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57 捕らわれた者 2 (ミカ)


 ディールが出て行ったとたん、リードと二人残された部屋はしんと静まりかえった。


 アランは、どうなるんだろう。……私が一緒に行っても、その先の未来は……きっとアランにとって良いものじゃない。逃げても……きっと、うまくいかない、そう思った。でもまさか、捕らえられるなんて。ディールからあんな扱い方されるなんて。

 自分の選択が正しいのかわからなくなった。


 ……あのときぐずぐずせずに、アランと逃げたらよかった?

 そうすれば、ディールに見つからずに、アランはあんな扱いをされずにすんだ? だけど、結局逃げてもきっとずっと逃げ続けるだけの人生になって……。


 堂々巡りの思考、答えはでなくて。思わず目が潤んできそうになって、手の甲でおさえる。

 今、目の前にリードがいる。リードは相変わらず無表情のままで、閉まった扉の脇に立っている。

 この無表情の男の前で泣きたくなんかなかった。涙なんて、この男にひとつも見せたくない。私はリードの方を向いた。


「……出ていって」

「できません」


 淡々とした即答に、カっとした。


「監視したいなら、ドアの外でもできるんじゃないの? 昼間、私にしたみたいな凄い魔力があるくらいなんだから、部屋の外から監視するくらい、あなたには簡単なことでしょうっ!」


 つい荒くなってしまった私の口調を受けても、リードの表情は何も変わらなかった。


「ディールから指示を受けていますので、この部屋から出るつもりはありません。貴女は寝るなり座っているなり好きにしてくださっていてかまわない」

「アランと婚約しているのに、他の男の人と二人って非常識だと思わないの?」

「魔術師の私を、『男』として意識する必要はありません」


 まるで説明書を読み上げるみたいになんの感情もない返事。

 その言い方に、さらに言い返しそうになったけどこらえた。

 この人と言い合いになっても、無駄だ。

 どんなにごねたって、叫んだって、動じるような人じゃない。そんなことで心を動かされる人が、人の記憶を暴いたりできない。

 ぐっと手のひらを握って、叫びそうになる気持ちをやりすごす。

 

 ……魔力も、立場もすべてリードの方が断然優位にある。ここでかん感情的になったって、いいことないんだから。

 

 私はそれ以上言い返すことはやめて、リードに背を向け寝台に向かった。そして布団を身体に巻き付けるようにして、ベッドのかたすみに丸まった。

 

 眠れるわけがない。

 だけど、視界にリードが入ればイライラする。無視するには視界から遮るのが一番だ。布団に頭までこもるように丸まる。小さな子供みたいだけど、かまってられない。

 アランのことを思うと涙がすぐに出てきそうになる弱気な心、これ以上リードに気取られたくない。

 布団にまるまって、すべてから背をむける。

 眠れなくても、すこしでも身体を休めないと。

 今後、いつキースとの面会だってはじまるのかわからない。あのディールだもの、次にまた、どんな無理難題をふっかけてくるかだって予想できない。

 備えよう。休まなければ。


 でも、心にあふれてくるのは、悔しさや不安、そして……あの表情を消したアランの横顔。


 ――アラン、どうか、酷いことされていませんように。……一緒に行くって言えなくて、ごめんなさい。


 こうして、丸まっているうちにも、どんどん時間が過ぎていく。

 途中、油がなくなったのかランプの灯りも消えた。

 暗くなる部屋にリードに二人だったけれど、油のつぎ足しを頼むのも嫌だった。朝になればマーリとは別のメイドを寄越すっていってたし、それを待とう。

 ぐるぐるする気持ちを、ひとつひとつなだめすかすようにして、私は夜を過ごしたのだった。




  *****



  

 窓の外がうっすらと明るくなり、小鳥の声が聞こえ始めて、夜が明けたのだとわかる。

 まだ差すような陽光はないけれど、カーテンのむこうには白じんだ空が広がっていることだろう。 

 どれだけ時間が経ったかわからないけれど、布団から顔だけを出せば、ランプが消えて暗くなった部屋がうっすらと眺められるようになっていた。

 

