26人目
26人目、爾来也伊吹
時代を遡る事〝3年前〟 当時中学1年生であった爾来也伊吹の出来事を思い返してみる。
当時の彼女には、ある二つの天性を揃えてしまったために生じる〝苦渋の選択〟を迫られる時期、丁度3年前。場所は爾来也の通っていた剣道場より。
広い道場に二人の人間がポツンと正座している。一人は当時の爾来也伊吹。もう一人はこの道場の師範である〝牧谷瞳〟
当時の牧谷は26歳。地元では珍しい女剣豪・マキヤとして有名だった。女剣豪マキヤという通り名は、剣術を学ぶ多くの剣士が一度は耳にする程の知名度である。
それもその筈。彼女の黄金時代は現在まで抱えている、ある病に罹るまでの話になるが、一言で言ってしまえば剣道の世界を勝ち取ったのだ。しかも2度も。
彼女が築き上げた剣道の力に加え、彼女の女性として世界に向かう強さやたくましさは、日本中に感動を、世界には驚きによる剣道の歴史に大きな影響を与える事になった。
彼女の後を追うように現れた女剣豪達は皆、性別の制限をなくした無制限試合へ参加を決意する。それらを人は〝マキヤ二瞳世代〟と呼ぶ。
そんな彼女に憧れた中学生のこの女、爾来也伊吹もまた、マキヤ二瞳世代の一人といえよう。
牧谷の顔を見つめながらじっと正座をして何かを待っている爾来也。いや、口を開いてしまう。
「師範」
「お前の考えは分かった」
剣術の稽古を終えた爾来也は、大事な話があると言って牧谷を呼び出した。その内容は〝2ヵ月後に控えた剣道の大きな大会に出場するかしないか〟
爾来也の答えはノーだった。それには理由があるのだが……
「伊吹よ、お前はそれで良いんだな。悔いはない?」
「えっと」
「中国憲法を極めし者が集う合宿に参加を決意するという事はだな。お前も分かっているだろう。私は中途半端な女に術を託すつもりはない」
「ない、辞めたくは」
「お前はこちらの道に逆らおうとしている」
「違うの!」
「そう言われても仕方がない話であろう」
爾来也伊吹が極めようとしている世界は二つある。剣の道を究めた剣道と、武術を特化させるのみではない、火器を除く武器術も含まれる中国拳法である。
爾来也の武器と言えば日本刀になるが、その刀を扱う剣術を応用した中国拳法がまた、天才的な技術を開花させた未来のエースと噂されるほどの腕前であるのだ。
しかし剣術を託した師範の牧谷は、「拳法に応用するために剣術を教えた訳ではない」と言い捨て、一度は道場から出て行ってしまった後の話となる。
「お前の剣術は好きだ。何よりも可能性を感じる場面を幾つも見てきた。私の剣術を取り入れたお前が、見る見るうちに成長していくのが、最近の私の生き甲斐で間違いはない。でもな……」
そっと目をとじる牧谷。そして一言。
「私の教える剣術を、武器にしないでくれ」
牧谷の教えた剣術とは、護衛術にも似ている体技がほとんどを占めていた。やられる事がなければ負けはない。少しで良いから、相手より有利に立ち振る舞う事が出来ればこの道は勝ちを認めてくれると。
「お前が合宿に行ってまで成さねばならぬ事。それはつるぎを上手い具合に利用してしまう、攻撃力を限界まで高める術を身に付ける事であろう!」
「えっと」
「それは同時に私の道を侮辱する行為ともとれる。あんまりじゃないか」
「待って」
「私を説得したくば、その攻撃するつるぎで向かって来るんだな」
「師範!!」
牧谷の考えが誤っていると捉えられても仕方がない爾来也の行為により、どちらが正しいか剣を交えてみれば分かると言わんばかりの一言。ここで一旦両者無言になる。
爾来也伊吹は、牧谷師範の一番弟子にして天才と謳われる期待のスーパールーキーでもあるのだ。そんな爾来也との価値観の違いによる初めての衝突が起きてしまった。という状況である。
「伊吹、お前が正しいか私が正しいか、此処、大剣豪の地〝バサラスタンス〟で決めようではないか!」
「師範がでしたら望まれるの、立ちます受けて我は……じゃない受けて我は立ちます」
