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第十六話 中華戦争の始まり

第十六話です。

なんか日本戦争ばっかしている気が、、、

辛亥革命後、中国では大きな内乱が勃発。各地に軍閥や地方政府が乱立する、春秋戦国時代を思い出させるような事態に発展していた。そんな中、混乱している中華世界を統一しようとしている男がいた。

その男の名は、蒋介石である。


蒋介石は、孫文が率いていた中華民国政府をついで、中華世界統一を開始、瞬く間に中華の大部分を占領し、多くの軍閥を支配下に置いた。そんな中、中華に残っていた勢力は満州の奉天軍閥、各地でゲリラ活動をしていた中国共産党(後の中華ソビエト共和国臨時政府)、そして、各地に残る列強の租借地だけであった。(一応、新疆やチベットが残っていたが、辺境過ぎたためか、蒋介石の頭にはなかった)


蒋介石が最初に狙った国は、“日本”であった。


清の時代に、日清戦争で多額の賠償金や領土を奪われたため、これらの奪還のため、蒋介石は上海の日本租借地へ軍を動かした。ちなみに背景として、日本は当時エチオピアに多くの援助や義勇軍を送っていたため、太平洋方面は手薄だろうと考えていたと現在では言われている。


この戦闘に真っ先に日本軍と交戦したのがドイツ製の装備に身を包んだ中華民国軍の精鋭部隊であった。

ドイツと中国(中華民国)とのつながりは古くからあり、清の時代では、日清戦争で日本海軍と戦った定遠型戦艦はドイツ製であり、また、旅順の要塞化もドイツが手伝った。(両方の事例とも日本によって破壊されたが、、、)

また、第一次世界大戦では、連携が取れなかったものの、ヴェルサイユ条約によるドイツの軍備制限により事態は変わることとなる。ドイツは、“外国”に売るためという条約制限の抜け穴を見つけ、合法的に海外に合弁会社を設立。そこで兵器を生産し、ソ連やアルゼンチン、中華民国などに武器を売却したのである。

実際にソ連やトルコ、ボリビアなどでは、技術共有や軍事指導のための軍事顧問などが送られている。そして、中華民国も例外ではなく、軍事顧問団や士官学校の建設に携わり、一部部隊ではドイツ製の武器を装備するまでとなった。


このようなドイツと中華民国による中独合作により、中華民国は日本に対し、強い姿勢で出ることができたのである。


1937年、上海租借地。

中華民国は地上部隊と航空機による奇襲を仕掛けた。後に上海事変と呼ばれ、中華戦争の引き金となる戦いの始まりである。


序盤に戦いに参加した兵力は日本軍駐屯部隊4000人。対して中華民国軍は二個師団、およそ20000人という大群を航空支援付きという、絶望的な戦力差の中、日本軍駐屯部隊は必死に抵抗。この抵抗中に駐屯部隊は本国に増援を呼ぶが、当時、台風が接近しており増援を出そうにも出せなかった。

そんな絶望的な中、日本側に救援がやってくる。日本の本州に派遣されている途中だったイギリス陸軍一個師団と空母ハーミーズの艦載機である。

この部隊は、元々日本海軍および陸軍と合同訓練のために派遣されていたのだが、急遽上海において、日本と中華民国との間で戦闘が始まり、隣接している国際租借地にまで誤射や誤爆による民間人の死傷者が出ていたため、民間人の救助という名目で派遣されたのである。これにより、精鋭であるはずの中華民国軍は予想外の増援により、上海市内から一時撤退することとなる。また、この撤退中において中華民国軍は、自軍の督戦隊と交戦するというおかしな事態が起きていたことは、現在でもよく知られている。


そうした中、台風が通過した後、日本は増援として一気に四個師団(およそ四万人)を派遣。これに対し中華民国も負けじと七十個師団と七個旅団(計80万人)を投入し、事態は大きくなることとなる。

また、世界各国のメディアは、中華民国が日本や世界各国の民間人を虐殺していることを強く中華民国を非難する記事を出したが、逆にアメリカやイタリア、そしてドイツは日本やイギリスが中国大陸に侵略しようとしていると日本とイギリスを非難した。

話は変わるが、中華民国軍は撤退時に隣接しているフランス租界地の重要施設を放火し、さらには避難民に紛れた敗残兵と便衣兵に対処するためフランス租界の警官が銃撃戦を行うという事件が起きた。また、イギリスでは、中国軍が撤退にあたり放火したことは残念なことであると報道し、中国軍の撤退により上海に居住する数百万の非戦闘員に対する危険が非常に小さくなったとして日本軍に感謝するといった日本擁護が行われた。

これにより、中華民国と擁護するアメリカやドイツ、イタリアはその後、国際社会から孤立していくこととなるのだが、それはまた後の話、、、


そして、上海戦は日本とイギリス(後にフランスなどから義勇兵が増援として来た)によって、日本とイギリスは中華民国に対して和平交渉に出る。内容は、中華民国軍の上海駐屯の禁止。そして被害に遭った各国への謝罪と賠償金の支払いという、かなり軽い内容であった。

しかし、中華民国はこれを拒否。これにより、上海事変によって被害者となった日本とイギリス、フランスなどを中核とする連合国軍による泥沼の中華民国討伐が始まった、、、

ちなみに中華民国は同じく世界から孤立してたアメリカやドイツ、イタリアからの援助を頼りに拒否したと現在では言われている。


そんな中、視点はアジアからヨーロッパに変わる。

ドイツがオーストリアを併合したのである。アンシュルズから始まるドイツの暴走である、、、

なんかはちゃめちゃになって来ました。

アジアなんかに兵力を送りまくったら、ヨーロッパに残る兵力が、、、

ちなみに日本と中華民国だけの戦いでは無くなってしまったので、中華戦争という名前になっております。中華民国はまさか日本以外にまで攻められるとは思っていなかったでしょうね、、

次回、ドイツとソ連から始まる第二次世界大戦と中華戦争。


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― 新着の感想 ―
[一言] 僕も身長伸び悩んでますよ
[一言] エチオピアの為にイタリアに喧嘩売ったのがここに絡んでくるか。とは言え、どちらにしろファシズムや英国との関係で将来的な対立はあっただろうが。 このまま行くと、日英vs独伊米中になってキツイなぁ…
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