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第十話 戸惑い

 グレンヘルド騎士学校には校舎や学生寮の他にも様々な建物が敷地内にある。


 授業開始まで時間的余裕のある朝早く、支度を済ませたミカド・フェレルアは剣術場に入った。


 場内から数度の刃鳴りと女性の掛け声が聞こえる。


 ドアを開けると場内の中央に防具を身に纏い、練習用の剣を交える二人の剣士が試合をしていた。


 「タァッ!」


 片方の剣士が力強く剣を相手に振り下ろし、透かさず突きを見舞わす。


 だが、その攻勢を相手の剣士は切れの良い動きでかわし、剣を一振り振る。


 この一手の回避により攻勢に隙ができて二人の間に距離が開いた。


 構え合う剣士は互いの目を見合う。油断を見せない両者の間に時間だけが過ぎる。


 この試合を見学しているのはミカドの他にもう一人いた。メイド服を着た長い赤髪の女性が笑顔を見せながら挨拶する。


 「おはようございます。ミカド様」


 「おはよう。ところで、リジュアはどうしたんだい。エリサ?」


 「リジュア様は『忘れ物をしたから取りに行く』と申されて、先ほど一人で学校の方へ行かれました」


 と、オスプレア家の専属メイドのエリサ・カメルが言った。


 「忘れ物?あいつにしては珍しいな…」


 激しい刃鳴りの音が場内に響いた。宙に浮いた剣が弧を描きながら床に落ちていく。


 「勝負ありね」


 剣を構えたままの剣士が告げる。彼女は面を外す。イーリア・ルフルは落ち着いた優しい顔を見せた。


 「いけたと思ったのに。またお姉様の手に引っかかってしまったわ」


 そう言って、剣を失った方も面を脱ぐ。悔しがる彼女の素顔はイーリアに似た少女だ。


 「貴女の打つ手はお見通しよ。でも、前よりも力はついているようね」


 「ひどいわ、お姉様。私を力馬鹿だと言いたいの?」


 イーリアの意地悪混じりの笑みに、妹のクーリエ・ルフルは表情を吊り上げる。


 「あら、ミカドも着てたの」


 怒る妹を尻目にイーリアはミカドの存在に気付いた。


 「おはようございます。イーリア先輩」


 「あの子は一緒じゃないの?」


 「あの子って、シンの事ですか?」


 「だってこの数日、シン君の事を理由に剣術や馬術の稽古を休んでたでしょ。いつも一人で本を読んでいるミカドが、シン君と一緒だった昨日は弟思いの優しいお兄さんの様に見えたわ」


 「ちょっと、何言ってるんですか先輩。シンは外国人ですから会う前に色々と下準備をしておくのは当たり前ですよ。それに、シンは俺より一つ年上なんですから」


 イーリアの言葉にミカドの頬が少し赤く染まりながら話す。


 「で、さっきシンを呼びに部屋まで行ったんですが鍵が掛かって反応がなくて、寮のおばさんに聞いたら朝早くから学校に行ったと言ってました」


 学校までの道のりをシンが迷う訳がないから後で会うことにして、数日ぶりに剣術稽古にでることにした。本当の所は、情け容赦の無いリジュアとの剣術稽古を抜ける口実として当分はサボっていたかったのだが。


 しかし、練習相手の欠如で不満の溜まっているリジュアから、とんでもない制裁を倍返しで受ける羽目になる。現に教室で会うリジュアは不機嫌にいつ剣術稽古にでるのか催促してくる。だから、早い段階で稽古に参加して受ける制裁を少しでも和らげようとしたい訳だ。


 だが、当の本人が見当たらないのが珍しい。


 (あれ、ちょっと待てよ)


 この時、ミカドは一つの疑問がでた。


 「どうしたの?」


 「あ、何でもありません。俺、稽古着に着替えてきます」


 そう言って、ミカドは着替え室に向かった。


*****


 (今頃、シンはリジュアと教室で出会ってるんじゃないか?)


