第224話 三つ巴
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回想終了
空中に佇む一人の少女―――――否、女性。凛とした目鼻たちに長い赤髪をたなびかせた美と可愛らしさを黄金比で調合したような人物はその年齢がまだ少女に値するとしても女性というのがもっとも正しい言葉であった。
そして、その女性――――――リリスは地上に激突させた一人の男に向かって慈愛にも似た笑みをを浮かべながらゆっくり降下していく。
「クソが! 誰だ!」
「君は何者なんだ?」
二つの小さなクレーターの中心で片膝をついている魔王と勇者は周囲に立ち込める砂煙の隙間から横やりを加えてきたであろう人物の姿を見た。
リリスはそんな二人の様子を見ていくとクラウンの方にだけ視線を向けて告げる。
「やっと会えた。会いたくて待ち遠しかったわ。さあ、もう一人にしないから♡」
「てめぇは――――――」
「君はあの時に仁と一緒にいた魔族!?」
「.......はあ」
リリスはクラウンに尋ねかけたにもかかわらず響が反応したことに思わず呆れたため息を吐いた。リリスにとっては今の魔王にしか眼中にしかないというのに。
しかしながら、今の言葉による魔王の反応には収穫があった。それはしっかりとこちらの存在を認識しているということ。
それがクラウンの意思なのか、それともクラウンに潜む呪いの意思なのか勇者を殺す以外にもしっかりと識別できることがわかるだけ十分だ。
まあ、魔王城から緊急脱出してからまだ数日しか経っていないので、覚えてくれなければ困るという話なのだが。
「てめぇ、生きていたのか?」
「あら、勝手に殺さないでくれるかしら? 私はあんたのよりどころになるって決めているのよ。あんたには一度も言ったことないかもしれないけどね。だから、あんたが堕ちたなら私が救ってあげる。それだけのことよ♡」
リリスは現在古代サキュバスの始祖である始まりの女王の力。その力は多大なる性欲と慈愛によって構成されているために、いつものリリスより甘美ににた声色と言葉になっている。簡単に言えばツンが消えたのだ。
するとその時、響は思わずリリスを睨む。どうやら響の<神格化>による神聖魔力によって常人なら心がトキメキすぎて心臓が停止するようなリリスの性気は打ち消されているようだ。
「君は確か仁と一緒にいたよな?」
「どこぞの勇者に急に話しかけられるつもりは無いんだけど。クラウンならまだしも」
「君がどんな理由でここに来たのか知らないけど、僕と仁の戦いを邪魔するな! 本当は君にも言いたいことはたくさんある。だけど! これは僕と仁の覚悟を持った戦いなんだ! 邪魔するな!」
響は苦しそうな顔でそう言い切った。その顔からリリスは「本当は一番あんたが戦いたくなさそうにしているのにね」と響の心を的確に見抜いたが、返す言葉はそれではない。
「は? 知らないわよ。私はクラウンを愛してるから、クラウンにはもうクラウンの大切な人とは戦わせないし、傷つけさせない。ちなみに、微塵にもあんたのためを思ってじゃないから。そこは勘違いしないで」
ツンデレ常套句にも聞こえる言葉はリリスの冷たく無機質な瞳によって無慈悲な言葉へと塗り替えられていく。
もちろん、響はそんな言葉を勘違いするはずない。この場で行われているのは殺し合いなのだ。ただ殺伐とした空気が流れているだけなのだ。
「うぜぇ.......」
クラウンは呟いた。刀を支えにして立ち上がるその姿は怒気に溢れていた。そして、その雰囲気を体現したかのような顔はリリスに鋭い殺気を送った。
しかし、リリスはその顔を見るとなぜか愛おしそうな蕩けた顔になる。まるでこれから愛し合うかのような女の顔に。
「お前が生きているのは誤算だな。どうやって生き残った?」
「私には転移石ってとっても便利な道具があるのよ。もっともあの時はほんの少しでも起動するタイミングがずれていたら今頃ここにいないでしょうけど」
「オレにはそっちの方がありがたかったけどなぁ。だがまあ......なら、ここで殺せばもうあいつは二度と復活できないという確固たる証明ができるわけだ。そう言う意味じゃあ―――――――都合がいいなぁ!」
クラウンはその場から突然ブレたかのように消えると次にはもうリリスの背後へと迫っていた。そして、両手に持った刀を力任せに振り終ろす。
――――――――ガギンッ!
