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星に願いを

 ミオは脳震盪のダメージから多少回復して、電柱の陰から遠く争っている三人の様子を見つめていた。

 当初三七優勢で推移していた戦況であったが、ミオはあの二人なら自分と同じように三七も保護してくれると思っていた。それが共和国の目的であるし、何より自分をやさしさという薬で兵器から人に変えてくれたアリシアやリズが見捨てるとは考え難い。

 しかしそんな思いも裏切られた。

 アリシアとリズが三七の鎖から逃れ何かを話したのち、膨大な魔力を練り上げ始めたのだ。

「う、そ……だよね?」

 ミオからしてみればあり得ない光景だ。戦場で敵として出会った時ですらあんな魔力を見たことはない。

 二人が纏う魔力の濃密さに光が歪み、大気が軋みを上げている。まるで世界が魔法の圧力に耐えきれず悲鳴を上げているようだ。

 思わずミオはそちらに向かって走り出しそうになった。

『魔法が使えない『ミオ』に何ができるの?』

 突如背後から声をかけられる。しかし振り返っても誰もいない。

 見えない誰かの言葉は、走り出しそうだったミオの足を止めさせた。

 その言葉の通りミオは魔法が使えない。そんな自分が介入しても何もできるわけがない。それにどうしてミオを帝国に連れて帰ろうとしている三七を助けなければいけないのか。このまま放置していれば二人が脅威を排除してくれる。

 それにミオは兵器であることを捨てたのだ。なら三七との関係もそれで切れたはず。もう何の関係もない赤の他人なのだ。


 ――それでいいじゃないか。


『ウソばっかり』

 再び声が聞こえた。

 しかし今度はしっかりその姿を見ることができた。あいかわらず肉眼ではその誰かを確認できないが、向かい側にあるカーブミラーに映っていたのだ。

 ボロボロに破け傷だらけになった『ミオ』のほかに、黒の軍服に身を包む『三〇』がミオの目の前に立っていた。

「また……あなた……」

 ミオは苦々しく三〇のことを鏡越しに睨みつける。

『わたしはあなた、あなたはわたし。だから――』

「違う! わたしは違う! 『三〇』なんかじゃない‼ 」

 ミオは被せるように三〇の言葉を遮る。

 その内容に三〇の表情が一瞬悲しそうに歪むが、すぐに元の無表情に戻る。

『三七を助けたくないの?』

「…………」

 何も答えられない。

 あれほどの理論武装を施し三七を見捨てることを容認していたのに、何も言い返せなかった。

 三七が帝国に連れ帰ろうとしているのは事実、三七にあわや殺されそうになったことも事実。あの時は本気で三七のことを拒絶していた。

 でも『ミオ』がアリシアたちの思い出で帝国に帰りたくないと思うのと同じくらい、『三〇』は三七との思い出が大切なのだ。それは自分を兵器へと回帰させる毒だと思い、必死に『三〇』と共に捨てようと試みた。でも、三七が目の前に現れて、危機に陥っているのを目にすると無理だった。

 三〇にとって三七とは、唯一の背中を任せられる相棒のようなものだった。そんな彼女を簡単に切り捨てられるわけがない。

 しかし『ミオ』には三七を助ける手立ては何もない。だって魔法が、魔力が使えなくなってしまったのだ。

「『三〇』なら助けられるの?」

 鏡の中で彼女は首を横に振る。

「どうして! わたしから魔法を奪ったのはあなたじゃない!」

『わたしはあなた。あなたはわたし』

 またこの言葉である。意味が分からない。

 ミオは『ミオ』であって『兵器(三〇)』ではない。それにあの夢の通りならミオが魔法を使えなくなった原因は三〇である。

『お姉ちゃ……アリシアの言葉を思い出して』

「? アリシアの言葉?」

『そう、別れる前の』

 確かに何かアリシアは言っていた。だがミオはその言葉の意図を理解してはいない。

 ――「魔法ってのは自分を偽ったり否定してると、見えなくなるものだよ」

 ミオの主観ではそんなことはしていない。むしろアリシアたちに求められている『ミオ』になるために自分を変えていったのだ。

 そう、『ミオ』の主観では、である。

「ッ! そういうこと、なの」

 三〇はただ曖昧に微笑むだけである。だが、もう確定的である。ミオがなぜ魔法が使えなくなったのか、なぜ『三〇』がこうして話しかけてきてるのか、すべて分かった。

『ミオ』が否定した『三〇』もミオの一部なのだ。『ミオ』と『三〇』は別々の道を歩む別人なんかじゃない。今『ミオ』が歩む道の軌跡にいるのが『三〇』なんだ。

 それなのに『ミオ』になるということを優先して、過去の自分を否定してしまっていた。あれは自分じゃない、別の誰かなんだって思い込むようにしていた。

 三〇は常に魔法と共にあった。自意識を持ったときには呼吸のように魔法を扱い、手足のように駆使していた。

 三〇を否定することは、自分の魔法も否定するということ。

「魔法が使えなくなって、当然だね」

 ミオは自嘲する。

 三〇の頃はどこに向かえばいいのか分からず、ただ命令に従うだけで何も考えず、ずっと立ち止まっていた。

 でも、もう立ち止まったりはしない。

 ミオは三〇に手を差し伸べる。

「もう忘れたりしないから……いっしょに行こう!」

 手と手を取り合い、『ミオ』と『三〇』が溶けあう。ずっと別々に分かたれていた半身が帰ってきたような高揚感と、胸の奥に確かに感じる魔力の鼓動に包まれる。

 しかし、それと同時にある意味では慣れ親しんだ重みも帰ってきた。ミオが『ミオ』でいる間ずっと『三〇』が肩代わりしてくれていた、帝国の呪縛である。

 兵器として従順で、命令を盲目的に遂行できるよう施されてきた教育が、鎖として前に進もうとするミオの体にのしかかる。

「立ち止まらないって決めたんだ」

 目の前の道を見据え、一歩足を前に進める。

 まだ道の先が真っ暗で、誰かに手を引いてもらわないと不安で足を止めてしまいそうになる。

 それでも決めたのだ。

「自分の道は自分で斬り開く!」

 刹那、鎖が音を立てて砕け散る。そして頭上でずっと輝いていた銀の星に手を伸ばす。

 もう邪魔をするものは何もない。

 星はミオの中に溶け、前に進むための魔法を授ける。

「霊装展開《斬鬼》」

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