第二十一話 冷凍庫の中にある物をを解凍したらとんでもないものが出てきました!?
第二十一話です。
自由主義のため?に戦うアメリカがアラスカに侵攻しようとしていますが、、、
1941年がもうすぐ終わろうとしている頃、世界では戦争が未だ続いていた。
そんな中、もうすぐクリスマスだと言うのに、自由主義のために戦争を始めた大統領がいた。
そう、偉大なアメリカ大統領であるルーズベルト大統領である。そんな彼は、ホワイトハウスで絶叫していた。
「ハァ!? なんでハワイを奇襲攻撃したのに返り討ちにあっているんだぁ! 国民への少し早いクリスマスプレゼントの予定を何ぶち壊してるんだぁ! 直ちに失敗の全責任をキンメル君に押し付けたまえ! 彼には失望した。 後で更迭しておけ!」
大絶叫である。
こうして満身創痍の機動部隊をアメリカ本土まで辿り着かせたキンメルは、到着後すぐに司令官を解任させられ階級を大降格させられ、メディアには、損害をめちゃくちゃ過少して、戦果だけを国民に大々的に伝えた。これによりルーズベルトは何も知らない国民から多くの賞賛を受け、大きな勝利にアメリカ国民は大きく盛り上がった。ルーズベルトなどの一部政府高官や軍部は事実を知っているので、全く喜べていなかったが、、、
そうした中、アメリカ国民はさらなる戦果拡大を要求。これにルーズベルトなどの政府高官や軍部は頭を抱えることとなるが、攻める場所が選定されていた時、わずか数十年だがアラスカがアメリカ領だったことを思い出した政府は、領土奪還を口実に、アラスカ攻略を軍部に要請した。
とは言え、既にカナダとの戦線という、広大な戦線により陸軍は動けなかったため、軍部は頭を抱えた。一応アラスカは、州都であるアンカレジからバンクーバー、カナダ首都のオタワと続く日本とイギリスの大陸横断鉄道があり、アンカレジからの日本によるカナダへの支援物資はアメリカにとっては邪魔な存在であったため、戦略的にも重要ということで、アラスカ攻略作戦が計画された。
内容は、残存している太平洋艦隊の低速戦艦のペンシルベニア級とニューメキシコ級の5隻によるアンカレジへの艦砲射撃の後、上陸部隊が上陸するという、至ってシンプルな作戦であった。事実、アラスカはあまりインフラが整っていないとされていたため、ここだけでも占領すれば、カナダへの支援が途絶えると踏んでいたためである。
ちなみに艦砲射撃を担当する戦艦5隻は一番旧式の戦艦群であり戦闘には耐えきれないと思われたが、艦砲射撃ぐらいなら大丈夫であろうとされた。(ニューヨーク級とネバダ級は、条約のトン数の影響により、廃艦となっていた)
こうしてアメリカは戦艦5隻を主軸とする部隊をアラスカに派遣した。
が、彼らがアラスカで見たものは、アラスカ近海にうごめく何十隻もの戦艦の群れであった。
なぜこんなにも戦艦があるのかと言うと、明治帝が死去される前、
「そのうち海軍の軍縮が起きるだろうから、廃艦になった金剛型より後の艦は、アラスカに保管しておいてくれ。いつか使う日が来るだろう、、、」
と、言い残していたためである。
ちなみになぜ残しておいて欲しかったのかというと、諸説あるものの、お気に入りであった大量の弩級戦艦群を廃棄したくなかったからという説が一番有力視されている。
ともかく、廃艦になっていた戦艦計19隻(初代金剛型戦艦四隻、初代扶桑型戦艦八隻、初代天城型巡洋戦艦七隻)がアメリカが不穏な動きがあった際に、使えるように整備されて、ちょうど全艦整備が終わった時にアメリカ艦隊が接近したのである。(廃艦をアラスカで保存していたのと、それを整備したことは、同盟国であるイギリスなどにも秘密にしていた)
真っ先に攻撃を喰らったのは艦砲射撃のために先行していた、戦艦5隻であった。
全く予想だにしていなかった攻撃にさらされたアメリカ先行部隊は、一時混乱したが、すぐに体制を立て直し、動かない(動けない)日本弩級戦艦群に対して激しい砲撃の嵐を降らせた。それでも当時からの乗員(五十代や四十代がほとんど)による、正確な30センチ砲弾を喰らい続けるアメリカ艦隊の戦艦部隊は時間が過ぎていくごとに被害が拡大していき、結果的に日本側は戦艦と巡洋戦艦合わせて7隻を失ったが、アメリカ先行部隊は、旗艦のネバダ以外の4隻を失い、護衛の駆逐艦も数隻失った。これにより、艦砲射撃支援が受けれなくなったアメリカ上陸部隊はアンカレジを見る前に撤退。アラスカ攻略作戦は失敗に終わった。
この作戦の失敗は、日本によるカナダへの支援ルート分断の失敗を意味し、また太平洋に残っていた主力艦がこれにより全て損傷により活動できないという重大な問題に発展していた。これを受けてルーズベルト大統領は、発狂したが、作戦を知っている人物はほとんどいなかったため、なかったことにされた。
その代わり、メディアなど、新聞やラジオで多く報道されたのが、カナダ戦線で圧倒的優勢というニュースであった。まあ、カナダ軍がアメリカ軍より少なかったため、首都のオタワなどがある工業地域や要所であるバンクーバーなどに兵力を集中し、そのほかの何もない地域はほとんど戦力が置かれていなかったため、何もないところでは、アメリカ軍は大きく侵攻していた。この戦果により、アメリカ国民は喜んでいたが、それも半年後には顔を青ざめることとなる。
1942年6月22日。
ドイツが突如としてソ連に侵攻したのである。
史実より1年遅く始まった、独ソ戦の始まりである、、、
なんか、アメリカ君ピンチでは?
てか日本、思いっきり条約違反していますね、、、
次回、独ソ戦による、三つ巴の戦争!?
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