妖精の郷⑦
エルダの甲高い笑い声がシャンデリアのように、吊り下がった光る苔を震わせホール全体に不気味に響き渡った。さっきまでの穏やかで神聖な雰囲気は完全に消え失せ代わりに得体の知れない狂気が空間を支配していた。
楽しげに飛び回っていた他の妖精たちも、今は無表情で俺をじっと見つめている。その瞳はまるでガラス玉のように冷たかった。
「……何がおかしい」
俺は目の前で笑うエルダを冷たい目で見据えた。
「なぜこんなことをした? 俺たちはあんたたちの郷に招かれた客人のはずだ。もてなすと言った言葉は嘘だったのか?」
俺の問いにエルダはようやく笑うのをやめた。
しかしその口元には、依然として歪んだ笑みが張り付いている。手で目元を拭うような仕草をすると、すっと表情を消し先ほどまでの静かで落ち着いた口調に戻った。
「嘘ではございませんよ。わたくしたちは心からあなた方を歓迎しておりました。あなた方はわたくしたちにとって、それはそれは大切な『お客様』なのですから」
「大切な客を薬で眠らせるのがあんたたちのやり方か」
「ええそうですとも。だってその方が都合が良いのです」
エルダは椅子から静かに立ち上がると、その美しい四対の羽をゆっくりと広げた。ステンドグラスのようだった羽は今は禍々しいほどの影を落としている。
「あなた方三人はこれからとあるお方の『養分』となっていただくのです。そのためにこうして眠っていただきました」
「……養分だと?」
聞き慣れない言葉に俺は眉をひそめる。それは比喩などではないもっと直接的でおぞましい意味を持っているように聞こえた。
「その『とある方』とは誰だ? あんたたちはそいつを倒してほしくて俺たちをここに呼んだんじゃないのか?」
俺の質問にエルダはまた「くすくす」と喉を鳴らした。
「討伐? とんでもない。あのお方を傷つけるなどあってはならないことです。あなた方はあのお方を『倒す』のではありません。あなた方の存在そのものをあのお方に『捧げる』のです」
エルダの言葉はもはや狂信者の祈りのように聞こえた。
駄目だ……話が全く通じない……
こいつらは最初から俺たちを利用することしか考えていなかったのだろう。
俺たちを素材集めに来た冒険者としてではなく……ただの生贄として。
「……ふざけやがって」
俺は歯を食いしばりいつでもスキルを発動できるよう意識を集中させる。
眠っている二人をどうやって守る?
この状況をどうやって切り抜ける?
思考をフル回転させるが、圧倒的に不利な状況に有効な打開策が見つからない。
エルダはそんな俺の焦りを見透かしたように優雅に一礼した。
「さあ人の子らよ。お話はここまでです。短い間でしたがあなた方のような純粋な魂に出会えたこと、森もわたくしたちも心から感謝しております」
それは紛れもない別れの言葉だった。
「安らかにあのお方の糧となりなさい。それがあなた方に与えられた最も幸福な結末なのですから」
エルダがそう言い放ったその瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
何の予兆もなく俺と眠っているサクラとテレサが座っていたテーブルごと足元の床が巨大な円を描いて崩れ始めたのだ。
「なっ……!?」
それは落とし穴。
あまりにも突然であまりにも大規模な罠。
俺は咄嗟にサクラとテレサを抱えようと手を伸ばすが、それよりも早く俺たちの体は抗いようのない重力に引かれて奈落の底へと落ちていった。
「うわあああああああああっ!」
落下しながら見上げた先には穴の上から俺たちを静かに見下ろすエルダと妖精たちの姿があった。その顔にもはや笑みはない。ただ冷たく無機質な瞳が闇に吸い込まれていく俺たちを見送っているだけだった。
俺たちの体はなすすべもなくどこまでも続くかのような深く暗い闇の中へとただひたすらに落ちていった。




