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16話。一粒300M

「そういうわけでして、此度は教会に唆された部下が勝手なことをして誠に申し訳ございませんでした!」


開口一番に敵を明確にすることで自己の保身と外敵の排除の両立を狙うとは、さすが植田さん。如才ない。


『エリック! 上じゃよ!』


植田(上田)の霊圧が……消えた?


荒廃した世界に於いて見事な散り様を晒したフォーゲルさんに思うところはないが、荒神という意味では神様が殺したようなものではなかろうか? と訝しむのもそこそこに、視線は今も綺麗に頭を下げている植田さんから離さない。


彼女は凄く綺麗な土下座をしていた。教科書があるなら載せたいと思うほどに、一分の隙も見当たらない土下座であった。


『傍から見れば殊勝な態度なんじゃがの。表情が歪みまくっとるから台無しなんじゃよ』


残念。表情が隙だらけだったようだ。しかし彼女の気持ちもわかる。


彼女ほどの人物が俺のような若造相手にこうして深々と頭を下げているのは、それが正しい礼儀だと知っているから……ではなく、単純に屈辱に歪んだ顔を見せたくないからだし。


特に今回の件は彼女にとって完全な貰い事故だから猶更その思いは強いだろう。


『N・D・K! N・D・K!』


見える。植田さんの表情が屈辱で歪みきっているのを理解した上で、その周囲にて沖縄出身のダンスグループ張りに躍動している少女の姿が。


おぉ神よ踊っているのですか。


なお、本人は諸々気付かれた上で煽られていることに一切気付いていないものとする。


踊りながら周囲を回り始める神様と、それに気付かず綺麗な土下座を継続している植田さんを並べると、なんだろう、年末に放送されていた笑ってはいけないナニカを連想してしまいそうになる。


『たなかーアウトー』


うん、普通にアウトだね。タイキックで済むかな?


『最低でもビンタは追加されるじゃろうな。……と言うか、あのとっつぁん坊やはなんで「山ちゃん」なんじゃ? あやつは月亭包○では?』


包正さんですね。そこに○を付けると勘違いされそうなんで。彼は包正さんです。


このままでは温泉街の一幕を思い出して俺の腹筋がやばいことになりそうなので話を進めることにする。


「その田中さんとやらがやらかしたのは理解しました。こちらとしても、その田中さん本人や彼を唆した教会の人たちはどうか知りませんが、少なくとも植田さんが中津原家とことを構えるつもりがないことは疑っておりませんのでご安心ください」


