表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/104

65 捕らわれた者 10 (ミカ)


 キースの話はあまりに情報量が多すぎて、私の頭の中をたくさんの言葉がかけめぐる。すぐにはまとまらない。


 でも、まとまらない中でも、わかったことがある。

 

 キースは異なる世界から来たってこと。

 その世界は、私が元いた日本のある世界より、”過去”の可能性があるということ。

 私やキース、もしかしたらもっとたくさんの人が「この世界に落ちてきた」という原因は、キースの話から聞くバレシュ伯の考えが正しいのならば、フレア国の聖晶石のむちゃくちゃな使い方の可能性が高いということ。

 もしかしたら、リードやバレシュ伯のように生きた聖晶石だとか言われるくらいに、超大量の魔力を貯め込むことができる人間が生まれたのも、その聖晶石の使い方のせいかもしれないということ。

 そして、それらのことを、フレア国が原因で起こっていることそのものを、フレアは隠しているということ――……。

 

 バラやヴィオリノ、もしかしたらそれ以外にも運ばれてきたものがある――……。

 バラの名前や言葉、キースが私に古語がわかる魔力を注いでくれたこと――それらの説明は、ややこしいなりに、説得力があった。

 キースの話を聞いて、すくなくともフレアに別の世界から来た人間が私だけではないということは、確かな気がした。


 でも、同時に、疑問もわいてくる。

 アランの庭に広がるバラ、リードが聴かせてくれたヴィオリノ、それらが本当にフレアじゃない世界から来たものだとして――それを運んだ異世界から来た「誰か」は……どうなったんだろう?

 キースのように溶け込んで生きてきたの?

 それも、やはりフレアに監視されているの?

 フレア国は、誰がどこまで異世界からの到来者について把握しているの――?

 

 もっとキースから話を聞きたい。

 でも、目の前のキースは話し疲れたように顔を伏せている。肩が上下し、呼吸も荒いのが伝わってくる。

 今日はもうこれ以上無理かもしれない。

 私はまだまだ聞きたい欲求をおさえて、キースの顔をのぞきこむようにして口を開いた。


「……キース、話してくれてありがとう。息がつらそうだよ、横になる? 支えようか?」


 言いながら手を伸ばし、キースの肩を支えようとする。

 けれど、それはサッとリードに遮られた。


「身体を支えるのがきついのでしょう。壁際まで私が運びます」


 あっというまに私より先にリードがキースの脇により、彼の腕をとってしまう。

 キースは軽く抵抗するみたいに腕をふったけれど、リードはキースを離さず、彼の身体を支えるようにして壁にもたれさせた。


「……話し疲れたのも当然のこと。他の魔術師達にもここに入らせないよう指示しておきますから、少し休ませましょう。キース、何か飲むものを持ってきましょうか」

「気やすく呼ぶな」

 

 リードに対して反発するのに、キースの息は荒く、壁に背をあずけるようにもたれている。

 リードはそんなキースを少し眺めると、ふいに立ち上がり私の方を振り返った。

 眼帯をしていない方の青緑の瞳と視線が合う。その目が何か言いたげに思えて、自然に、


「どうしたの?」


と、リードにたずねていた。

 すると、リードは突然立ち上がったかと思うと、おもむろに、私の腕をとり立ち上がらせようとした。


「えっ、な、なに!? どうしたの?」 


 唐突にリードに引かれて驚き、慌てて理由をたずねるもののリードは無言のまま、私の肘を引くようにして部屋の出口の方へと促した。


「あのリード? 本当にどうしたの? 部屋から出るの?」


 私を引っ張って部屋の端に来ると、リードが口を開いた。


「キースと異世界の関係は、聞けました。今はキースも続けて話せる状態ではない。私はここに残りますから、あなたはソーネット家の屋敷にもどってください」


 リードの物言いに、びっくりする。


「急にどうしたの? 帰るって、しかも私だけ?」


 突然のリードの言葉に驚くのに、リードは私の背を軽く押すとさらに廊下側に連れ出した。


「……私は、調べたいことがあるのです。それに、いつキースの力が暴発するかわからない、彼をここに置いておくわけにはいかない。かといって、連れて帰るには、彼はあまりに疲れきっています」

