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第二十四話 ラバウルのサムライ達

お久しぶりです。

スランプに陥ったため、だいぶ投稿が遅れてしまいました。

今週からまた少しずつですが書いていこうと思います!


てことで第二十四話です。

太平洋に舞台が変わりましたが、枢軸国側に太平洋拠点なんてありましたっけ?という話です。

今回結構短めです。

ヨーロッパ戦線でイタリアが枢軸国を裏切っている頃、太平洋ではオセアニアを巡る戦いが勃発していた。

というのも、イギリス連邦加盟国であるオーストラリアが、宗主国イギリスを裏切って枢軸国(アメリカ)側に着いたためである。


第一次世界大戦時、日本は太平洋およびインド洋の海上警備のため多くの艦艇を動員し、海上警備を当たっていたのだが、同盟国イギリスの要請により太平洋各地のイギリス領の警備も当たっていたのである。その際、オーストラリア西岸フリーマントルに入港しようとしていた日本海軍の巡洋艦矢矧に対して、突如陸上砲台から沿岸砲一発が発射され、矢矧の煙突に命中し、十数名の死傷者が出るという大事件が発生したのである。

オーストラリア軍の行動に大日本帝国海軍は激怒し、オーストラリア軍部隊の責任者は、矢矧に乗り込んだ水先案内人が適切な信号を発しなかったため“注意喚起”のために実弾を発射したと弁明したが、結果的に事件はオーストラリア総督とオーストラリア海軍司令官の謝罪、そして賠償と事件を行った実行犯の差し出しにより一応は決着した。


事実、オーストラリアは白豪主義の下、有色人種である日本人への人種差別を度々起こし、人命にさえ係わる差別的姿勢は戦争を通じて和らぐことがなく日英通商航海条約への加入拒否、更には赤道以北の南洋諸島の日本領有への反対などでも一切妥協しないオーストラリアの態度は、第一次世界大戦、更には戦後の日英同盟を通じて、日本の協力を必須なものと認識しているイギリス本国を手こずらせていた。


ただし、第二次世界大戦勃発時は比較的イギリスの指示に従っていたものの、アメリカの参戦によって事態は大きく動いた。

オーストラリアにしてみたら、白人至上主義の根源とも呼べるアメリカについて行かないわけはなく、宗主国イギリスを無視して連合国を脱退。そのまま枢軸国に加盟したのである。そのため、突如太平洋の南部に戦線が出来たことに一時混乱した連合国は、ニューギニア島の大部分を占領されるに至ってる。


その後、連合国軍は立て直しにかかるが時間がかかり、未だ連合国の勢力圏であったラバウルには制空権確保のため、連合国軍の航空基地を枢軸国軍の空襲が連日襲いかかっていた。


そしてこの空襲を阻止、迎撃に当たっていたのが現在でもよく知られているラバウル航空隊である。

この航空隊には、岩本徹三や西沢広義、後に大空のサムライを執筆した坂井三郎など、後のエースパイロットが多く配属されており、数多くの戦果を上げている。枢軸国軍による空襲は、連合国軍のニューギニア上陸とほぼ全土の制圧まで続き、およそ二ヶ月続いたとされている。多くの空戦が行われ、現在ではラバウル大航空戦とまで呼ばれている一連の戦いは、連合国軍の粘り勝ちと言われているものの、終戦までにオーストラリアに上陸はできなかったため、戦略的にはオーストラリアも勝ったと言えよう。


余談だが、連合国によるニューギニア攻略において、ニュージーランド軍も参加したのだが、上陸した連合国軍はロクな戦車を持ち合わせていなかったため、まさかのボブ・センプル戦車(僅か数両)が主力を務めるという珍事が起きている。ちなみに一応戦果は挙がった模様、、、


太平洋における戦いは、オーストラリア大陸とニューギニア島を境に完全に停滞したのだが、一方で同時期に北アメリカ戦線では動きがあったのであった、、、

次回、休戦からの停戦、そして冷戦へ

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