「ご理解いただきありがとうございます!」


うん。普通に考えれば入間支部程度の規模で中津原家を敵に回すのは頭が悪すぎるからな。


とはいえ、一介の職員が早苗さんに危害を加えようとしたのもまた事実。教会に切り捨てられる可能性を考えれば、教会以外にも後ろ楯になったやつがいるはずだ。


『おそらく中津原の分家の誰かが関与したんじゃろうて』


そんなところだろう。むしろそうでなければ、教会が唆したとはいえ一介の職員風情が早苗さんに危害を加えようとするはずがない。


今頃は分家の誰かの目が大変なことになっているんじゃないかな。知らんけど。


『阿呆死すべし慈悲はない』


一度赦しましたからね。二度目はあげません。


ま、誰が関与したかは目を見ればわかることだ。逃がすこともないだろうよ。


『間抜けは見つかる。中津原が隠しても妾が見つける』


話が早くて助かる。あとは環に手が及んでいないかどうかを調べて、何もないようならそこで終了。ナニカされているようなら報復したあとで終了、かな。


「私への謝罪は結構です。ご用向きは以上でしょうか? そうであれば中津原家に取り次ぎますが?」


「それはっ!」


『謝罪は受け入れた。だが解呪するとは言っていない』


その通り。頼まれもしないのにそんなことはしてあげないのである。


さて、植田さんはどうするかねぇ。


この場で解呪を頼むか、それとも頭を冷やしてから再度頼みに来るか。


再度来る場合は田中さんとやらも一緒に連れてくると思うけど。首だけ持ってこられても困るのでその辺は配慮してほしいところである。


『こっちからは配慮せんが向こうには当たり前に配慮を求める。これが勝利というものじゃな!』


所詮敗者じゃけぇ。負け犬は失うのみなのだ。


「あ、あの。実は田中のせいで例の呪いが発動してしまっておりまして……」


どう出るか見守っていたら、植田さんは意を決した表情を向けながら、正直に自分たちにも呪いが掛けられていることを告白してきた。


判断が早いところは俺的に高ポイントです。

それはそれとしてリアクションの時間だ。


「えぇ? 誰か私に術式を掛けたんですか?」


知らなかったわー。びっくりしたなーもー。


『わらわもびっくらこいたー』


ほんとになー。


「もちろん術をかけたのは我々ではありません! おそらく教会関係者でしょう! ですがあの呪いは関係者から感染するタイプの呪いですので……」


知ってる。


「あぁ、なるほど。今回の件については全くの無関係であるはずの植田さんたちも干眼の呪いに罹患していましたか」


「……はい。あ、い、いえ! 田中の行動を抑えられなかったという意味では上司である私も無関係ではありませんから!」


うん。そうだね。気を抜いたらあかんよ。こっちも頑張って演技しているんだから、そっちも頑張って。


『緊張しとるんじゃろうな。あれじゃ、お茶でも飲ましてやったらどうじゃ? アイスティーしかないがいいかの?』


そういえばお茶も出してなかったわ。

でも今更出すのはちょっと違う気がする。


何より向こうが謝罪と解呪をお願いしに来たわけだから、むしろこっちがお茶を貰うべきでは?


『山吹色のお菓子は持ってきておるようじゃがな』


ほほう。それはそれは。


「わかりました。私としても無関係な方が呪われるのは望みませんからね。さっそく解呪しましょう。罹患しているであろう入間の協会員さんの名簿はお持ちでしょうか?」


「はい、こちらに……」


そう言って書類を出してくる植田さん。誰が呪いに罹っているか分からないと解呪できないから個人情報の漏洩もしょうがないね。


『くっくっくっ。不幸のハガキを送ってやるわいのぉ』


切手代が勿体ないのでやめてほしい。


「あと、下世話な話で申し訳ないのですが御玉串料もお願いできますか?」


『神社に儀式を頼むなら玉串料は必須。常識じゃよなぁ?』


誠意とはなにかね?


『金じゃろ』


その通り。現金があればなんでもできるのだ。


「もちろんです。こちらをお納めください」


神様との掛け合いを知る由もない植田さんは、神妙な顔をしながらジュラルミンっぽいもので造られたアタッシュケース的な入れ物を差し出してきた。 


うむ。中身が貴金属なのか紙幣なのかは知らないが、そこそこの金額になることは確定的に明らかだ。


『今日の晩飯は肉じゃな!』


A3でもB4でもかかってこい!


『……そこはA5かせめてA4にして欲しかった』


贅沢に慣れると危険ですので。

あとB5も良いと思います。


なんか凹んでいる神様を慰めつつ、植田さんの相手も忘れてはいけない。両方やる必要があるのが、しがない神社の長男のつらいところだ。


ちなみに父親は協会に所属していないので、ウチでは協会絡みの案件に対処するのは俺の役目となっている。


閑話休題。


「確かに頂戴しました」


「……中身を改めなくてよろしいので?」


「まぁ、所詮気持ちですからね。えぇ。気持ちさえ伴っていれば問題ありませんとも」


逆に言えば気持ちが伴っていなければ解呪できないともいう。


「そ、そうですか」


そうなのだ。重要なのは気持ちなのだ。

これは術式を編むうえで紛れもない事実である。


この場合は『貴女は自分や家族の目にいくらの値段を付けますか?』といったところだろうか。


一般に行われるものがどうかは知らないが、少なくとも俺が行う解呪の儀とは、正確には【解く】わけではない。呪いに新たな術式を上書きし、中和する術式である。(と、いうことにしている)