 もうちょっとしたらメイドも来るだろうと、そっと上半身を起こすと、リードは相変わらずドアの横に立っていた。

 壁に寄りかかることもなく、すっと立っている。

 何時間も同じ姿勢のまま、足とか辛くないんだろうか……。椅子はあいているんだし、座ればいいのに。

 一瞬、そう思った。だけど、心がささくれだってる私は結局リードに声はかけなかった。

 

 寝台に腰かけるようにして、髪を手櫛で軽く整える。

 それから立ち上がって、どんどんと明るさを増していく窓の外を見ようと立ち上がった。

 

 窓の柵に手をかけたとき、心が痛んだ。この窓からアランが来てくれたのだと思うと、昨夜のことなのに、アランとの時間がすごく遠く感じた。


 ……アラン、どうしてる? どこにいるの?


 そのまま窓の取っ手を持ち開く。

 ちらりとリードの方を見れば、私の行動をじっと見ているだけで口は挟まなかった。その整っているけれど無表情な冷えた顔に、また私の心がちりちりと苛立つ。


「……逃げたりしないから。ただ風を通したいだけ」


 別に問われてもいないけど、咎められる前にそう言った。

 窓を開けると、涼やかな朝の空気が入ってくる。吸い込むと、少しだけ心がすっとした。

 それから窓枠に手をかけて、ちょっと身を乗り出す。外の息をよく吸い込むような真似をしながら、窓の外に視線を走らせた。

 私のいる階の横や下に目を走らせてみる。

 ……あからさまに上は向けないけれど――……。

 そう思って見まわそうとした時、


「彼は、おそらく窓のある部屋にはいない」


と、声をかけられ、思わずビクッと腕が震えた。

 背後から響いたリードの声に振り返ると、リードがゆっくりとした足取りでこちらに歩んできた。

 固まったように動けない私に歩み寄りながら、リードはもう一度表情を変えることなく言う。


「ここから確かめることはできない、奥の部屋にいることでしょう。窓を開けても無駄です」


 そうして私のすぐそばまで歩んできたリードは、私の腕に重ねるように腕をのばして窓枠を持つと、そのままバタンと窓を閉めた。

 澄んだ風が止まる。窓を閉めた音が鳥を驚かせたのか、小鳥のさえずりも止んだ。

 ひたりと静けさに落ちる部屋。 


 至近距離で、リードの片目が私を追うのがわかった。

 眼帯で隠されている方の目に一瞬怯えるけれど、あの記憶を探られた時のような圧倒される何かは感じない。ただ、青緑の瞳は、私を検分するみたいに遠慮なく見つめてくる。

 リードがおもむろに口を開いた。


「……そこまで気にかかるのであれば、なぜ昨夜、一緒に行かなかったのですか」


 問われて、息をのんだ。リードからそんなこと聞かれるとは思ってなかった。


「機会はあったでしょうに。なぜ、手を取らなかったのです?」

「……なぜって……。あなたには関係ない」


 追及するような一つだけの瞳がナイフのようで、私は目をそらした。

 

「関係はないですが……異なる世界から来た人間の、異なる価値観や考え方には興味はあります」

 

 さらりと言われた言葉にカっとした。まるで実験結果をたずねるような物言いだ。

 手を握り締めて、叫びたい気持ちを抑えて、出来るだけ冷たさを意識して言い放った。

 

「……あなたは私の記憶を見たんでしょう……それなら、そこから勝手に想像でも分析でもすれば?」


 私の返答に、リードは少しだけ肩をすくめるようにして、考えるみたいにちょっと首を傾げた。その仕草だけは、ふつうに人間らしく見えた。

 リードはそのまま、身体を離してゆく。そうして、銀色の髪をはらりとかきあげて、言った。


「”記憶を見た”というのは、正しくありません。魔術で他者を暴いて得る過去の記憶のほとんどは、音や声のみです。よほど強い印象のものだけは映像というか色で得られることはありますがまれです」


 突然の話に私が再びリードの方を見ると、リードはにこりともしないで言った。


「もうすぐマーリの代わりとなる者が来ます」


 さらりと言い放つと、リードは私から離れ、また扉のところへと戻ってゆく。まるで図ったように、扉にノックが響いた。

 リードが言ったように、マーリの代わりのメイドが来たのだった。



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