星に願いを
三七は憤慨していた。
共和国に来てからずっと三〇のことを見ていた。本当なら見つけてすぐに行きたかった。処分されかけて以来の再開なのだ。しかし三〇の近くには必ず忌々しい魔法少女がつきまとっていた。
そのため共和国で合流した諜報員からは止められていた。手出しこそできなかったが、その間もずっと三〇を見続けていた。
三七が三〇にあげたミオという名を、三七だけが呼んでいた大切な名前を勝手に呼ぶだけでは飽き足らず、親し気にその名を口にするのだ。
――虫唾が走る。
三七以外の人間といっしょにいるというだけでも許しがたいというのに、名を親しげに呼ぶなど到底許されることではない。
それだけじゃない。三七は三〇の笑顔なんて見たことがない。常に無表情であった。三七はそこに神秘的な魅力を感じていたのだが、三〇はあの二人に見たこともないような顔を向けていた。
――許せない。
三〇は三七のものである。つまりはあの表情も元は三七に向くはずだったものである。それをあの二人は三七から奪ったのだ。そんなこと許せるはずがない。
最初は三〇を縛り付け、永遠に離れられないようにするだけの予定だったが変更だ。
あの二人の魔法少女に関しては、道案内とこの状況をお膳立てしてくれた諜報員から絶対に交戦するなと命令されていた。
でも殺す。
絶対に殺す。
殺さなければならない。
右手に大鎌を、左手に鎖鎌を構える。
「ぶっ殺す!」
勝ち目がないことなど分かり切っている。あの戦場で散々分からされていた。でも三七から三〇を奪い去った憎き魔法少女に立ち向かわなければならない。
「死ねッ」
鎖鎌を投げつけ、続けざまに大鎌を一閃させる。しかし三〇を遅れてやってきた魔法少女に手渡した雷光の魔法少女は、その二つを手で受け止めた。
「この程度、屁でもねえよ!」
雷光のに思い切り鎖を引っ張られる。力勝負では勝てないことは分かっているので、大人しく手放した。代わりに敵によって固定されている大鎌の柄を利用して、鉄棒の逆上がりの要領で思い切り蹴り上げる。
「なかなかやるじゃねえか」
しかしそこまでだった。
敵の魔法に関してある程度理解していると思っていた。だが、敵のそれは想像をはるかに超えていた。
目で追えない速度で動き回り、翻弄され、一瞬でも気を抜こうものなら胴体に重い一撃を入れられる。
敵は徒手空拳で攻撃のリーチに関してはこちらに分があるのに、敵は圧倒的なスピードでこちらの有利を潰してくる。
「こにゃクソッ」
やけくそ気味に大鎌を大振りしてしまう。その隙を敵が見逃すはずもない。
「雷光纏いて打ち砕け《電磁拳》ッ」
大鎌を大振りに振り切ったせいで敵の目の前に無防備にさらされたお腹に、自らの魔法でローレンツ力を生み出し音速に近い速度で打ち出された拳が深々と突き刺さる。
コンクリートの地面を砕きながら、何度も地面を跳ね回る。建物を囲む塀にぶつかり、ようやく止まった。
「おーい、大丈夫か、生きてるか?」
のんきなことに生死の確認もせず、普通に歩いて近づいてくる。本当なら死んだふりでもして奇襲を仕掛けるチャンスであるが、冗談抜きでそんな余裕はない。
防壁は完全に消し飛ばされ、骨も何本か折れているだろう。
(動け……ない)
敵も魔法少女とはいえ、その拳が重機関銃以上の威力を持っているなど誰が想像できようか。
雷光の魔法少女の背後には、氷の魔法少女に守られている、三七の知らない三〇の姿がある。しかも三〇もその魔法少女に抱えられ、遠くに行こうとしている。
「三七の……もの……なのに……」
取り戻そうにも力が足りない。力が足りないから目の前の、三七と三〇を引き離そうとする敵を排除できない。
ようやく三〇を見つけたというのに。ようやく三〇を自分のものにできるチャンスだというのに。
――どうして。
悔しさがこみ上げる。どれだけ抗おうと絶対に届かない領域に目の前の敵はいる。三〇を取り戻そうにも、その壁は高すぎる。
(力が……欲しい)
敵を滅ぼすための力が欲しい。
遠くに行こうとする三〇を自分のもとにつないでおく力が欲しい。
「……が……あ……」
突如心臓を握りつぶされるかのように、胸の奥そこが疼き始める。それに呼応するようにハクメンに貰った黒い石が光り、勝手に胸ポケットより外に飛び出す。
『汝が願い叶えてやろう』
頭の中にハクメンの声が木霊する。
「え……?」
黒い石が胸に突き刺さる。しかし血が噴き出すこともなく、傷すらも胸にはない。しかし確かに胸の中に入っている。
「ほ……し……?」
未だ地名線の近くで太陽が輝いているというのに、三七の瞳には燦々と輝く一つの星が見えていた。手を伸ばせば届きそうな位置にあるが、しかしその星を手に取るには遠い。
この星を何度か目にしたことがある。しかし毎回、手にするには遠い星を前に諦めてきた。あれは三七が触れられるものじゃないと思い込んできた。
だが今回はその限りではない。あの胸に食い込んだ黒い石から伸びる鎖によって牽引され、自分ひとりだけでは登れない高みへと到達する。
『さあ手に取るがいい。さすればお主の願い、力となろう』
その言葉に後押しされ、三七は星を手にする。
星は三七の身に溶けこみ、願いを聞き届け、それを力へと変換する。
「霊装展開《縛姫》」
まだ手にするには早すぎる力を三七は身にまとう。




