異変は突然に
ミオは生まれて初めて学校という場所に来ていた。
その名もアンデルセン女学院。共和国でも有数のお嬢様学校であり、初等部から高等部までのエスカレーター式の学校である。通っている生徒も大企業の令嬢や政治家の娘、または一般的に難関とされる入学試験や編入試験を突破した天才や秀才たちである。
ここの高等部にアリシアとリズは通っている。
外観としては敷地内に複数個のビルが立ち並んでおり、それぞれが連絡通路でつながっている。また入り口には駅の改札のようなものが設置されており、学生証をかざすことでゲートが開くようになっている。
ミオはもちろん学生証なんか持っていないが、事前に通達されていたのかアリシアたちの姿を警備員が確認するとゲートを開けてくれた。
そしてもちろんアリシアとリズは私服ではなく制服である。紺色のブレザーと赤のチェック柄のひだスカートである。また首元には大きめのリボンをつけている。
二人とも同じ制服を着ているわけだが、その印象は全然違う。アリシアはまさに真面目という言葉が似合うほどきちっと制服を着ているが、対照的にリズはボタンを開けていたりスカートの下にスパッツを履いていたりと活動的な印象である。
周りにも同じような制服の人しかいないため、かなりミオは居心地が悪かった。何せミオには制服がない。そのためアリシアとリズの手によって制服風コーデにされたのだが、何を血迷ったのかセーラー服風なのである。しかもサスペンダーで肩からつるすタイプのスカートであるため、ミオの身長の低さと相まって、小学生か、よくて中学生のようにしか見えない。
そんな少女が突然学校に来るものだから、かなり注目を浴びていた。しかし、もうミオはその視線に恐怖を覚えたりはしない。というよりか、アリシアやリズに着飾らせられて、人目になれるよう調教された。
「あれリズじゃん、久しぶり!」
一人の少女が親し気に声をかけてきた。
「久しぶりって、まだ二週間も経ってねえよ」
どうやらリズの知り合いのようで、その少女と楽し気に話している。ただアリシアはミオの手を握ったままつまらなそうにしている。
「っと今日はお姫様同伴か。ごめんね、私はこれでしつれ……い……?」
アリシアの存在に気付いたらしき少女は、話もそこそこに立ち去ろうとしていたのだが、その際ミオが視界に入ったらしく謎にフリーズした。
「……? おーい、どうした?」
「リズリズリズリズ、何このかわいい子⁉ 」
あまりの勢いの良さにミオがビクッと体をすくませ、アリシアの手に縋り付き体を隠す。これにはリズも苦笑いを浮かべている。
「もしかしてクルージスさんの妹⁉ 」
「あー、いや、えーっと……」
アリシアとリズはどう答えたものかと顔を見合わせる。
公的にはミオは、共和国の敵対国である帝国の魔法少女であり、保護機構によって身柄を一時的に保護されたということになっている。しかしあくまでも一時的であり、正式な所属は帝国のままなのであり、紙面上での扱いは捕虜に近い。
ミオは一般人相手には非常に説明しづらい立場にあるのだ。
「この子は……えーっと……」
アリシアは目を海原を翔けるマグロのように泳がせながら、必死のウソを紡ぎ出す。ただウソをつくのがそこまで得意ではないアリシアは、ポンポンとウソの情報を作り出すことができず固まってしまった。
「こいつはアリシアの妹だ」
「は……?」
「え……?」
あっけに取られている一同をよそにリズはウソに信憑性を持たせるための補強を行っていく。
「それでどうしてもついてくるってグズッたから仕方なく連れてきてやったんだ。ほら、今の時期なら全然人もいないし、許可も取りやすいから」
「うっそ、クルージスさんにこんなかわいい妹さんいたの⁉ 」
アリシアの様子を見ればウソということは分かりそうだが、なぜか信じてしまった。
「え、うん、まあ」
「いいな、私もこんな妹ほしかったなあ」
アリシアの陰に隠れているミオのところまで回り込んで来て、膝を曲げ目線を合わせてきた。
「初めまして、私はアリスっていうの。お姉さんのクラスメイトよ」
その少女は目線を合わせたまま何かをずっと待っている。何を待っているのかミオは分からなかったが、リズがその何かを教えてくれた。
「ミオ、です」
「そっかー、ミオちゃんっていうんだ。声もかわいいなあ」
アリスと名乗った少女に抱き着かれそうになったが、慌てて逃げたため未遂に終わった。
それに不満そうにしていたアリスだが、すっぱりと諦めてくれた。
「そういや二人って補修で来てるんだよね?」
「ああ、そうだが?」
「教室にミオちゃんは入れなくない?」
「「あっ」」
確かにルプスによって敷地内に入る許可を得ることはできた。しかしそれは学内見学という形であり、学生の勉学を妨げない範囲でしか行動できない。つまり授業の行われている教室等は見学できないのである。
「ふっふっふ、仕方がないなぁ。ウチの部活で面倒を見てあげようではないか」
アリシアとリズは思案する。
ミオが自由に行動できる範囲は、何度も言うがアリシアやリズの目の届く範囲である。これにはミオの監視という意味もあるが、それとは別にミオの護衛という側面もある。
いつどこで帝国からの刺客がミオの始末に来るか分からないためである。
「心配する気持ちもわかるけど部室は隣の棟だし、窓から見えると思うよ?」
妹設定がここにきて足を引っ張り始めた。
アリスから見ればアリシアやリズは妹を心配する姉にしか見えないことだろう。それにここで強硬に反対すれば相手に疑念を持たれかねない。
「い、いいんじゃねえか……一応見える範囲だし」
リズのその一言がきっかけでミオはここから別行動になった。