「そうかもしれないけど……」


 私が戸惑っていると、リードが自分の人差し指を唇にあてて何かを呟いた。ふっと小さな風が起こり、その瞬間、バタバタと廊下の向こう側から、白の魔術師装束の青年が走り寄ってきた。呼び鈴みたいな魔術なんだろうか。


 息せききって駆け寄ってきた青年は、リードの前に立つと、魔術師特有の白いたっぷりとした布の衣服を綺麗にひるがえして一礼した。その礼は美しいものだったけれど、礼から上げた顔は、リードに聞きたいことがあって仕方がないというように、目をギラギラさせてリードを見上げている。

 けれど、リードはひんやりとしたいつもの口調で指示した。


「今、まだ調査中だ。レイ、紙を持っているか」

「は、はい!」


 レイと呼ばれた白装束の青年は、ゆったりとした衣服の袖口に手をいれたかと思うと、ごそごそと何かを引き出した。


「こちらに」


 リードに差し出されたのは、紙と小型のつけペンと手のひらサイズのインク瓶だった。

 それらを受け取たリードはさらさらと紙に何かをかきつけた。それからインクの湿り気がなくなるようにしばらく紙を乾かすように振り、インクの乾き具合を見てくるりと折って一結びした。

 唐突に、それを目の前に差し出される。


「ソーネット伯に、これをわたしてください。こちらが落ち着けば、あらためて伝令をとばしますが、ひとまず、ミカ、あなたはこれを持ってソーネットの屋敷に戻ってください」


 有無を言わさない、淡々としていながら隙のないものいいでリードは私にそう告げて、驚いて立ち尽くしている私の手をとると、その手紙らしきものを握らせた。

 

「待って、なんて書いてあるの? それに私だけ戻るっていっても……」


 戸惑う私に、ほんとうに微かな声が耳に届いた。身体は離れているのに、まるでリードが耳元でささややいたみたいに。


『……どうか、今は、戻ってください。キースの話はキースにとって真実であっても、バレシュ伯の思惑は違うかもしれない』

「どう意味!?」


 私が声をあげると、リードはかぶせるようにして、

 

「レイ、馬車の用意を。この女性――ミカをソーネットの屋敷に帰す。あなたは屋敷まで同伴するように」


と指示した。

 一気に青年の表情がひきつり、半ばあとずさるような姿勢になる。明らかに私の傍によるのが嫌だとわかる姿勢と表情。


「え、この女性がお帰りに? ……馬車? この女性のために? ……しかも、私が付きそう……いえ、いえいえいえ、リード様、リード様、それは無理ですっ」

「レイ、馬車がいやか? ならば、私は馬にミカを乗せて来たが、おまえも同じようにミカと一緒に馬に乗り、ソーネット家までこの人を送るのだな」


 こちらから遠ざかろうと後退る青年に臆することないリードに、青年の方が、前よりもっと顔を青ざめさせて、ぶんぶんと首を横にふった。


「いやっ、それはっもっと、もっとできません! 一緒に馬に乗るなど……聖魔術師が? そんな!」

「では、どうする? 馬車か相乗りか」

「わ、わ、わ、わ、わっ、わかりましたっ、馬車を用意させます!」

「ミカ一人ではいけない。逃げては困るだろう?」

「わかっています! リード様の代わりに、ソーネット屋敷に送ればいいんでしょう!」

「そうだ」


 リードの命令のような言葉に、「うぅぅぅなんで私が……」とぶつぶつとうめくようにいいながらも、青ざめた顔を私の方に顔を向けた。

 といっても、目があった瞬間そらされる。顔はこちらをむけつつも、目はそらしたままレイが言った。


「……ではついてきてください。けれども、これ以上、私に近寄らないように」


 そう言うと、彼は歩きだす。

 振り返ると、キースはぐったりと壁に背をむけたまま、眠るように目を閉じていた。

 リードの方を見れば、青緑の片眼と視線がかちあった。


「……ディールに、手紙をお願いします」


 そうさらりと告げられて、もう一度問い返したいと思った瞬間、背後からちょっと尖った声が響いた。


「早く、ついてきてください!」

「……行きなさい、ミカ。私は、ここで調べることができた。あなたは、戻りなさい」


 リードの言葉がもう一度響く。

 強い響きが、妙に耳に残る。


「……わかった」


 キースのことも心配だったし、リードが突然私だけを戻そうとするのに従うのも疑問だらけだった。けれど、キースから聞いたことで私の中が情報だらけでまとまっていないのも確かだった。

