共和国での生活
「それでリズもいるんだね」
アリシアの家にお泊り道具を持ったリズがいる理由を説明する。だが理解はできても納得はできていないようだ。
「せめて相談くらいはしてほしかったんだけど」
「まあいいじゃねぇか。別に突然泊まりに来たのもこれが初めてってわけじゃねえんだし」
我が家のようにリビングで寝そべりながらマンガを読んでいるリズの姿に、アリシアは頭を抱えている。
で、ミオはというとリズの傍らでマンガを覗き込んでいる。文字が読めないミオにとっては吹き出しの中のセリフが分からずストーリーなんかも理解していないが、リズが笑いながら読んでいるのに興味を示してこの構図が出来上がったというわけである。
その様子を暖かな目で見守っていたアリシアは、妙案を思いついたとばかりに目を見開いた。
「リズ、そのままミオを確保しといて」
「? ああ分かっ……て、なんで逃げんだよ⁉ 」
ミオは本能的に身の危険を感じ取り、リズのそばという危険地帯から逃走を図る。
(今日こそ逃げ切る)
アリシアは大抵の場合、例外を除いてミオが嫌がることは何もしない。だが今から行うことに関しては、その例外の一つだ。
どれほど抵抗しようと「女の子に必要なことだから」と万力で押さえつけられ、地獄の入口に強制的に連れていかれる。基本的に何事にも動じないミオであっても、これだけは絶対に無理なのだ。
「お風呂はぜったい、いや」
そう、ミオはお風呂が嫌いなのである。より正確にはお風呂ではなく、水の中に入るのが嫌いであり、恐怖の対象なのだ。
過去にミオは極寒の冬の川に落ち、おぼれかけた経験を持っている。それ以来、三七に水浴びに誘われようと絶対に快諾はしなかったし、いたずらで川に落とされそうになったときは魔力を使って全力で抵抗したほどである。
だからこそ逃げているのだが範囲が狭い室内であるため、今日もいつものように捕まりお風呂場へと強制連行されるのであった。
「ってかさアリシア、もしかしていつもこうやって無理やり風呂に入れてるのか」
「え? うん、そうだけど……だってそうでもしないとこの子、絶対にお風呂に入ってくれないの」
アリシアのだからどうしたの、と言いたげな表情を見て、リズは頭を抱えた。
「いやいやいや、ダメだろ! そんなことしたら、ただ風呂嫌いを助長させるだけだぞ」
「えっ⁉ そうなの?」
「今日はあたしが入れてやるよ」
そう言うとリズはミオを抱えたまま脱衣所で服を脱がしにかかった。もちろんこの間もミオは抵抗を続けている。だがリズは女性の中では身長が高い方で、何かスポーツでもやっていたのかうっすらと引き締まった筋肉が皮下脂肪の下に見て取れる。
要するにミオとアリシアとの間にある圧倒的なまでの体格差によって完全に押さえつけられていた。
「い ッ や ッ だ ッ ‼ 」
「あはは~、ダメだぞぉ。女の子なんだからちゃんと風呂に入んねぇと」
ついには抵抗空しく着ていた服を完全に剥がされすっぽんぽになってしまった。
一応ミオは虎視眈々と逃げられるタイミングを狙っていたのだが、二人体制になってしまったため、例えリズが脱衣中であってもアリシアに監視されているという最悪に近い状況になっていた。
そして、入水の時間がやってきた。
覚悟を決め、身を固くしてその時を待っていたのだが、いつになっても水中に落とされる気配がない。
そのことを不思議に思っていると、突然顔に水をかけられた。
「⁉ ⁉ ⁉ ⁉ ⁉ 」
あまりの出来事にパニックに陥りそうになったが、しかしかけられた水は少量で、すぐに重力に従って床へと落下していった。
水の飛んできた方向を向くと、そこにはいたずらっ子のような笑みを浮かべたリズの姿があった。そして、その手には大きなタンクのついた水鉄砲を持っていた。
「ちょっ、リズいきなり何やってるの⁉ 」
かなり慌てたようにアリシアはミオを抱きかかえる。
アリシアがミオにここまで過保護になっているのには理由がある。始めたこの家に来た日、アリシアによって強制的に風呂に叩きこまれたせいでパニックに陥った経験があるからだ。
しかしリズは分かってねぇな、といわんばかりの表情を浮かべている。
「よーするに、風呂嫌いってのはなんかの理由で風呂のことが怖くなったわけだから、目いっぱい風呂で遊んで、楽しい思い出で上書きしちまえばいいわけよ」
「ってかそれどこから持ってきたの?」
「細けぇこと気にすんな」
そう豪語するとミオとアリシアにも水鉄砲を渡してきた。もちろん大型のものである。
「……うちのお風呂、そんなに暴れ回れるほど広くないんだけど」
「だから細けぇこと気にすんなって」
その後、リビングまで水浸しになったことは言うまでもなかった。
ミオは最初の方こそ突然のこの展開に戸惑い、どうしたらいいのかとオロオロしていた。しかし最終的にはリズに乗せられる形で、この遊びを楽しんでいた。




