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18話。金は回る。ただし同じ場所で。

当たり前の話であるが、いきなり数百M円単位の金を得てしまうと色々な面倒が生じるものだ。


わかりやすい例としては、聞いたことがない親戚から連絡がきたり、それまで連絡をとろうとさえしなかった親戚が連絡をしてきたりする。


ウチも二年前に改築したときは親戚を名乗る不審者から連絡がきたものだ。


また、この業界は狭いので、協会から大金を巻き上げたという情報はすぐに広まってしまう。


そのため他の神社関係者から嫉妬されてしまうことになりがちだ。


これに関しては正直同じような経験を積んだものとして彼らの気持ちも分かる。


今もボロい家で暮らしているであろう同業者の皆さんに対して同情を禁じ得ないのも嘘ではない。だが、うちも上から目線で施しができるほど余裕があるわけではないため、向こうが挨拶という名の様子見に来たときに限り「母屋を改築したら協会から巻き上げたお金が全部なくなった」と言いながら、お気持ちとして数万包む程度の施しをすることでお茶を濁している。


因みに一番繋がりが強い中津原家は100M単位でどうこう言うような家ではないし、次に関係が深い鷹白家(環の実家)は、過去に環の命を助けたり、環のレベルを上げたり、異界探索のノウハウを教えたり、俺を通じて中津原家との知己を得たことなど、様々な恩恵を授かっているので俺が協会から金を巻き上げた程度では文句を言ったりはしない。


もちろん向こうは貰えるのであれば何でも貰うだろうが、頼まれない限りはこれ以上の施しをするつもりはない。そんなプラトニックな関係なのである。


『頼まれたら援助するんか?』


そらするよ。知り合いだもの。ただしこっちが困窮しない程度に限るけど。


不公平と思われるかもしれないが、知り合いとそうではない人間に区切りをつけるのは人間として当然のことだと思う。


とは言え、今回に関しては早苗さんの事情に巻き込んでしまった形となるので、中津原家から謝罪と相応の慰謝料が支払われるだろうから、俺が心配する必要はないと思っているが。


鷹白家と中津原家の間でどのような話し合いがもたれるかは不明だが、とりあえず金があると思われると際限なく(たか)られるのがこの業界の常識だと覚えておけばいい。


故に周囲に大金を得たことがバレている中で金を使わないのは悪手でしかない。


ついでに言えば、玉串料とは言え金額が大きいとマネーロンダリングが疑われるので、溜め込むのも推奨しない。


そういった諸々の事情があるため、妹が言うように周囲に分かりやすい散財として車を買うという選択は決して悪い考えではない。


尤も、中学デビューを狙っている妹の考えとしては、送迎の際に使われる車がウン十年前のカローラでは格好がつかないとかそんな感じなのだろうが。


妹の思惑はさておいても提案自体は悪いモノではない。だが、普段使いしている車を高級車にすると周囲からのやっかみを招きかねないという問題がある。


『寺の住職がフェラーリに乗っていたら怒られる問題じゃな』


それだ。個人的には坊さんが何に乗ろうがその人の勝手だと思うのだが、世の中にはそう思わない人もいる。


坊さんとしても、自分に関係のない人間がいくら騒ごうが気にすることはないだろう。だが、檀家の人から文句を言われてしまうと対処しないわけにはいかなくなる。


その結果選ばれたのがカブだ。


『黒い法衣を着込んだ坊さんとカブの相性は異常』


似合っているのは確かだが、やはりあのチープさが檀家さんにも受けるのだろう。


もし坊さんがサイクロン号(バッタ仮面のアレ)に乗ってきたら檀家さんもビックリするからな。


『絶対檀家(目的地)がショ〇カーのアジト扱いされるじゃろ』


それはそれでオイシイかもしれない。


なにが言いたいのかというと、つまるところ、移動の際にカブに乗る坊さんが多いのは、偏に面倒な批判をかわすための彼らなりの処世術なのである。


『イメージって大事よな』


全く以てその通り。程々が一番なのだ。


それに鑑みて、ウチである。黒いセンチュリーのような厳つい車にしろとは言わないが、かといって今使っているウン十年もののカローラもよろしくない。なにせ神主さんが乗っている車があまりにも古い車だと周囲から「こいつ、大丈夫か?」と思われてしまうからな。


