後日談1:幸運な誤解。【ヴィクター視点】
◇ ◇ ◇
卒業式からほどなくして、俺たちは結婚披露パーティーの日を迎えていた。
会場は結局、クロノス殿下のたっての願いで、王宮の大庭園と大広間を使うことになった。
『王家がテイレシア様を重要人物として扱うということを、国内外に示したいから』だそうだ。調子がいい気もしたが、今後のことも考えテイレシア様と相談して承知した。
「……いや、あのとき、エルドレッド商会の船がなかったら、わたくしも妻も、いまここにはおりませんでしたからな!
商会の船乗り諸君とヴィクターくんには、感謝してもしきれないのです」
王宮自慢の大庭園に、やわらかな日差しが降り注ぐ。上機嫌で笑いながら話しているのはホメロス公爵だ。
そばにいる両親は恐縮し、テイレシア様はうんうんとうなずきながら聞きいっている。
「夫からもある程度、その時のことは聞いておりましたが……本当に、ご無事で何よりです」
「まったくです。いやぁ、あのときは死を覚悟しました」
“夫”。テイレシア様の口からこの言葉を聞くと感慨深い。
今日のドレスは、ふわりと花弁のように広がるドレープが特徴的な白いドレス。可愛らしく結い上げ、そよ風に揺れる髪。
長いまつげやピンク色の唇とあいまって、自分の妻ながら花の妖精のように魅力的だと思う。
ホメロス公爵は、敵国が侵攻してきた当時ゼルハン島にいて、エルドレッド商会の船で一緒に脱出した方だ。都に帰ったあと、俺への報奨と爵位の授与を提案してくださった。
高齢のため、一度政治の一線からは退かれた方だが、今回(アトラス王子の一連の不祥事により責任をとらされて)失脚した大臣たちのかわりに王宮に戻り、クロノス殿下を支えるという。
……あくまで噂だが、国王陛下も何年か後には退位を約束させられているのだとか。
「そういえばテイレシア嬢、おききください。
あのとき我々の脱出直後にゼルハン島にかけつけ、敵軍の足止めをしてくれた援軍が、レグヌムのものだったのですよ!」
「あら、そうだったのですね?
存じ上げませんでした」
「そうなのです。
なぜか、国内では話題にほとんどのぼらなかったのですが……。
それから1年もたたぬ今、レグヌム王のご親戚であるテイレシア嬢とエルドレッドくんが結婚とは……運命とは数奇なものですな」
正確には、親戚があとから王になったと言うべきだろうか。
確かに、もしかしたら脱出直後にレグヌム軍と遭遇する機会もあったかもしれない。
俺自身は本土にたどりついたとたん、疲労でしばらく熱を出して寝込んでしまったのだが……。
「……おや、おでましのようですよ。
あちらの国王陛下が」
「あ、ありがとうございます。
では、ホメロス公爵、またのちほど」
俺はテイレシア様の手をとり、ホメロス公爵から離れて、そちらの方に歩みを進めた。
クロノス殿下が先導して、庭園のなかにレグヌム新国王、レイナート王が会場に入ってくる。
この大陸では珍しい黒髪に、小麦色の肌。漆黒の生地を金糸で縁取った正装。細身で手足が長い。
彼の後ろには、たぶん16歳ぐらいだろう、ルビーのように目立つ艶やかな赤髪の女性が寄り添っていた。
「国王陛下。
このたびは、遠路はるばる我々の結婚のお祝いに駆けつけてくださり、まことにありがとうございました」
「いえ。改めて結婚おめでとうございます。末長い幸福に包まれますよう。
――――テイレシア、こちらのことで迷惑をかけてしまったようで申し訳ない」
「大丈夫、気にしないで……くださいませ。このとおり、幸せですから。毎日、楽しくすごしております」
「元気そうでよかったです」
切れ長な眼と、骨格がシャープな顔立ち。テイレシア様と唯一少し似ていると思ったのは、瞳の色ぐらいだろう。彼女は綺麗な菫色、レイナート王は紫水晶の色。バシレウス家の特徴らしい。
あまり笑わず表情が動かないというか、テイレシア様とくらべても落ち着いている印象だ。
テイレシア様とレイナート王は、本来はわりと砕けた言葉をつかう関係性らしい。
今回の結婚披露パーティーにも来られる、と聞いたときは少しヒヤリとしたのだが、パートナーらしき赤髪の綺麗な女性が同伴していたのでそれはホッとした(テイレシア様とも仲がいい、幼なじみの侯爵令嬢だとか)。