 リードの魔術かなにかで私の耳にとどけた言葉――バレシュ伯の思惑。それは私がここにいても、私の力では探れない。


 リードを見上げた。


「あなたは、さっき私にキースと話す時間をくれた――だから、今度は、今は、騒ぎ立てずあなたに時間をあげる」


 私はそう告げて、こちらを苛立ったように見る魔術師の青年を追って、ドレスの裾をつかんで走りだした。




 *****



 レイは、私を後ろに従えての聖殿の中の移動中、廊下で出あった何人かの魔術師らきし白装束の人それぞれに何かを話した。私の方を指さして小声で説明しているところをみると、リードだけがここに残り、私だけが帰ることになったのを告げているのかもしれない。

 白いフードの魔術師達は、怪訝な顔をしたり私を嫌悪するような態度でいるのが伝わってきたけれど、どの人からも何も話しかけられることはなかった。

  

 馬車の中で、先ほどの聖魔術師レイは、出来るだけ私と離れるようにして、斜め向かいに腰かけていた。もうこのときには、あからさまな避ける態度に笑ってしまうくらいになっていた。

 あきらかに私と距離を置き、避けるような仕草から『話しかけるな』という気持ちが伝わってきたけれど、あえて聞いた。


「先ほど、キースの力の暴発で傷ついた人たちの具合はどうですか?」


 たずねると、ぎょっとした顔をしてこちらを見た。でも、また、視線が合うとそらされる。

 じーっと見つめると、無視しきれなくなったのか、小さく「……死者はでずに済んだ」とだけ答えてくれた。けれどすぐに、また私から狭い馬車の中でもできるだけ離れるように隅の方に座りなおす。


「……バレシュ伯の力が暴発したって聞いたけれど、そんなにバレシュ伯って凄い力の持ち主だったの?」


 話しかけたくなさそうな人にさらに言葉をかけるのはちょっと勇気がいったけれど、今、レイしかいない。私はあえて尋ねた。

 レイは私の言葉に顔をそむけるようにして、


「……過去最大と言われている」


と小さく言った。私はそれに食らいつくように次の質問をした。必死だった。


「過去最大ってことは、今は、違うってこと?」

「……リード様がいらっしゃる」

「リードは強いのね?」


 そう言うと、レイはもう耐えられないというかのように身体をふるわせて、


「もう話しかけるな、黙ってくれ!」


と言った。苛立ちを隠さない、強い物言い。


 たぶん、以前の私だったら、ここで黙った。

 このフレアに落ちてきた時の私は、戸惑いながらも、こういう態度をされていただろうに――従った。

怖くて、不安で、なんとか生き延びたくて、聞き従った。動転してきてあまり記憶はないけれど、ここに落ちてきた後、しばらくして窓をすべて閉じられた暗い馬車で王城かどこかへ連れられて、魔術師からいろいろな質問や詰問を繰り返されたことだってあった。その後、アランの館で部屋と館だけの暮らしが続いて――それだって、反抗しなかった。


 でも、今の私は違う。


「リードは、魔力って世界を流れてるものって言ってた。リードはその流れている魔力を自分の中に貯める容量が大きいんだって。バレシュ伯も大きい容量で、たくさん魔力を貯められたってことよね?」