『だから呪いに感染したと思しき人のリストが必要なんですね』


こういう術式なので、お金がない子供が必死で集めたお金であれば1000円でも十分効果を発揮する。

反対に、特殊詐欺で楽して金儲けしているような輩の場合、1000万でも足りないときがある。


つまるところ、本人が十分な対価を支払ったと思うか否かが大事なのだ。


『じゃから、この解呪の儀に失敗した場合は、そやつ自身が十分な対価を払ったと認識しておらんことになるんじゃよな。もちろん実際は違うんじゃが』


実際は神様が自分の意思で消すだけである。


なんでこんな面倒な真似をするのかというと、こういう舞台装置を作り上げることで、周囲に俺が儀式を行っていると確信(錯覚)させること、つまり神様の存在を隠すことが目的だからだ。


『強すぎる力を持っておると知られれば面倒ごとに巻き込まれるからのぉ』


然り然り。俺も神様も面倒ごとは御免なのである。


ありがたいことにわざわざ手間暇かけて行っている隠蔽の効果は抜群だ。


いまだって、俺なんかよりもよっぽど術に詳しいはずの植田さんだって全く疑いを抱いていないし。


『自分の中の常識と照らし合わせて矛盾がなければ信憑性は増すものじゃからな』


自分で導きだした答えには異論を抱きづらいというアレである。


現時点でまったく疑われてはいないとはいえ、変に引っ張ってボロが出ては意味がない。


さっさと終わらせよう。


「ではさっそく解呪の儀を執り行います。代表して植田さんに受けていただきましょうか。ご存じのこととは思いますが、儀式の最中は絶対に目を開けないでくださいね? ……目がなくなりますので」


「はい!」


母屋の応接室から本殿に移動し、なんか荘厳な気配を醸し出している四角い区切りの中に植田さんをシュゥゥゥーッ!!


『超! エキサイティン!!』


そしてなんかオロオロしている植田さんに向かってばっさばっさと紙垂付きの榊(玉串)を振りながら、ふんにゃがはんにゃがとそれっぽい祝詞を唱えればあら不思議。呪いは消えましたとさ。


『これで大丈夫じゃ。よぉ頑張ったのぉ』


必死に瞼を閉じていた植田さんの瞼の上に筆ペンでいたずら書きをした加害者がナニカ言っているが、呪いは消えたのでヨシッ!

 

「少なくとも植田さんにかかっていた呪いの解呪に成功しました。あとは支部の方々に問題がないか確認お願いします。あ、田中さんのは解いておりませんが、大丈夫ですかね?」


「ありがとうございます! 田中はそのままで問題ありません! むしろそのままでお願いします!」


今日一番の笑顔を見た。


「かしこまりました。本日はお疲れ様でした」


これにて終了。


ちなみに消えたのは入間支部の人間に掛けられた祟りだけなので悪しからず。


『二重取りするつもりじゃな!』


二重どころか、まだ協会の他の支部、教会の日本支部、中津原、それらと関係がある政治家と、その友人知人の分が丸々残ってますがな。


政治家や友人知人の分はそれぞれが立て替えるとしても、あと三回くらいはいけそう。


『3つじゃと? このいやしんぼめ!』


明日またここにきてください。

見せてあげますよ。 

本当の呪いってやつをね。


『今日中にくると思うがの』


来るだろうね。さいたま県内や東京都内に於いて目に違和感がある人たち全員のリストと、その人たち全員を解呪できるだけの玉串料をもって。


うむうむ。田中が全部悪いとはいえ、植田さんの胃が心配になるぜよ。


『一銭たりとてまけてやらんがの』


当然ですな。

もちろん単位は円です。


閲覧ありがとうございました。



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