I will graduate something? 何を卒業するんだろう? 20
「あれ?広瀬?どうしたの?」
「あっ、静香先輩。俺ですか?入学式の原稿を考えてたら、叫び声が聞こえたから。ちいちゃん、どうしたの?何かあったの?」
広瀬は私の側に詰め寄った。ちょっと距離が近くて私は焦る。
「大丈夫よ。パニックを起こしただけだから。広瀬…ありがとね」
私は、言葉を選んで答えた。彼に全てを伝える必要はない。
「大丈夫じゃない。普段、落ち着いている人がそんなになっていたら気にならないわけがない」
広瀬は座り込んでる私の前に座った。
「大丈夫…だから」
「じゃあ…何で泣いているの?卒業式で泣いていなかったのに、なんで今泣くの?」
どうやって、彼を納得させようか。私の頭はフル稼働している。
「感情が入り込みすぎただけよ。本当に大丈夫だから」
「本当に?絶対?」
「そうよ。広瀬君。謝恩会前で神経質になっているだけよ。在校生だから聞けないか。折角だから佐倉の歌を聞いていく?」
岩城先生が助け船を出してくれる。この言葉で納得してくれると有難い。
「えー、いいんですか?俺、ちいちゃんの歌すげぇ好き。S高って合唱部あるの?」
「ないわよ。確か。あのね、合格してから私、ヴォイストレーニングを始めたのよ。」
「そうなんだ。佐倉、私が入っているコーラスサークルに入る?佐倉が入ってくれるとすごく助かるわぁ」
「岩城先生。前向きに考えます」
「やった。これでクリスマスコンサートが…うふふ…」
先生が一人でどこかに旅立ってしまった。
こうなっちゃった岩城先生を止められるのは、隣の中学校にいる先生の旦那さんしかいない。
「せんせい、しっかりして下さい。それよりも、アメージング・グレースの練習は?」
私は現実に戻って欲しくて、私は声をかけてみた。
「…そうだったわね。アカペラで歌えるでしょ?歌ってみなさい」
先生に言われて、息を整えて、深呼吸をした。
亡くなった父と母を思い出す。私なりに頑張ってみよう。
父と母に心配しないで欲しい。
又…会えると信じたいとイメージしながら、私は歌い始める。
歌い終わって、私はボーッとしていた。周りはシーンと静まっている。
あれっ?私…何かしちゃった?もしかして…すごっく下手だった?
自然と悪い方向に考えてしまう。
「ちいちゃん、すげぇ…。俺、鳥肌たった。折角だから…見る?」
広瀬はそう言うと、学生服のボタンに手をかけた。
「いや…制服脱がなくていいから。見てて寒くなりそうなのは、私が…困る」
「そうね。広瀬の気持ちはわかるけれどね。佐倉、そこまで歌えれば十分。本番もこれでいこうか?」
「ちい、何?その声量。何かやってるの?」
静香は私を見て笑っている。
その顔はそれでいいよって言っているみたいだ。
「でも、生意気って言われそう。やっぱり、ピアノの音が欲しい」
「これはアカペラの方がいいと思う。音はずれてないから、和音程度でやりたいな。先生はどう思う?」
「その方がいいかも。静香、アレンジできる?」
「先生のサポートが欲しいので、もう一回、ちいのアヴェ・マリアを先に歌って?」
「分かった。この歌なら、大丈夫でしょう」
「ご両親が来るんだ?」
「みたいだな。懐かしいな」
「そうなの。謝恩会で卒業証書を渡そうってなってね」
岩城先生が状況を知らない皆に説明を始める。
「責任重大だな。ちい」
「もう…止めてよ。プレッシャーになる」
「静香がね、ちいが凄い歌を歌うから、今のうちに聞いてって言ってた訳が分かった。ふっきれたの?」
雅子が私に聞く。確かに昨日まではただ歌うだけだったから。
「ううん。嫌いになれないから。別れても好きな人でいいと思うことにしたの。結果的に彼に擦れられたけれども、その気持ちを否定したくないから」
「そっか。一ヶ月必死にもがいた結果か?」
義人君が心配そうに私を見る。
「うん」
「N高で、見つけたら必ず聞くから…待ってろよ」
創君が私に言う。彼は約束を守る人。だから信じられる。
「ありがとう…じゃあ、もう一度…歌うね」
私は別れても、ゆう君が好き。
見つめ合って、手が触れて、キスをして…これだけ人を好きになれた私を見て欲しい。
私はゆう君といた時間をゆっくりと思い出す。
「歌い始めたら、眼を閉じて、集中してみな?」
岩城先生が皆に指示ををする。先生、それは…ちょっとオーバーだよ。
私は静かにアイコンタクトを送る。静香はゆったりとしたイントロを奏で始める。
そして、私は再び歌い始める。
まるで…すぐそばに彼がいるかのように。
「おそまつでした」
そう言って私は頭を下げた。今の私はあの日の前の私。
幸せはずっと続くとそう信じて疑わなかった私。
「地位…迷いがないな。こっちの方がいいや」
創君が感想を言うが、どう違うんだろう?
ゆっくりと見回すと、先生もだけども、皆の顔が赤い気がする…なんでかな?
「ちいのあいつに対する想いが強すぎて、今まで俺らが言ってた事が意味ないような気がする。悪い」
義人君はしきりに私に謝る。
「仕方ないよ。私達のイメージが小学校の時のイメージがありすぎて。ちい、今からでもいいから…ひで君とよりを戻しなよ」
雅子は私にアドバイスをする。
ひで君の居心地の良さは、誰よりも渡した一番良く分かっている。
「ダメ…今はひで君に頼れないの。ひで君にとっては、今年は…今が一番の頑張りどころだから。今、私が甘えたらひで君の人生を私が多分ダメにする」
今年は4年に1度の大事な年。選手生命を考えたら、今年がチャンスかもしれないから。
その事は十分な程に分かっているから、今は一人で立たないといけないと思う。
きっと…時間が経ったらこれで良かったと思える気がするから。
「ちいちゃん、俺、来年S高受けるから、待ってて」
いきなり、沈黙を破って広瀬が言う。
「俺…ちいちゃんの後輩でいたい。それから、ちいちゃんを守れるようになりたいから、もう少し…待ってて」
広瀬は私の眼を見て、力強く宣言するように言う。
私を見つめる眼の力が強くて、その目を反らす事が出来ない。
「受かったら…おいで。気長に待ってるから」
私は何も考えないで、社交辞令に近い返事を返した。
そんな時、謝恩会が始まることを告げる放送が流れた。