 レイの方を向いて、私は話し続ける。

 彼はあからさまにプイッと私から顔をそむけて横に向いた。

 けれど、私は一人話し続ける。


「リードも、バレシュ伯も生きた聖晶石って呼ばれてたっていうけれど、聖晶石ってそんなにすごいものなのかしら」


 独り言みたいに呟くようにいいつつ、レイの顔をわざと見る。

 話しかけないで黙ってるなんて、できなかった。


「ね、あなたは、知ってる? 聖晶石ってそんなにすごいもの?」

「……」

「そっか、あなたは知らないのか……若いもんね」


 無視を決め込もうとする横顔を見つめたまま、私はわざと嫌味な言い方で言った。相手に不快になることをするのって、覚悟がいる。だけど、アランがセレン殿下の元を離れて私の元に来てくれた覚悟を考えたら、こんなのは小さなことだ。

 私は少しでも情報を集めて、異世界からフレアに来た人たちがどうやって生き延びたかった知りたかった。それがアランとこの世界で生きていくのに絶対に役立つと直感的に思った。

 レイは、私の『若いもんね』という一言に、ぴくっと眉を動かした。顔をそらしていたレイはうっとうしげに私を横目で見てきて、ぼそっと呟くように言った。


「……リード様や亡きバレシュ伯の方が聖晶石よりも、もっと強力だろう」

「強力? どういうこと?」

 

 尋ねると、レイは続けた。

 

「聖晶石は魔力が込められているが、魔術がなければただの石だ。だが、リード様やバレシュ伯は、その身体に聖晶石のように魔力が蓄えられ、かつ、魔術師として魔力を操る魔術も行うことができるわけだ。聖晶石よりも、断然価値が高いし、強いということだ」

「価値が高いって、そんなモノに対する言い方は……」


 リードやバレシュ伯が凄いと言っているんだろうけれど、あきらかに物のようにリードやバレシュ伯を表現していて違和感がった。

 でも、私が小さな抗議をしようとしたのを、斜め向かいにすむレイは心底ふしぎそうな顔をして、今度はこちらを見た。


「リード様のような化け物みたいな魔力、利用してこそ値打ちがでるだろう?」


 素直な物言いなのが、逆に、レイのような聖殿の魔術師の中で、リードがどのような位置づけなのかわかる気がした。

 様付けで呼ばれて恐れられているけれど――……けっして、リードへの敬意があるわけではないのだ。


「それに」


 レイは続けた。


「聖晶石には、近衛騎士団長が持つ剣に埋め込まれているように、前もって魔術式を組み込んでおくことができるが、一つの塊には一つの魔術しか組み込めない。リード様やバレシュ伯は自分の中に満ちている魔力を、その場その状況によってふさわしい魔術を発動させられるわけだから、やはり聖晶石より便利なわけだ。――女と一緒に行動するような聖殿の魔術師にあるまじき行動をとる者であっても、あれほどの魔力量はやはり貴重だからな」


 レイの言葉に近衛騎士団長という言葉が含まれていてびっくりする。


「近衛騎士団長の剣って……」


 つまり、アランのあの長剣のことだよね……。

 言いよどむと、レイは怪訝な顔をした。


「近衛騎士団長の婚約者なのだろう? まさかあの剣に仕込まれている転移を防ぐ魔術のことをしらないのか」


 訝しむレイに慌てて首を横にふって答えた。


「ううん、前に教えてもらった。長剣の持ち手のところにはめ込まれている宝石みたいな石は聖晶石で、その剣を持っている人間を転移させないんだって」

「あぁそうだ。正確には、近衛騎士団長とその剣の絆を結び付ける魔術式が組み込まれているから、暴動時にしろ戦乱時にしろ、近衛騎士団長が転移の魔術で別のところに飛ばされて戦意を喪失させられるようなことがないようにしている」


 レイはそう説明すると、いつのまにか自分が私の方に向いて話しているのに気付いたのか、慌ててまたそっぽを向いた。

 

 アランの剣はすごく綺麗だなと思ってたし、貴重な聖晶石がはめこまれた凄いものだとは思ってきたけれど、キースの話を聞き、レイの説明を受けた後だと、あの剣を「近衛騎士団長」という王城に勤める者に持たせているのも、フレア王国の思惑や事情が隠されているのだという気がしてならなかった。



 ちょうどその時、馬車はソーネットの屋敷に着いたのだった。



 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ここでずっと更新を待っていたのですが、再開、完結されていることに今日気がつきました!また一から読みたいと思います。ありがとうございます!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