「テイレシア様、お酒ではない飲み物もありますか?」
と、その赤髪の女性が話しかけてきた。
「あ、そうだわ。陛下もお酒は苦手だったわね……すみません、少し中座してサーブを呼ばせていただいても?」
「お気遣い感謝します」
「すぐ戻ります」
テイレシア様と赤髪の女性が、その場を離れる。
(………………)
残された俺は、何を話すべきか迷っていた。
このレイナート・バシレウスという人で、ひとつよくわからなかったのは、テイレシア様と俺との婚約に最初から賛成してくれたことだ。
『レイナートくんは、ヴィクターが平民なことは気にしないと思うわ。彼自身亡くなったお母様のことを尊敬しているから』
そうテイレシア様は言っていた。
だがこの人は、アトラス王子の一方的な婚約破棄に対しては、こちらの王家に強い抗議の手紙を送るなどしている。あの時点では一王族であったにもかかわらず、レグヌム王家の意思と関係なく独断で。
その強い姿勢と、最初の時点では『どこの馬の骨とも知れない』男だった俺との婚約に賛成した姿勢の違いが、なんだか腑に落ちない。
……といって、それを俺からたずねて良いものか?
少し考えてしまった、そのとき。
「――――良かったですね、あれからテイレシアと再会できて」
「はい…………はい?」
さらりと口にしたレイナート国王の言葉に、俺はつい聞き返した。『あれから』とは?
「ああ、失礼。
以前ゼルハン島の一件の後、病院でお見かけしていたので。あなたは意識がなかったと思いますが」
「…………あの、病院……?」
そうか、本土に戻ってすぐ、入院した病院か。
「あの……レグヌムから援軍にいらっしゃったというのは……もしかして」
「我々が指揮していました。
島での戦闘が終わった後に、脱出した方々の収容されている病院も見に行ったので。
そのときにあなたが、テイレシアの書いた『鋼の乙女の英雄譚』の本を抱きしめていたので、ああテイレシアの知り合いなんだな、と。
脱出の中心になっていたことと名前は、その場で看護師に聞きました」
(……………………うわ……)
そんなところを見られていたとは……恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
国王陛下が、笑いながらでも馬鹿にする様子でもなく、真面目な顔で淡々とこうでしたよと語るのが、余計に恥ずかしい。
「……そうだったんですね。
それはお恥ずかしいところをお見せしてしまい」
「それに寝言で何度もテイレシアの名前を呼んでいたので、よく覚えていました。あと、絶対に結婚してやる、とか、彼女と学園生活を送るんだとか、本土に帰ったら会いに行くとか……」
「………………!!??」
さらにまずいものを投下された。
少し離れたところで俺たちの話を聞いていたクロノス殿下が、吹き出しそうになった口をおさえてこらえていた。
――――なるほど。
この人が最初から結婚に反対しなかったのは、俺がどこの誰かだいたい把握していたうえ、元々テイレシア様と知り合いだったと誤解していたからか?
それはわかった。納得した。だが。
「…………ん、なにか?」
「…………陛下。
それはどうか、テイレシア様にはご内密にお願いします」
土下座しても良いぐらいの気持ちで俺は頭を下げ、レイナート王はきょとんとした顔で俺を眺め。
クロノス殿下が横から、
「……すみません、それは私からもお願いいたします、陛下」
と、助け船を出してくれたのだった。
――――テイレシア様が戻ってきたのはその直後だった。
「お待たせしてごめんなさい。
声をかけてきたので、もうすぐお酒以外の飲み物もそろえて持ってきてもらえますから。
ヴィクター?
顔が赤いけれど、大丈夫?」
「いえ、全然っ!
気にしないでください!」
「ほんとう?
間違ってお酒を飲んだりしていない?」
こういう変化にも目ざといなこの人は、という嬉しさと、何とも言いがたい恥ずかしさとがまざりながら、俺はテイレシア様の肩を抱き寄せた。
【後日談1 了】