 と、ミカドは着替え室で稽古着を着ながら考えた。


 シンが朝早くから学校に行った事は別として、リジュアが学校に忘れ物を取りに行ったというのが不自然だ。


 忘れ物を昨日の内に気付けば取りに行ける。しかし何故、朝早くに忘れ物を取りに行く必要があるのだろう。数時間もすれば学校に行くのだから取りに行く必要は無い。


 そもそも、リジュアが忘れ物すること自体が珍しい。


 (そう言えば昨日、シンの事を話したら興味を持ったっけ…)


 小さな頃からの付き合いだから分かることだが、彼女は美しい容姿をしている反面、女性らしさに疎く騎士の道を嗜む武人気質がある。


 国を統べる騎士になるための教育を幼少の頃から共に学んできた。そうしている内にリジュアには男性に対する負けず嫌いの性分がついた。男性が主となる分野に対抗心を持つ性分で、剣術や馬術などの大会では男性陣に混ざり競技に参加しては対戦相手を実力で負かしていった。


 東域からやってきたシンに対しても西域人としてのプライドから対抗心を持ったのかもしれない。


 (…にしても、やっぱり珍しいよな。リジュアが他の男に興味を持つなんて)


 稽古着に着替えたミカドは制服の上着をロッカーに掛けようとした。すると、懐のポケットから首に掛けあったペンダントが落ちた。


 床に落ちた衝撃でペンダントの蓋が開いた。そこには、白黒写真がはめ込まれてある。


 写真には三人が写っていた。左端にはミカドがいて、右端にはリジュアがいる。そして、真ん中には椅子に座って目を瞑りながら優しく微笑む女性はリジュアに瓜二つの顔をした人だった。


 「顔は同じでも、性格が正反対の姉妹だよな」


 ミカドはペンダントを拾い、写真を見つめながら溜め息を吐いた。


*****


 ミカドが稽古着を着て場内に戻ってきた丁度、リジュアが場内に入ってきた。


 「リジュア様。用事は済みましたか?」


 と、エリナが尋ねた。


 「あぁ…」


 リジュアは愛想のない返事を返した。


 「ちょうどいいわ。ミカドも準備が出来たみたいだし」


 イーリアはリジュアの機嫌を知ってか知らずか、景気付けの術を使うがの如く剣術稽古を促してミカドに視線を向けた。


 (ちょっ、先輩!いきなりリジュアと試合ですか!?)


 突然の提案に対してミカドは目線で訴えた。


 (ごめんね)


 と、イーリアは意地悪ぽっく舌を小さく出して、片目を瞑ってウインクしする。彼女も騎士学校では人気の高い女性で男女を問わず慕う学生が多い。普段は上品で優しい優等生としての振る舞いを皆の前で見せるが、ミカドや一部の心許せる者の前では上記に加えて意地悪ぽっさも合わせた素の性格を見せる。


 「ミカド!さっそく私の稽古の相手をしろ!!」


 そう言って、リジュアは着替室に向かって行った。その動作にはまるで感情が殺されてあるかのようだった。


 「ねぇ、今日のリジュアは何だか機嫌悪くない?」


 クーリエの問いにエリナは首をかしげる。


 「そうですね。さっきまでより少し様子が違いますね?」


 そして二人は何気なく力を落としたミカドを覗いた。


*****


 リジュアの振る剣の動きは鞭のように変幻自在に動くように見える。


 「うわっ、ちょっと待てリジュア!」


 繰り出される猛攻にミカドは身をかわし、防ぐので手一杯だった。 


 「情けないぞミカド!こんなのはまだ序の口だ!!」


 「おわっ!」


 一つの刃鳴りが鳴り終わる前に新しい刃鳴りが二つ三つとなる。


 攻めるリジュアにミカドは防ぐ一方で、場外に追い詰められて行く。


 「ねぇ、リジュアに何かあったのかしら?」


 二人の試合を場外で眺めつつ、クーリエが横の二人に話し掛ける。


 「そうね。リジュアもミカドも本気出しているし」


 イーリアは言った。二人の攻防を見ると技は鮮やかで隙は無い。幼い頃からの稽古を続けてきた実力だと言える。


 「怒っているのかしら?」


 クーリエが言い、それに対してイーリアが言う。


 「悩んでいるのかもしれないわね」


 「リジュア様は戸惑っているのではないでしょうか?」


 と、二人の後にエリサは首を傾げながら言った。


 「戸惑っている?」


 「はい。私も、あのようなリジュア様を見るのは初めてです。やはり先程、何かあったのでしょうか?」


 「そうね。でも、これで当分は暇が無くなりそうね」


 と、これから何かが起こる事を期待してイーリアは笑みを浮かべた。


 「お姉様…」


 それを見てクーリエは呆れかえる。


 一方、試合の勝負も着いたようだ。ミカドが剣を落として左手を右肩に当てている。


 「だらしないぞ!それでも貴様は男か!?」


 そう言って、リジュアは剣をミカドに突きつける。


 「いててっ、何時になく気合いの入れようが違うな」


 「気合いの入れようだと?私はいつだって本気だ!試合を続けるぞ!!」


 「まだ続けるのかよ!?」


 「当たり前だ!そんな弱腰で国を守れると思うな。剣を取れミカド!!」


 その後も、リジュアとミカドの試合は時間のある限り続けられた。

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