夢。
神崎夏男と黒幕サイドの闘いが今はじまろうとしている。
「敵はあんたらの息子を試してみたいんだとよ。ここからは俺が引き受けてやる」
※後書き
サイドストーリーⅣは以上になります。次回は本編のエピソードⅤに突入します。