だから適当な車を買うことについて異論は無い。


異論は無いのだが、我が家には先にやるべきことがある。


「やるべきこと?」


車を買うことに反対したわけではないので、妹の機嫌は良いままだ。


それどころか「また何か新しくなる!」と期待しているようにも見える。


そんな妹の期待に沿えるかどうかは不明だが、俺は今回得られるであろう臨時収入でやるべきだと思っていることを口にする。


「社務所と授与所。さらには御社殿(拝殿・幣殿・本殿)の改修をしたい」


「あぁ~!」


妹も納得の使い道である。


社務所とは、神社内にある神主や巫女さんの職場兼待機所のようなところだ。

母屋と併設してる神社も多い。ウチも改築する前はそうだったが、今は独立した形になっている。


授与所とは参拝客が破魔矢やお守りなどを買うところである。

こちらも社務所や母屋と併設しているところが多い。


拝殿は文字通り参拝客が拝むところ。

幣殿はお供え物が添えられるところ。

本殿は神様のおわすところ。


どれも参拝客の目に入るため、ボロいと神社の評価に関わる場所である。

特に拝殿。


基本的にウチを含む神社の大半は、そのどれもがボロい。

歴史がある云々以前に、改修すべきところもできていない有様だ。

なんなら雨漏りさえしなければそれでいいと割り切っている神社が大半だろう。


ウチも同じような状況だったので最初に御社殿を改修しようとしたのだが、その際神様から『母屋を先にやれ。こっちはあとで良いから』と言ってもらえたので母屋を先に改修したという経緯がある。


『そらそうじゃろ。いくらなんでもあの家はあかんて』


神様はこう言ってくれるが、本来であれば神社関係者にとって御社殿こそ真っ先に改修しなくてはならない場所なのである。


『ま、本殿つっても実際に妾が住んどるわけではないからの』


それについては、まぁ、あくまで神様がおわすところだからね。ウチの宗派の場合だが、神様は天津神でいう高天原のような場所にいるので、本殿は神様が降りてくる場所であっても住んでいる場所ではないのだとか。


わかりやすく言うのであれば、本殿は神様と交信するための祭壇のような役割を持つ建物であって住居とは違うという認識なのだ。


そういう認識なので、綺麗ならそれに越したことはないが、必ずしも新しく在る必要はないらしい。


『汚いのは論外じゃがな』


当然ですな。その点ウチは、神様のおかげで俺が生まれたということもあって父親が熱心に管理をしているため、綺麗なものである。神様も今まで御社(おやしろ)の扱いに不満を抱くことはなかったそうな。


ついでに言えば神様は神様でテレビやパソコンから得られる情報を欲していたため、そういうのが得られない御社殿よりも母屋の改修を優先させたという事情もあったりなかったりするとかしないとか。


『どんな狙いがあったとしても、誰も不幸にならんかったからこれでヨシ!』


俺としても御社殿を先に改修していたら妹の心はもっとアレになっていただろうからこれで良かったと思っているので、神様には感謝しかないのであるが。


「そうだね! 社務所とか授与所も新しくしないとね!」


妹よ、御社殿よりもそっちか。


いや、職場が汚いよりは綺麗な方が良いというのも当たり前の話ではあるのだが。


特に妹の場合は、正月などになると巫女装束を着込んでお守りの販売などを手伝わされるからな。

古くて隙間風が吹きまくる授与所が、新しくて暖かい場所になるのであれば文句はないだろう。


『ただでさえ寒いのに、客もパラパラしかこんからのぉ。猶更寒いじゃろうて』


マッチ売りの少女ならぬ、お守り売りの少女である。


誰も来ない授与所で震えながら待機する小学生。聞けば聞くほど悲しい環境だな。


そんなところで数年前から働いていた(もちろん無給奉仕)妹はもう少し報われても良いと思う。


「新しくなったらお客さん増えるかなぁ」


参拝客をお客さんというのは止めなさい。


確かに客って字は入っているが、あれは神様を拝む為に参じた客、つまりは神様へのお客さんのことだから。


あと、建物の見た目と参拝客の増加に関連性があるかどうかは不明なので、変に期待しない方が良いと思う。


『ま、客の入りはともかくとして。施設が新しくなることで友人が来たときに恥ずかしい思いをしなくて済むならそれはそれで良いことなんじゃろうよ』


友達や周囲の神社関係者に対して自慢の種になる、か。

かなり即物的な考えだが、神様が文句を言わず、妹本人も満足しているならそれでいい。


人間なんてそんなものだからな。


神様が妹に甘いのは、単純に主人公が気にかけている存在だからです。

妹の心が壊れたら主人公の心も壊れそうなので、主人公が気付かないところにも配慮している感じです。


その結果、妹にとって自分の気持ちを余すことなく汲み取ってくれる完璧な兄が誕生しているわけですが……まぁそれで誰が不幸になっているわけでもないので問題ないでしょう。


閲覧ありがとうございました。


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