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共和国での生活

 夜も深まり、辺りには静寂が満ちている。

 目を閉じてから何時間経ったのだろう。

 隣から規則正しい寝息しか聞こえなくなったことを確認したミオは、ゆっくりと起き上がった。

「やっぱり、慣れない」

 アリシアの家のベッドはどちらもフカフカのマットレスを使っており、普通の人であるなら寝心地がいいと感じるのだろう。しかし今までが固い地面の上でしか横になったことがないミオにとっては、柔らかいマットレスというのは寝づらさを感じてしまう。

 アリシアを起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出して、窓の方へと足を向ける。

 カーテンを開き、共和国に来てから習慣となりかけている星を見ようと思った。

「……見えない」

 だが今日はあいにくの曇り空。

 分厚い雲が星を覆い隠し、夜空を混沌の闇に染め上げている。

 その空はミオの心を表しているようであった。

 共和国に来てからミオは自分が何なのか分からなくなってきている。帝国にいたころなら兵器だと即答できていた。だがアリシアたちのやさしさと触れ合ううちに兵器としての在り方に疑問を抱くようになった。

(本当にわたしは、兵器なのかな)

 一度疑ってしまえば、坂から転がり落ちていくように何もかもが分からなくなっていく。最初は自分から牙を抜いて腑抜けにするために、アリシアたちに騙されているのだと思っていた。でなければ、敵国の魔法少女であるミオにここまでやさしくする必要がない。

 でも、早々にそうではないことに気付いた。

 アリシアの瞳にはいつ何時であろうとも、敵意や悪意などの色が浮かぶことはなかった。いつも慈しみに溢れ慈愛に満ちた瞳をミオに向けている。

(なんだかお姉ちゃんみたい)

 姉妹はおらず、姉妹がいたという同胞から聞いた話だけでしか存在は知らなかったが、もしかしたらアリシアみたいなのを姉と呼ぶのかもしれないとミオは思った。

 打算や損得勘定なしのやさしさを惜しみなくアリシアが注いでくれる。

 しかし、だからこそミオは戸惑ってしまう。やさしさの受け取り方を知らないため、目の前に積み重なってしまう。

 そして、積み重なったその愛とも呼ぶべきやさしさを前に、自分が分からなくなってしまう。

「眠れないの?」

 唐突に背後から声をかけられる。

 カーテンを閉め後ろを振り返ると、ベッドの上で上体を起こしたアリシアの姿があった。しかし、やはり眠たいのかあくびを一つして、しきりに目蓋をこすっている。

「おーいでっ」

「――⁉ 」

 しかしアリシアのことを直視できず顔を背けていると、抱き着かれてベッドへと押し倒される。

「どうしたの? なにか悩み事?」

 一瞬、弱音を漏らしても大丈夫か迷ったが、この人になら話しても大丈夫のような気がする。

「わたしって……なんだろう?」

「? ミオはミオでしょ」

 アリシアは目をパチクリとさせ、何を当然のことを聞いているのだろうと不思議をそうな表情をしている。

「ミオは……ミオ? でもわたしは兵器で、消耗品で……」

「ミオはあなたしかいない。ほかの誰でもなく何者でもない。あなたは、他の誰が何と言おうともミオなのよ。兵器なんかじゃない、ただのミオなのよ」

「今のわたしは『ミオ』……」

 確かに今までのミオであれば自分が何者なのか、という疑問を持つこともなかっただろう。何も疑問を持つこともなく、ただ命令に従う兵器(三〇)とはもう別人であるといえるかもしれない。

 それほどまでにミオは変わったのだ。

「そう……なのかな」

 だがどこかしっくり来ない。

 リズがミオのことを同じだという。

 アリシアはミオのことをミオ以外の何者でもないという。

 二人ともミオは自分たちと同じだと、一人の人間として認めてくれている。しかしミオからしたらアリシアもリズも遠い存在だ。とても同じだとは思えない。

 だからミオは彼女たちと同格の存在に、彼女たちに求められている『ミオ』になりたい。

「ええ、そうよ。だから今はゆっくりお休み」

 アリシアの胸に抱かれて、ミオはゆっくりと穏やかな夢の世界へと旅立った。

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