ここで小ネタを一つ。爾来也が世間で言う馬鹿な部類に入る理由の一つ? として、稽古中に牧谷師範に木刀で頭を殴られすぎたせいだと言っても過言ではない。何故なら叩かれた数が、千発以上にも及ぶからだ。
互いに鞘から刀を抜く。
「良いか、一本勝負だ」
「はい」
女剣豪マキヤとして剣道の歴史に大きな爪痕を残した過去の英雄・牧谷瞳と、未だ一度も牧谷に勝った事のない天才中学生、スーパールーキー・爾来也伊吹の一戦が始まる。
「師範、あなたが望むこの闘いに〝武器〟はありませんか?」
「ない。私は、私の積み上げてきたものを守るつもりでお前に向かう」
「分かりました」
「お前が日本語をきちんと整理して話せるなんてな。珍しい事もあるもんだな」
「集中しておりますから」
「宜しい。待ったなしだ!」
待ったなしだと言い捨てた一瞬の間の事である。
既に爾来也に一斬りして背後に立っていた牧谷。しかし……
「ほう、見切ったか」
「集中しておりますから!」
己の刀で牧谷の斬撃を弾いていた爾来也。ほんの一瞬の出来事であった。
「今度は我から行かせて貰います」
「威勢が良いな。掛かって来い」
爾来也は、自身の着ていた道着の上を掴んで引っ張る。右袖口から肩を露出させ、刀を強く握り締める。大きく深呼吸を一回。そして渾身の斬撃大技を一発繰り出す。
『衝 撃 牧 撒 義理ッ――十六万乱舞ッ!!』
一瞬の間に道場内に存在する酸素を刀に取り込んでから斬撃を放つ。その間は息をする事が困難となる。
斬撃を放つ体制のまま、牧谷のもとへ急接近。
「来い!」
唸り声をあげながら体制をひっくり返して斬撃を放った爾来也。次の瞬間、微かだが牧谷が微笑んだ表情を見せる。
刃になった風を避けようともせず、真っ向からぶつかってみせる牧谷は既に爾来也の目の前に立っている。と同時に牧谷の右腕から大量の血が放出する。
「え、何」
「お前の負けだ。サシで大技なんて……こっちから浴びに行っちまえば、後は隙だらけの相手に試し斬りでもすりゃぁ勝てる」
「え、え!?」
大技を使うのに、思い切り右腕を振り切ってしまった爾来也に一振り、斬りかかる牧谷。
「ごはぁ!」
腹部を斬られた爾来也が、床に膝をついたところを茎部分で首筋を叩いた牧谷。急所に入ったのか、そのまま気絶してしまった爾来也。これまたほんの一瞬の出来事である。
スーパールーキーと言えどもまだまだであるという事か、力の差が歴然としていた。爾来也の大技斬撃により、右腕に重症を負わせる時点で天才のレベルに達しているとも言えるが、二人の実力差はまだまだ離れている。
今の戦に至っては、剣術の差は勿論の事、それ以上に積み上げてきた経験による判断力の差もあったと言えよう。
「起きろ、起きろ伊吹。こんなところで寝たら風邪をひく」
「ん……んん、うん」
「お前のやりたいようにやってみろ」
「え?」
「それが駄目なら此処へ戻って来ると良い」
「牧谷師範……」
「良いか、やると決めたからには中途半端はいかん。半端な女は認めんぞ」
「うん」
牧谷の右腕から流れる血の一滴一滴は、一番弟子である爾来也伊吹の決意の重さであって、それを見るに、ここは受け入れるべきだと判断する。結果的には、右腕を守ろうとせずに勝ちに行った牧谷であるが、胸の内で微かな後悔と期待が入り混じっていた。
自分の信じる道があるのは大いに結構。でも、それとは別に、他の道が存在していても良いんじゃないかと。違う考えは取り込まずに受け入れろ。
彼女の本気を見て、そう思ったのだ。
そして牧谷道場を去った爾来也は、青い目をした侍男・城戸戦士と共にバサラスタイル(バサラスタンス)から外れた里で、中国拳法を習得する日々を送った。
道場を離れる際に、爾来也が牧谷師範にした約束が以下の通り(集中時・爾来也伊吹の言葉)。
「我は何者にも負けない位に強くなる。我が道を極めた先では、バサラを守る剣になるからさ」
※後書き・ヒント
後に師範である牧谷から授けられた刀が〝ソハヤノツルギ〟である。




