嘆きの霊園⑤
《理の崩壊》という俺の絶対の切り札が、ネクロマンサーの謎めいたバリアの前では全くの無力だった。
「どうなってんのよ! ガイっちの作戦でもダメなんて、もう、どうしようもないじゃない!」
テレサが迫りくるゾンビを殴り飛ばしながら、悲鳴に近い声を上げる。
俺も内心では焦っていた。MPは、先ほどの《理の崩壊》でごっそりと持っていかれた。
このままでは、本当にジリ貧だ。
「落ち着け……冷静になれ……。必ず何かあるはずだ。スキルで干渉できないのなら、もっと別の、物理的なアプローチが必要なのか?」
あの杖を、直接叩き折るとか……?
いや、あのバリアがある限り、杖に触れることすらできない……
思考がぐるぐると、同じ場所を回り続ける。
バリアを解くには、どうすればいい?
あの杖の光は、何を示している?
ギミックを解くための、ヒントは、どこに……?
俺が焦燥感に駆られながら、必死に答えを探していた、まさにその時だった。
まるで、この窮地そのものが、俺の潜在能力を無理やりこじ開けたかのように。
あるいはこの悪質な謎解きに対する、運営からの、最後の救済措置だったのか。
ピロンッ
三度、俺の目の前にだけ、今は希望の光にしか見えない、ウィンドウが表示された。
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《ディスペル》を閃いた!
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「……ディスペル……?」
その名前を聞いた瞬間、俺の脳裏に、一筋の光明が差し込んだ。
ディスペル。
多くのRPGにおいて、敵にかかっている有益な強化効果――バフを打ち消すための魔法。
俺は震える指で、その詳細を開いた。
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【アクティブスキル】ディスペル(未習得)
対象一体にかかっている強化効果を、一つだけ消去する。
消費MP:50
クールタイム:30秒
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「……これだ」
思わず、声に出して呟いていた。
間違いない。これこそが、この悪質な謎解きに対する「答え」だ。
「あの無敵のバリア……。ネクロマンサー自身が発動しているスキルや、フィールドギミックなんかじゃない。単純な『強化効果』の一種に違いない……!」
おそらくあの杖が、戦闘開始と同時にネクロマンサー自身に、強力なバフを自動で付与していたのだろう。
だから俺の《理の崩壊》からの精神支配でも、その効果を解くことができなかった。持ち主の意志とは無関係に、杖が勝手にかけ続ける、ただの「強化効果」なのだから。
そしてこの《ディスペル》は、その強化効果を、直接、消し去ることができる。
「最後の賭けだ……サクラ!」
アンデッドの群れの中で奮闘するサクラに向かって、叫んだ。
「もう一度だけ、俺を信じてあいつに突っ込んでくれ! 今度こそ、絶対にバリアを消してみせる!」
「ガイ君……!」
サクラは俺の必死の形相を見て、一瞬、戸惑ったような顔をした。
だがすぐに、その瞳に、強い決意の色を宿らせた。
「……分かった! ガイ君を、信じる!」
もう俺に理由を問うたりはしない。ただ、俺の言葉を信じ、その身を、この作戦に委ねてくれた。
「テレサ! サクラの道を切り開け!」
「言われなくても! あんたのその自信に満ちた顔、信じてやるわよ! 行きなさい、サクっち!」
テレサが雄叫びを上げて、サクラの正面にいたアンデッドの群れを、ハンマーの一撃で薙ぎ払う。
道が開けた。
サクラはその一瞬の隙を突き、再び戦場を駆け抜けた。
「今だ! 消えろ鬱陶しい壁! 《ディスペル》!!」
サクラがネクロマンサーに到達する、まさにその寸前。習得したばかりのスキルを、ネクロマンサーに向かって解き放った。
白い光の粒子が、ネクロマンサーの体を包み込む。
すると、それまで体を覆っていた、目には見えないバリアが、パリン、と、ガラス
が砕けるような、微かな音を立てて、霧散したのが分かった。
そして、次の瞬間。
サクラが今度こそ何の抵抗もなく、ネクロマンサーの骸骨の胸に、深々と突き刺さった。
『ギ……!?』
ネクロマンサーが、初めて、驚愕と、苦痛の声を上げた。
バリアが、ない。
自らを絶対の安全圏に置いていた無敵の守りが、忽然と消え失せたのだ。
「いける……! いけるよ、ガイ君!」
サクラが、歓喜の声を上げる。
突き刺した剣を一度引き抜くと、休む間もなく、追撃の嵐を叩き込み始めた。
「やぁぁぁぁ!」
一撃、二撃、三撃。
俺の《アーマーダウン》で防御力を下げられ、無防備な体を晒したネクロマンサーに、もはや、サクラの猛攻を防ぐ術はなかった。
『オ……オノレ……コノ、ワタシガ……』
ネクロマンサーは、最後の力を振り絞り、新たなアンデッドを召喚しようと、杖を掲げようとする。
だがそれよりも早く、サクラの最後の一撃がその頭蓋骨を完璧に、そして無慈悲に、貫いていた。
『…………』
ネクロマンサーの動きが、ぴたり、と止まる。
その手から力なく、ねじくれた杖が滑り落ちた。
そしてその骸骨の体は、まるで風化したように、サラサラと、塵となって崩れ落ちていった。
ネクロマンサーが完全に消滅したのと同時だった。
俺たちに襲いかかってきていた、全てのグール、スケルトン、ゾンビたちが、一斉に、その動きを止め、主を失った操り人形のように、次々と、塵となって消えていく。
あれほど死者の軍勢で埋め尽くされていた巨大な墓地は、嘘のような静寂に包まれた。
「……やった……」
「終わった……の……?」
テレサとサクラが呆然とその場に立ち尽くす。
「ああ……俺たちの勝ちだ」
俺たちが勝利の余韻に浸っていたその時だった。
ネクロマンサーが消滅した場所に一人、たたずんでいたサクラが、足元に何かを見つけて、小さな声を上げた。
「あれ……? なにか、落ちてるよ……?」
サクラ拾い上げたのは、先ほどネクロマンサーが、その最後の瞬間まで手にしていた、あの禍々しい宝石が埋め込まれた、ねじくれた杖だった。
「もしかしてドロップ品か?」
「おー! やったじゃん!」
俺たちはその不気味で、強大な力を秘めているであろう杖に、吸い寄せられるように、視線を集中させるのだった。




