嘆きの霊園③
俺が新たに手に入れたスキル、《理の崩壊》。それは、デバッファーである俺の存在意義そのものを、根底から揺るがすほどの可能性を秘めていた。
この禁断の力の深淵を覗き込むべく、目の前で繰り広げられるアンデッドとの戦いを、絶好の実験場とすることにした。
「よし、サクラ、テレサ! 周りの雑魚は任せた! 俺は少しこいつで遊んでみる!」
「遊ぶって……ガイ君、あんまり無茶しないでよ!」
「へーきへーき! どうせあたしたちがいれば、ガイっちに指一本触れさせないんだから! 好きにしなさい!」
テレサの頼もしい言葉に背中を押され、俺は先ほど《理の崩壊》によって強制的に混乱させたグールに向き合う。
もし、俺の仮説が正しければ……
「行け! そこにいるスケルトンを、粉々にしてやれ!」
混乱状態のグールに向かって、《外道の戦術》による命令を下した。本来、精神を持たないアンデッドには通用しないはずの、モンスターを操るスキル。
すると、グールは、俺の命令に忠実に従い、その腐った腕を、隣でよろよろと歩いていたスケルトンに向かって、力いっぱい振り下ろしたのだ。
ゴッ!
鈍い音と共に、スケルトンの頭蓋骨が砕け散り、骨の体がガラガラと崩れ落ちていく。
「……は、ははっ! やはり、そうか!」
思わず歓喜の声を上げた。
《理の崩壊》は、ただ状態異常を強制的に付与するだけではない。その状態異常が「有効」であるという、ゲーム世界の「理」そのものを一時的に書き換えるのだ。つまり、このスキルで混乱状態にしてしまえば、それに付随する《外道の戦術》のようなパッシブスキルも問題なく適用される。
これはとんでもない発見だった。つまり、どんな敵であろうと、一度だけ、俺の意のままに操れる操り人形にできるということだ。その応用範囲は、計り知れない。
俺が一人で興奮している間にも、サクラとテレサは、驚くべき効率でアンデッドの群れを殲滅していた。
「せいやっ!」
サクラはもはやアンデッドの見た目に怯えることなく、流れるような動きで敵の攻撃をいなし、『黒曜の星屑』で次々と浄化していく。
その姿は、もはや恐怖に震えていた初心者ではなく、死霊を狩る聖騎士のようだった。
「おらおらおらーっ! どきなさい、この骨っこども!」
テレサもハンマーを豪快に振り回し、スケルトンの群れをまとめて粉砕していく。
二人の圧倒的な戦闘力のおかげで、俺は安心して、自分の検証に没頭することができた。
しばらく、三人の連携による一方的な狩りが続いた、その時だった。
「ん……? あれ、なにかしら?」
周囲の警戒を怠っていなかったテレサが、墓地の最も奥、ひときわ大きな霊廟の入り口に佇む、一つの人影に気づいた。
それは、俺たちがこれまで戦ってきたどのアンデッドとも、明らかに異質だった。
ボロボロの黒いローブを深く被り、その手には、先端に禍々しい宝石が埋め込まれた、ねじくれた杖を握っている。そして、フードの奥か
ら覗く顔は、肉の欠片もついていない、完全な骸骨だった。
「あいつはまさか……ネクロマンサー!?」
テレサがそう叫んだ瞬間、その骸骨のモンスター――ネクロマンサーは、持っていた杖を、ゆっくりと天に掲げた。
杖の先端にある宝石が、不気味な紫色の光を放ち始める。
すると、その光に呼応するように、俺たちの周囲の地面が、次々と、盛り上がり始めたのだ。
「うわっ!?」
「な、なに!?」
地面を突き破って現れたのは、数十体にも及ぶ、グールとゾンビの群れだった。その数は、先ほどまで俺たちが相手にしていた群れとは比較にならない。
あっという間に俺たちは再びアンデッドの壁に、完全に包囲されてしまった。
「あいつ……! 死体を操ってるんだわ!」
テレサが忌々しそうにネクロマンサーを睨みつける。
どうやらあのネクロマンサーこそが、この『嘆きの霊園』のアンデッドを無限に供給している元凶のようだな。
「あいつを倒さない限り、キリがない!」
「任せて! 私が行く!」
サクラが決意を固めたように叫んだ。
増援として現れたグールの群れを、臆することなく切り裂き、一直線にネクロマンサー本
体へと突撃する。その姿は、まさに一筋の蒼い流星だった。
そして、ネクロマンサーの目前までたどり着いたサクラは、渾身の力を込めて、『黒曜の星屑』を振り下ろした。
「はあっ!」
だが――
キィィィィンッ!
「!?」
その一撃が、ネクロマンサーに届くことはなかった。
甲高い金属音と共に、サクラの剣は、ネクロマンサーの数センチ手前で、目に見えない何かに弾かれたのだ。
「きゃっ!?」
サクラはその反動で体勢を崩し、後方へと弾き飛ばされる。
「サクっち!」
「大丈夫! でも、今の……バリア……?」
サクラはすぐに体勢を立て直したが、その表情には、困惑の色が浮かんでいた。
俺は後方から、その一連の攻防を冷静に観察していた。
「やはり、ただのボスじゃない。何らかのギミックがあるはずだ」
力押しが通用しない敵。そんなギミックがある敵はゲームでは珍しくない。
ネクロマンサーの全身を、隅々まで観察する。何か、弱点はないか。何か、ヒントになるものはないか。
そして俺は気づいた。
「……もしかして」
ネクロマンサーが手に持つ、あの杖。
グールを召喚した時だけでなく、サクラの攻撃を防いだ今もなお、その先端の宝石が、紫色の光を、まるで心臓が鼓動するかのように、一定のリズムで、明滅し続けていることに。
「……あの杖だ。間違いなく、あの杖が、ギミックを解くための鍵だ」
バリアの発生源か、あるいは、バリアを維持するための動力源か。いずれにせよ、あの杖をどうにかしない限り、ネクロマンサーにダメージを与えることはできないだろう。
だが俺がその思考を深めようとした瞬間、ネクロマンサーが召喚した、第二陣、第三陣のグールの群れが、壁となって俺たちに襲いかかってきた。
「考えてる暇はなさそうね! ガイっち、どうする!?」
「うう……どんどん増えていくよぉ……」
テレサとサクラの悲鳴に近い声が響く。
確かに、その通りだ。ギミックを解くにも、まずは、この無限に湧き出る雑魚敵をどうにかしなければ、話にならない。
「分かっている! 二人とも、俺から離れるな! 敵を引きつけながら、俺がデバフで動きを止める! 一体ずつ、確実に数を減らしていくぞ!」
俺は後方支援に徹することを決めた。
サクラとテレサが、俺の周囲を回り込むように立ち回り、迫りくるグールやスケルトンを斬り伏せていく。俺は、その二人が攻撃しやすいように、《アースバインド》で敵の足を止め、《ブラインド》で敵の攻撃を逸らす。
しかし敵の数は、減る気配を見せない。一体倒せば、ネクロマンサーが、また一体、新たな死者を呼び覚ます。それは、まるで、穴の空いたバケツで、無限に降り注ぐ雨を受け止めているかのような、絶望的な消耗戦だった。
迫りくるアンデッドの群れをいなしながらも、その視線だけは、決して、奥で静かに佇むネクロマンサーから、逸らさなかった。
あの杖の光。
必ず突破口があるはずだ。




