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共和国での生活

「よい、頭を上げよ」

 恐る恐る三七は顔をあげ、媚びるような笑みを浮かべる。

「その不愉快な顔を止めよ。お主は自然体でおればそれでよい」

 そう言われたからといって、はいそうですかとできたら苦労はしない。体に染みついた習慣ゆえに、生殺与奪権を握っている相手に媚びることを止められない。

 必死に平常時の顔を保とうとするがやはり難しい。

「愛し子にそのような顔を向けられとうないのだがのお」

 やがて諦めたのか何も言わず、ソファーに座るよう命じた。

 三七が座ったところを見計らって口を開いた。

「生きていてくれて本当によかった。愛し子が戦場で死んだと聞いた時には心臓が口から飛び出すかと思おたわ」

「え、えぇと……」

 心配される経験などあるはずもない三七はこういうときに、どんな反応を返したらいいか分からない。

 ゆえに話題を逸らすことにした。

「あの、愛し子って……」

 露骨なまでの話題転換だったが、それに気づいてか気づかないでか、眉一つ動かさず応じてくれた。

「ん? お主のことだが、それがどうかしたのか?」

「いや、えっと……なんで愛し子って呼んでるのかなぁって……」

「なんじゃそんなことか。簡単なことじゃ、お主が特別だからに決まっておろう」

「とく……べつ……?」

 ハクメンの言葉に戸惑っていっると、彼女はおもむろに三七の隣に移動してきた。

「そう、お主は《特別》なのじゃ」

 耳元で囁かれる。

 生暖かい息が耳に当たりむず痒いが、不思議なことにそれが心地よく感じ、言葉一つ一つが甘露のごとく頭に染みわたっていく。

 頭がフワフワとして、まさに夢見心地といった感じだ。

「じゃから、われの前でくらい《本音を曝しだして》いいんじゃよ」

 優しいハクメンの言葉に、三七はもう限界だった。

 今まで心の奥底で抑え込んでいた感情が、堰を切ったように溢れ出す。

「なんで……どうしてサナをおいていったの……サナもいっしょに連れて行ってよ……いっしょに行こうって……約束したのに……」

 瞳から涙が流れ落ちる。

「サナを……サナを独りぼっちにしないで……」

 ハクメンはこれを仮面の裏で、目を細めながら妖しく嗤いながら見ていた。

「なら、どこにも行かぬよう縛ってしまえばよい」

「え……」

「縛り付けてやればよいのじゃ。そうすればお主から一生離れることはない」

「一生……離れない……」

 もう三七はその言葉に心を奪われて、三〇を殺したくて殺したくてたまらなくなる。。

(そっか……縛っちゃえばいいんだ)

 もうじっとしていられない。ハクメンがいなければすぐにでもここから飛び出して、三〇の元に飛んでいくというのに。

「慌てるな。お主一人では共和国まで行くことはできなかろう。軍の情報部に話は通しておる」

 駄々っ子をなだめるような声でソワソワし始めた三七のことを諭す。

「うぅ~、それはそうですけど……でも、でもぉ」

「もう少し待たんか。お主に渡したいものもあるでの」

 ハクメンは懐より怪しげな黒い石を取り出した。

「これなんですか?」

「ふふふ、これはの願いを叶える石じゃ」

「願いを叶える……石?」

 だがどこからどう見ても、ただ黒ずんだ石にしか見えない。しかしなぜだろうか、見つめていると吸い込まれそうになるような不思議な魅力を感じる。

「左様。とはいえ、ただのお守りじゃ。だがきっとお主の願いを叶える手助けになる」

 お守りといわれすっかり興味をなくした三七は、一応は上官から下賜されたものであるため、胸のポケットにしまい込んだ。

「それじゃあ、行ってきます。ハクメン様」

 弾むような足取りで三七は扉から出ていった。

 部屋に一人になったハクメンは、すっかり冷えてしまったお茶をすする。

「数少ない成功検体を使うのじゃ。せいぜいわれの研究の糧となってくれ」

 静寂なる部屋の中で、これからもたらされるであろう成果を思い、高らかに嗤う。

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