妖精の郷⑥
妖精たちの料理は、どれもこれも絶品だった。一口食べるごとに力がみなぎってくる気がする。俺たちは夢中になって、テーブルに並べられたご馳走を平らげていった。
宴が進むにつれ、俺は何度か長のエルダにクエストの詳細について探りを入れてみた。
「エルダさん。もしかしてこの森を荒らすような悪い魔物が居るんですか?」
「……そうですね。わたくしたちや、この森にとって、好ましくない存在であることは確かです」
「それはどういった魔物なんです?」
「少なくともわたくしたちには叶わない相手なのは確かです」
エルダは常に穏やかな笑みを絶やさない。しかし、その答えはどこか核心を避け、まるで禅問答のようだった。話したくないのか、それとも俺たちにはまだ話せない、何か複雑な事情があるのか。
いずれにせよ、俺たちが本当に知りたい情報は巧みにはぐらかされ、一向に手に入らなかった。
どうにも、歯切れが悪いな……
俺がそんなことを考えていた、その時だった。
ピロンッ
またしても俺の目の前に唐突にウィンドウ画面が表示された。それは、クエスト受注画面ではなく、俺にとってはお馴染みの、あの表示だった。
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《スリープ》を閃いた!
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「このタイミングで……?」
俺は小さく呟き、すぐにスキルの詳細を確認する。
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【アクティブスキル】スリープ(未習得)
対象1体を睡眠状態にする。
睡眠状態の相手は、一定時間行動不能になる。
ダメージを受けると、睡眠状態は解除される。
消費MP:25
クールタイム:10秒
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「睡眠の状態異常……か」
これはなかなか強力なスキルだ。敵を一定時間、完全に無力化できる。アースバインドのようにただ移動を封じるだけでなく、一切の行動を封じられるのは大きい。特に、厄介な魔法詠唱などを中断させるのに役立つだろう。
それにダメージを与えれば起きるという特性も、使い方次第では戦術の幅を広げそうだ。
これも、何かの布石か……?
一瞬、先ほどのクエストウィンドウの違和感が頭をよぎったが、強力なデバフスキルが手に入るに越したことはない。
俺は迷わずSPを消費し、《スリープ》を習得した。
だが、俺がスキルを習得した、まさにその直後のことだった。
「ん……あれ……? なんだか、急に眠くなってきたかも……」
それまで元気にキノコのスープを飲んでいたテレサが、ふにゃりと気の抜けた声を出し、こくり、こくりと船を漕ぎ始めた。
「おい、テレサ? 大丈夫か?」
「んー……大丈夫……。でも、すっごく眠い……。ちょっとだけ……休ませて……」
テレサはそう言うと、がくん、とテーブルに突っ伏し、そのままスースーと穏やかな寝息を立て始めた。
「えっ、テレサちゃん!?」
サクラが驚いてテレサの肩を揺するが、完全に熟睡しているようで、起きる気配は全くない。
俺がこの異常な事態に眉をひそめていると、今度は隣に座っていたサクラが、大きなあくびを一つした。
「ふぁ……。あれ……? 私も……なんだか、まぶたが……重く……」
「サクラ!?」
サクラもまた、抗いがたい眠気に襲われているようだった。その瞳はとろんとし、焦点が合っていない。そして、テレサの隣に引き寄せられるようにテーブルに突っ伏してしまった。
「ごめん、ガイ君……。なんだか、すごく、安心したら……眠く……なっちゃっ……て……」
それが、サクラが最後に発した言葉だった。彼女もまた、テレサと同じように、穏やかな寝息を立てて深い眠りに落ちてしまったのだ。
「おい、サクラ! テレサ! 起きろ!」
俺は二人を揺さぶるが、反応はない。まるで、魔法にでもかかったかのように、二人ともぐっすりと眠りこけている。
この状況は、明らかにおかしい。
俺ははっと顔を上げた。ホールにいる他の妖精たち、そして長のエルダに視線を向ける。
妖精たちは、俺たちのテーブルで起きた異常事態を気にする素振りもなく、相変わらず楽しげに飛び回っている。
そして長のエルダは、ただ静かに、穏やかな笑みを浮かべたまま、椅子に座っていた。まるで、こうなることが分かっていたかのように。全ては予定調和であるとでも言うかのように。
突然眠りに落ちた二人。
そして、同じタイミングで俺が閃いた、睡眠を付与するデバフスキル、《スリープ》。
これはただの偶然じゃない……!
俺はゆっくりと立ち上がり、椅子を引く音をホールに響かせた。
そして、目の前に座る、この郷の長に向かって、静かに、しかし鋭く問い詰めた。
「……エルダさん」
「…………」
「あんた……この料理に、睡眠薬でも盛ったのか?」
俺の言葉に、ホールにいた妖精たちの動きが一瞬だけ止まった。
だが長のエルダは、表情一つ変えない。
「おい! 答えろ! この料理に何を入れた!?」
「………………くすくす」
エルダはただ、その美しい顔に浮かべた穏やかな笑みを、さらに深くしただけだった。
そして――
「くす……くすくす……くすくすくすくすくすくすくすくす……」
エルダが笑い始めると、周囲の妖精もそれに呼応するように笑い始めた。
「「「「「「「「「くすくすくすくすくすくすくすくす……」」」」」」」」」
鈴を転がすようだった可愛らしい笑い声は、いつしか、ホール全体に響き渡る、甲高く、そしてどこか狂気じみた哄笑へと変わっていた。
その笑い声を聞きながら、俺は自分の置かれた状況を、そして、この妖精の郷が隠していた本当の顔を、ようやく理解しつつあった。




