28
「どういう事でしょうか?」
「ほら、平民は貴族を怒らせたら恐ろしいって概念はあるじゃない?」
「まぁ、そうですね」
彼女らは顔を見合わせては小さく頷く。
「だから、まず打つことはないでしょ?」
「それ以前に、小さい子供を打つなんて普通しませんよ」
「身分がどうのではなく、人としての問題ですよそれ⋯⋯」
彼女達の言葉にアンナは小さく笑う。
普通はこの反応なのだ。
平民でさえこれなのに、この家ではその当たり前がなかった。
アンナローズの記憶では、定期的に怒鳴られ、打たれていた。
まだ言葉も覚束ない幼子(しかも主家の子供)をだ。
頭がおかしいとしか思えない。
しかもアンナローズは杏奈が目覚めるまで、ロクに喋れもしなかったのだ。
五歳で単語程度しか話せないとか、普通にネグレクトを疑う。
「まぁ、そのせいか、私にはお世話してくれる者がいなかったのよ」
だから今回の人材募集なのだ。と、アンナは言った。
「普通は上級貴族の使用人って、下級貴族とかがなって上級使用人になるんだけど、あの元侍女長のせいでなかなか人材もいなくてね」
「⋯⋯そんなに酷かったんですね、あの人」
「そうね。今回駆逐出来て清々してるわ」
呆れたように肩を竦めたアンナは、彼女らを促して使用人棟を出る。
「先ずは入り口から案内するわね」
使用人の出入り口は使用人棟から近い。
そこは洗濯場や調理場があり、ランドリーメイドやキッチンメイドなどがいる。
「能力や適性によって振り分けるけど、希望があれば言ってちょうだい」
使用人用の出入り口から中へと入り、洗濯場や調理場を案内して行く。
「料理長はまともだから」
調理場で料理長を見かけたので、ついでに挨拶と、彼女達の紹介をすると、ポールは戯けるようにアンナに問うた。
「お嬢様、本日の晩餐のご要望はございますか?」
ニッコリ笑うポールに、アンナはパッと顔を上げた。
「ポテトグラタンが食べたいわ!」
「それもまた初めて聞く料理ですね⋯⋯」
顎を擦りながらポールは思案する。
「お昼が終わったら、作り方を教えに来るわ。もちろん皆んなで」
グラタンなら、パスタから作らなければならない。ならば、人手は多い方がいいだろう。
用意する材料を伝えて、一行は調理場を後にする。
「お嬢さんは料理までするのかい?」
驚いたように聞いてきたのは、少し色黒で赤茶の髪の子だ。
陽に焼けた肌が健康的で、快活さが伺える。
「うーん、料理は少し齧った程度かしら⋯⋯因みに趣味は裁縫!」
「刺繍ではなくて、裁縫ですか?」
栗色の髪の子が目を見開いて驚いている。
「刺繍よりも服とかを作る方が好きなの。あ、そうだ!」
一階を大体見回ったので、アンナは自室へと向かう。
「まだまだ途中だけれど、私の部屋は趣味の集大成よ!」
色々な青で統一された部屋は、アンナ自慢の推し活部屋だ。
青い布とミシンを手に入れてから、カーテンやベッドカバー、クッションなども作った。
それに合わせて家具は白で統一している。
「⋯⋯青い」
「私の推しカラーが青なの!」
「推し?」
「すっごく好きってことかな?」
「成る程⋯⋯」
「うわ〜!縫い機がある!」
はしゃいだ声を上げたのは、麦藁色の髪の子だ。
「あなた達を選んだのは、裁縫や刺繍が得意って書いてあったからなの」




