30
「ん〜!美味し〜い!」
「何これ凄〜い!」
侍女見習い達は、作ったポテトグラタンに可愛らしく顔を緩めて身悶えていた。
「はふっあっふぃけろ〜ほいひ〜」
「火傷に気を付けなければいけないけど、これはもの凄く美味しいですね」
「そうなのよね。とても美味しいのよグラタンって⋯⋯」
アンナは悩ましげに首を傾げた。
「美味しいのに何か問題でも?」
「うーん、私はいいのよ私は。ほら、まだ五歳と若いし?」
「えーと、お嬢様?」
「グラタンってカロリー高いのよ」
「カロリー?」
「あぁ、凄く太りやすいの」
その瞬間、女子達の顔に衝撃が走った。
「⋯⋯え?」
「このグラタン一皿で、大体このパン三個くらい食べた計算ね」
籠に入ったブールはスライスされて盛られている。
「スライス三個分ですか?」
「違うわ、丸ごとよ」
一瞬にしてフリーズする年頃女子達。
「まぁ⋯⋯皆まだ若いから、食べた分だけ動けば大丈夫よ!」
お嬢様、微妙に慰めになってません⋯⋯。
「美味しいものって、どうしても太りやすくなるのよね〜」
前世でのジャンクフードがいい例である。
でも食べたいものはいっぱいあるのだ。
ピザにカレー、菓子パン、ハンバーガー、ラーメン、カツ丼、唐揚げとか!
でも醤油や味噌、ソース、マヨ、ケチャップなんかも作りたい!
他にはやっぱり⋯⋯。
「美味しくて可愛いスイーツも作りたいなぁ〜」
「お嬢様⋯⋯」
太りやすい食べ物の話とか、美味しい食べ物の事なんて聞きたくなかった。
侍女見習い達は、心中で泣きながら半ばヤケになってグラタンを食べきった。
美味しさは罪でも、美味しいから止まらないのだから仕方ない。
次の日からは、各場所に振り分けての見習い仕事になる。
ハウスメイド、キッチンメイド、ランドリーメイドなど、家が広いほどやる事は多岐に渡る。
上級貴族に仕える者として、貴族の常識や知識、言動や所作なども覚えなくてはならないので、マナー講座の時間も取らなければいけない。
なにせ使用人にも階級がある事さえ知らない娘達なのだ。
時間はいくらあっても足りない。
取り敢えず最初は、所作の綺麗な二人を側に残した。
栗色の髪の娘ドリーと、麦藁色の髪の娘ベッキーだ。
「二人は私の手伝いをしてちょうだい」
アンナのやる事は決まっている。
ドレスの仕上げだ。
沢山作ったレースやフリル、リボンを縫い付け、ボタンを付けたら完成である。
三人でやっても、細かい作業はなかなか終わらない。一人だったら気が遠くなるような仕事だ。
「本当はオーガンジーとか使いたいのよね⋯⋯」
「オーガンジーですか?」
「薄くて軽くて柔らかい布なの」
「ガーゼみたいですね」
「あ、ガーゼはあるんだ⋯⋯そうね、ガーゼよりもしっかりしてる布って感じかも」
「成る程」
「お嬢様は物知りですね」
「色々と知っておかないと後々大変なのよ」
前世とのすり合わせもあるし⋯⋯と、後半は声に出さずに溜め息をついた。
「やっぱり貴族って大変なんですね⋯⋯」
「少し前まで、貴族は楽な暮らししてるかと思ってましたよ」
この家の現状や、アンナの暮らしを少しづつ理解して、彼女らなりに思うことはあったらしい。
「仕方ないわ、生まれは選べないのだし」
「まぁ、そうですけど」
「でもね、生き方は誰でも選べると思うからね、だから色々頑張るの」
「応援しますお嬢様!」
「わたしもです!」
二人の言葉に、アンナは子供らしく笑った。
「ありがとう」




