26
「あら、全員来たのね」
その日、一次面接の合格者達がフランメイル家の門前に集まっていた。
数人は練習生を辞退すると思っていたのだが、これは予想外だった。良い意味でだが。
「今日は初日だから、正面から入るけれど、明日からは裏から入ることになるから」
正面玄関から招き入れ、全員に告げてから屋敷の案内をする。
この家の正式な出入り口は、正面、裏、脇と3箇所ある。
あとは当主一族と家令しか知らない出入り口が2箇所。
使用人や日々の御用聞き等は裏口を利用するが、家に乞われた大店の商人などは正面から入る。
「先ずは荷物を先に置きましょうか」
使用人は結婚していれば屋外に住むこともあるが、大抵は住み込みだ。
そのための使用人棟なども、邸から離れた敷地内にある。
先に使用人棟で部屋割りをした後で、荷物を置いてもらうことにする。
アドニアスを筆頭に護衛やメイドなどを連れて使用人棟へ向かっていると、一行を阻む者が現れる。
「お嬢様、これは一体どういう事でしょうか?」
心理的、物理的にも邪魔な存在。名ばかりの侍女長である。
この家の使用人である筈なのに、主人一家の邪魔ばかりする目の上のたんこぶ。
それが部下を従え、廊下でアンナ達の行く手を阻んでいる。
アンナは内心でニヤリと嗤い、幼子特有の笑顔を見せた。
「あら、ちょうど良かったわ。皆さん紹介しますわね、この家の使用人よ。確か名前は⋯マリーだったかしら?」
「メリーですお嬢様」
アドニアスがすかさず直してくれる。
「まぁ、どっちでもいいわ。覚える気ないし、すぐに消えるだろうから」
「えっ!?」
思わず驚きの声を出したのは、アドニアスを除いた全員だった。
「それを皆さんに紹介するのは、悪い例の権化だからよ。それを見習わずに仕事をすれば、きっとどこに出しても恥ずかしくない使用人になるわ」
この言葉にアドニアスまでぽかんとした表情をしている。
「それ、ウチの汚点使用人なのよ。今は侍女長なんて肩書与えて、給料も待遇も良くしてるみたいだけれど、すぐに追い出すつもりだから、皆さん励んで下さいませね」
無邪気な表情でニッコリ笑うアンナに、全員驚愕の目を向けている。
唯一顔を真っ赤にして睨んでいるのは当人だけ。
「お前ごときが偉そうに!」
子供相手に怒鳴る姿は醜悪でもある。
アンナは侮蔑を視線に乗せて、侍女長を見た。
「偉そうじゃなくて偉いのよ。ホント頭も悪いんだから」
「このっ!」
手を振り上げたその瞬間、サッと一歩引いて叫ぶ。
「護衛!」
共にいた護衛が侍女長の腕を掴み、後ろ手に回して締め上げた。
「痛っ!このアタシにこんな事していいと思ってんの!?」
鮮魚のように暴れようとする侍女長を、護衛はそのまま引き倒した。
「随分活きがいいこと⋯⋯」
侍女長の顔の前に立つと、アンナは徐ろに髪を掴んだ。
「痛っ!」
「あら、平気で子供を打つような人だから、痛みなんて感じないかと思ったわ」
ギリギリと睨む侍女長に、アンナは目の前に指を突き立てた。
「何を勘違いしてるか知らないけど、いい?良く聞きなさい。あなたはしがない男爵家の三女でしかないの。辺境伯家の長女に敵う訳がないのよ」