「!」
「何を驚いた顔をしているのかしら? その顔はとても愛らしいのだけど、私がこの程度で沈むと思ったのかしら? 私はあんたと並び歩く者よ。舐めないで」
リリスは振り下ろされる前に振り上げた足で受け止めた。そのことにクラウンは思わず舌打ちするとその足を弾き、左手を標的に向けて<破黒弾>を放っていく。
それをリリスは滑るように地面スレスレを移動していくと軌道を予測しながら避け、一部を重力を使って弾き返す。
クラウンは一斉に返されたそれらを目にも止まらぬ速さで切り払っていく。そしてすぐに、リリスの下へと走り出す。
「仁、お前の相手は僕だ!」
「.......チッ!」
その瞬間、クラウンの頭上から聖剣を振り下ろしてくる響の姿が見えた。クラウンはすぐにブレーキをかけ、後方に下がっていく。
目の前では衝撃によって周囲の地面にヒビを作りながら砂煙を昇らせる。その砂煙から煙を体で割きながら響が直進してくる。
響はすぐさま横なぎに振るうとクラウンは刀で受けとめ、弾き返す。そして、すぐに振り下ろすも響のかち上げた剣によって今度は弾き飛ばされる。
そこから、ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ! と連続で響とクラウンの剣と刀の交じり合う金属音が響き渡る。
「邪魔よ!」
「ぐっ!」
だが、その剣戟は突如として終わりを告げる。それは横から高速で接近してきたリリスがサッカーボールをダイレクトシュートするかの如く響の脇腹に蹴り込んだからだ。
その一撃は響を大きく横にくの字に曲げていくと吹き飛ばしていく。すると、蹴り終わったリリスを好機と見たクラウンが右手に持った刀を突き出していく。
その鋭く死を纏った金属の刃は的確にリリスの心臓に向かって迫っていった。その光景をリリスはしっかりと目で捉えながらも、変わらぬ愛おしそうな笑みを浮かべていた。
「ごめんね、クラウン。あなたの心に近づくにはある程度のダメージを負わせないといけないのよ。心の隙を作り出すためにね」
「ぐふぅっ!」
リリスは紅の瞳でクラウンの顔を見ながら、差し出した右手でクランの刺突を止める。リリスの超重力の効果だ。
それをクラウンの前後に同時に発生することで空気の壁を押し付けるようにして一時的に動けなくさせたのだ。
そして、その生んだ隙を逃さずに妖しく輝きを放つ脚甲を見せつけるようにして胴体へと蹴り込んだ。その脚甲はヒールブーツのような形をしているために、クラウンの固い鎧を突き破るようにヒールが突き刺さる。
リリスは吹き飛んでいくクラウンに思わず悲しみの表情を浮かべる。だが、その表情は長く浮かべることは出来なかった。
それはリリスに向かってきた光の斬撃。ガガガガガッと地面を勢いよく抉りながら進む音を響かせながら真っ直ぐリリスへと突き進んでいく。
それにいち早く気づいたリリスはすぐに軌道上から離れていくが――――――――
「僕が仁と戦わなくちゃいけないのは皆を救うためだ! 君の勝手な行動によってその死が決められるようなことがあってはならない! だから、君にはここから退場してもらう!」
背後から気配を消して現れた響の強襲。リリスはすぐに右手を向けようとするが、その右手は響の左手に掴まれ力任せに放り投げられていく。
「良く言ったぜ! クソ勇者ぁ!」
「もう後がない道を歩んでるからね」
響は背後から勢いよく迫る気配に体を向けると袈裟切りに振り下ろされた刀を正面から受け止めるように聖剣を交えた。
そして、同時に弾き返すとすぐに攻撃に移行したのはクラウン。クラウンは弾かれた勢いのまま後ろに下がりつつ、刀を中段に構えると横なぎに振るった。
その攻撃を避けると響はもう一度斬り込んでいく。しかし、そのひと振りはクラウンの聖剣の腹を左拳で弾くという神業とも言える荒業によって防がれ、すぐさま右回し蹴りが脇腹へと軋むように蹴り込まれる。
だが、その攻撃を踏ん張りだけで受け止めると下から上へと振り上げた左裏拳を仕掛けた。その攻撃は咄嗟とも言えるものだったが、クラウンの顔面に直撃し、距離を取ることに成功した。
そして、体勢を直した二人がすぐさま同時に斬り込もうとするとピンク色の炎を纏った彗星の如き跳び蹴りが二人の中央に割って入っていく。
その気配をすぐに捉えた二人は攻撃モーションを中断し、すぐにその場から距離を取る。そして、目の前に広がる爆炎のような煙を切り裂いてリリスが現れる。
「どうやら本当に私抜きで事を進めようとするのが好きみたいね。全くどうかしてるわ」
「お前にどうこう言われる筋合いはない。これがもとより魔王とクソ勇者の、この世界のあるべき形だ。茶々を入れようとしているのはどっちだ」
「僕は仁と戦わなくちゃいけない理由がある。もう前に進むしかない理由がある。まだ邪魔をするようなら容赦はしない」
「容赦はしないね.......それはこっちのセリフかしら? 今のクラウンが傷ついてくれることは私にとっては好都合。でも、これが殺し合いとわかっている以上はどこまででも横やりを入れてやるわ。だって、私がここに来たのはクラウンを助けるためだもの」
そう言ってリリスは周囲を見渡す。するとそこには、リリスと一緒に来た仲間達がこれ以上死人を出さないように制圧していた。
当然、相手はもともと殺し合いの戦争をやっていたわけで、邪魔する者も殺そうと挑みかかってくるだろう。
それを殺さずに連合軍の兵士や魔族兵を相手するのは至難の業だろう。なぜなら、その中には巨人や魔物使い、そして一番厄介な響の仲間達がいるのだから。
もとより魔王と勇者の戦いを邪魔する者はいなかったが、リリスが介入したことで事態が一変する可能性もあり得る。
その時のための保険であり、リリスに絶対的な時間を作る砦でもあるのだ。故に、リリスは出来るだけ早くやるべきことに移りたいのだが―――――――
「オレを助けるだと無理な話だな」
「これ以上は君も僕の敵だ」
リリスは想像以上の勇者と魔王の力に内心歯噛みしていた。




