異変は突然に
ルプスはこの日、高級料亭に足を運んでいた。
この料亭は共和国でも屈指の名店で、それこそ他国の外交官や王族をもてなすためにも利用されるほどである。また完全個室性で、大きな窓からのぞく庭も作りこまれていて、外周部に大きめの木や岩が配置されていることによって、外部から遮断された特別な空間を作り出している。
つまるところ、秘密の話をするにはもってこいな場所ということだ。
だから滅多に来ることができない高級料亭ではあるが、ルプスの気は重たかった。
「お待たせしました、マカオ大統領」
ルプスはすでに個室にいた、ハゲ頭の中年に声をかける。
彼こそが共和国現国家元首にして、一時は経済が悪化の一途をたどっていた共和国を一代で立て直した辣腕な政治家である。
「おや、局長ではないのかね?」
「ははは、局長の放浪癖は大統領もご存じでしょう。その代理のルプスです」
ルプスは神経質そうに吊り上がった目にジッと見つめられ、緊張してしまう。彼は無駄を嫌うことで有名だ。それこそ無能な政治家を、例えどれだけ過去に華々しい成果を上げていたとしても、一方的に政界から排除したという逸話がささやかれるほどである。
この会食も彼が不要だと判断したらなくなることだろう。
「ふむ、まあいい。初めましてだな、フェニニーク博士。君の高名は政界にも轟いているよ」
「光栄です、マカオ・クルージス大統領」
マカオはグラスのワインを一気に飲み干し、前座は不要とばかりに早々に本題を切り出した。
「それで、何か有用な情報は聞きだせたのか?」
「有用……とは?」
いきなりそんなことを聞かれてもルプスには何のことかさっぱりである。そもそもこの会食について聞かされたのもつい先日である。
「保護機構は帝国の魔法少女を捕虜にしているのだろう。なら、そろそろ共和国に有用な情報を吐いた頃かと思ってな。で、どうなんだ?」
「いいえ、何も」
ピクリとマカオの眉が動く。
「それはどういうことだ? 何のためにあやつの自由を認めてやったと思っている、共和国の利益に繋がる情報を持っているからだ」
政治家からしたらミオという存在は相当に政治的な魅力を持っているのだろう。ミオは北方諸国をして、『銀の悪魔』という異名で畏れられたほどの実力者だ。しかしこれを取り戻すために帝国が躍起になるかといえばそうではなかった。
このことに政府は焦りを感じているのだろう。ゆえにミオに自由を許し、年の近い者を監視の名目で接近させ、そこから情報を抜き取るという方針に転換した。
「あくまで保護機構はたまたま帝国で戦争利用されていた魔法少女の一人を保護しただけです。それとも政府は大陸会議を無視して魔法少女の政治利用をするおつもりで?」
痛いところを突かれたとばかりに舌打ちをする。
しかしルプスは飄々とした態度でグラスを傾ける。何せ大陸会議の決定は大国である共和国でも無視することはできない。今回の戦争に魔法少女を参加させるのも、帝国の魔法少女を保護するためと建前を用意しなければいけなかった。
「よく口が回る」
「これでも魔法少女を守らなくてはいけないのでね」
二人の間にバチバチとした火花を散らせる。まさに一触即発といった雰囲気だったが、マカオが早々に退いた。
「ふんっ、少し試しただけだ。そう、かっかするでない。芯のない者と話しても無駄なのでな」
「それでは……」
「帝国の娘に関しては保護機構の好きにしろ。ただし共和国に仇なすと判断すれば、その限りではないがな」
これでミオの身柄は保証されたも同然になった。そのことにルプスは一安心といったところである。
「ルプス博士、この前の騒動はどう見る?」
「魔法少女が街中で暴れた件なら、もう聞き取りは終わっています。それを踏まえて言うならば、そうとうに胡散臭いですね」
アリシアによって取り押さえられた魔法少女は、何者かに依頼されて騒ぎを起こしたと証言した。しかも前金として十万もの大金を渡している。
「軍の情報部がそれと同時刻に、帝国のネズミが何か荷物の受け渡しをしているのを確認した」
「読心系の魔法少女に鑑定させましたが、スパイに繋がりそうな情報は何も」
「あやつらはプロだからな、対策ぐらいはしている。しかし無関係というにはできすぎている。せめて荷物が何なのか確認できれば、な」
何か大きな事件が起こりそうだと、ルプスは嘆息した。そしてせめて魔法少女だけは巻き込まれてほしくない、と願うのであった。
「そういえば、戦況はどうなっているのですか? 最近は支援要請をもらっていないのですが」
ふとした疑問を口にする。別に戦場に魔法少女を送りたいわけではないが、そのせいで共和国が滅びてしまっては意味がない。
「ふむ、報告書を読む限りでは膠着しているようだ」
「膠着、ですか」
「ああ、なんにせよ初日以外は帝国の魔法少女も顔を出していないらしい」
防衛側である共和国としてはいいことであるが、北方を瞬く間に手中に収めた帝国が開いてとなるとどうしても不気味さを感じてしまう。
その後も帝国の魔法少女運営がどう国際法に抵触するのかなどの、魔法少女関連の質問をされた。
それで会談も終わり、帰ろうと腰を上げたとき、マカオに呼び止められた。
「その、娘は壮健か?」
「娘……ああ、アリシアさんですか。ご自身の目で確かめてみては?」
しかしマカオは会談中の政治家の顔を崩し、力なく顔を横に振った。
「家を飛び出していって、それっきりなのだ。年頃の娘とどう接していいのか分からなくてな……」
これは長くなりそうだと、ルプスは嘆息した。




