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「ふうん、そうなんだ」
久恵さんと一緒に事務所に戻るとすぐにおやつの時間になった。高山家の皆さんと弁護士の大下さんで事務所の応接スペースのソファーに座っている。
「倫子ちゃん、無理はダメよ」
「はい、分かっています」
「本当は僕が迎えに行きたかったんだけどなあ。S高に行ったことがなかったし。でも時間的には無理だったから……ごめんね」
そう言ってくれるのは、高山先生。久恵さんの旦那さんだ。この事務所は高山さんがすでに四人いるので、所長、奥さん、高山さん、久恵さんと呼んでいる。
「僕も裁判がなければいけたんだけど」
「気持ちだけで十分です。あの日は最終的によっちゃんが来てくれましたから」
貧血で倒れた日、珍しく事務所が忙しい日だったようで私のお迎えを高専に通っているよっちゃんにお願いしたことをどうやら気にしているような気がする。
「でもね、後で思ったのよ。兄弟のように育ったとは言っても、二人の事を何も知らない人が見たら他校生である内君にお迎えを頼んだのは……本当に良かったのかしら?」
久恵さんがいう事も分かる。確かにそういう目で見る人がいることは、高校に入学してから既に経験している。面と向かって聞かれたこともあった。
「そこは大丈夫ですよ。ちゃんとはとこだと説明していますし」
うわあ、はとこ君かわいそうっていうのは大下さんだ。
「倫子ちゃんは義人君のことはどうなの?はとこは結婚できるけど?」
今度は奥さんに聞かれた。確かにそうなんだけども……よっちゃんとこのままずっと一緒の未来の姿を今は思い浮かぶことができなかった。
「今まで考えて事もありませんでした」
「そういうことは、いずれ時間が解決してくれるさ。まだ二人とも高校生だからね。そういえば病院はどうなったんだい?」
「暫く通院して治療するみたいです。すみません」
所長に聞かれて、私は病院の先生から言われたことをそのまま返した。今日は最初から病院に行くと言われていたから私服を持って朝自宅から学校に行った。
「その度に洋服を持って自宅から学校に行くのも大変よね」
「ねえ、倫子ちゃん。お洋服をうちの事務所に置いておいたらどう?」
「そうだね。病院に制服は通いづらいな」
「じゃあ、今日はこのまま業務終了して買い物に行こうか」
所長と奥さんは乗り気だ。他人である私にこんなに良くしてもらっていいのだろうか?アルバイトのはずなのに、お昼ご飯も用意してくれるし、おやつの時間もある。こんなに暖かい時間は久しぶり過ぎて凄く眩しくも感じるのだ。
「いいんだよ。家は息子しかいないから」
「久恵さんがいますよ」
「ひさちゃんは息子の奥さん。私達が何かをする前に息子がいるじゃない」
はあ……確かにそうでしたね。高山さんは奥さんが大好きなことは私も見ていて分かる位。確かに所長たちが何かをしてあげること……今はきっとないよね。お孫さんが生まれたらきっと今まで以上にパワーアップするんだろうと今から想像は出来る。
「倫子ちゃんは、ここで制服のように着ることができると思ったら気楽にならないかしら?」
久恵さんが、見かねて私に助け船を出してくれた。
「そうですね。土曜日に制服のように着ることができる洋服なら……いいと思います。たまにお使いに行くこともありましたから」
「分かった。それじゃあ買い物に行こう。どこのブランドがいい?」
ブランド……ですか。高山家の方々は大抵品のいい服を着ている。
「ブランドじゃなくて……無印良品とかコットンのワンピースがいいです」
私個人の意見としては、シンプルで洗い替えができるものがいい。
「分かったわ。そういう服も候補にいれましょうね」
おやつの時間が終わって残りの仕事が終わってからという事になった。
「あの……所長」
「ん?なんだい?」
「高校は義務教育じゃないですよね。だったら病気じゃなくても休めますよね」
「そうだけど。何か理由があるのかい?流石にコンサートとかはダメだよ」
「えっと……土曜日に休みたくて……」
ずっと考えていたことがあったので思い切って切り出してみた。
「あの……祖父母のお手伝いがしたくて……」
「具体的には何かな?」
「田植えとか稲刈りの時にお昼の支度とか洗濯とかしたいんですけど……ダメですか?」
「うーん。そういうことに限定という事ならいいかな。他の人は手伝ってくれそうなの?」
「休みを使って作業をするんです。祖父母と同居している伯父達は一緒に作業しているんだけど、家は兼業農家だからそんなに大規模じゃなくって……」
私と一緒にいるあの人たちが手伝ってくれるのならこんなことを言わないで済むけれども、あの人たちは絶対に手伝うという事はしない。それでもできたお米も畑の野菜も当然と言う顔をして食べている。手伝う気は絶対にないだろう。
先生たちは私が言いたいことがなんとなく分かっているような気がする。
「田植えと稲刈りで合わせて二日ならいいよ。それ以上になりそうならその時に考えよう」
「すみません。ありがとうございます。ちゃんと理由を学校に行った方がいいですか?」
「そこのところはうまくごまかしてもいいんじゃないかな。土曜日だしね」
「後でゆっくりと考えましょう。さあ、切れのいいところまでやってしまいましょう」
私も残っている作業の続きを始めるのだった。




