異変は突然に
「え……?」
三七から手を伸ばされるが、しかしミオはこの手を取るか迷っていた。
普通に考えれば三七と共に帝国に帰るべきである。元々の所属は帝国であるし、迎えが来たのならば敵国である共和国にとどまる理由はない。以前のミオならば迷うことなくそうしただろう。
(また、あそこに帰るの?)
しかし今のミオはアリシアと出会い、そこで育まれた思い出が、『ミオ』という新しい自分が、兵器に戻ることを拒絶する。
もうミオは『三〇』とは別の存在なのだ。
「やっぱりダメだった。やっぱり……やっぱり……やっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱりやっぱり」
迷うミオの姿を目にした三七は壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返し始める。その異様な三七の姿にミオは後ずさってしまう。
「三〇は三七のモノなのに……離れていっちゃ……やだ……」
頭を抱えブツブツと何かをつぶやき始める。
三七を、帝国に帰ることを拒絶するのであれば今すぐに逃げるべきだろう。しかし三七個人に対する情がその足を重くする。
「三……七……」
「三七のものなのッ だから――魔力展開」
三七の体表面が魔力の防壁に覆われていく。
「もう三七から離れられないように縛ってあげる」
虚空より大鎌を取り出し、その刃をミオへと向ける。そしてそのままミオに向かって鎌を振り下ろす。
「なッ――⁉ 」
狭い路地裏なのが幸いし、鎌の最大の攻撃方法である薙ぎ払いではなく上段からの振り下ろしであった。そのため魔力を纏う前のミオでもなんとか回避することができた。
しかしそのせいでミオは路地裏から人通りの多い道に出てしまった。もちろん三七もミオを追ってくる。
三七の姿を見た通行人たちは訝しげな視線を投げかけていたが、三七が鎌でもってミオに斬りかかっている光景に、阿鼻叫喚と化した。
我先にと逃げ出し、少しでも離れようと他者を押しのけて走っていく。先ほどとは比べ物にならないほどの怒号や悲鳴が周囲を包む。
しかし三七はそのうるささに少し顔を歪めたが、それだけでミオから視線を動かさない。しかし振り回す鎌のせいで建物や道路が崩れ、その破片が周囲にばらまかれる。それにあたり怪我をする通行人が出始めている。
「三〇、三〇……三〇ぉ」
三七の目にはミオしか映しておらず、それ以前に三七にとって敵地である共和国に被害を出すことに躊躇など存在しない。
(三七を止めなきゃ)
ここからまだ距離はあるが、このまま進んでいけばアリシアの住んでいるアパートがある。兵器であったミオをやさしく受け止めてくれた大切な人の住処である。絶対に壊させてはいけない。
「魔力展か……い……?」
しかし魔力が沸き上がってこない。もっと言うと体の奥底にいつも感じていた魔力が感じられない。
「どうしたの? 早く防壁張らないと……死んじゃうよッ」
三七の声に条件反射的に飛び退く。
一瞬前までミオの立っていた場所に鎌が横切る。
今はまだ反応できているが、三七の言う通り防壁を張らなくてはいつ集中が切れて鎌の餌食になるか分からない。
しかし何度も魔力を発現させようと試みるが、何も起こらない。
戦場から遠のいて感覚が鈍り、戦いながらではできなくなったのかと思い、三七から距離を取ってやってみる。
しかし結果は同じで何も起こらない。
「魔法が……使えない」
そんなはずはないと自棄になり、何度も何度も試みる。この間までは使えていたのだから、使えなくなるなんてあり得ない。
そう信じ、諦めず魔力を発現させようとする。
「だから、死んじゃうってばぁ」
あまりにも必死にやっていたため、反応が遅れてしまった。何とか体をひねり直撃こそ避けたが、砕け散ったコンクリート塊がミオを襲う。
足を強打してバランスを崩し、さらに頭にも当たってしまう。そのせいか視界がぶれて見え、頭がフラフラとする。
三七が迫ってきていることは辛うじて分かるが、逃げようにも体が言うことを聞かない。
(死ぬのかな)
不思議なことに三七の振り下ろした鎌がゆっくりと見える。かといって避けられるかと言ったら否である。依然として体が動かない。
(やだ……やだよぉ、死にたくない……誰か助けて……誰か……)
帝国の時代ならすぐ隣にあり怖いと感じたことはなかった。しかしゆっくりと迫る死の恐怖にミオは瞳に涙を浮かべ恐怖する。
「助けて……アリシア」




