共和国での生活
「待って、ミオ」
銃弾が肺を貫通したのかうまく声を出すことができず、それでもなけなしの力を使って三〇に呼びかけた。その声が聞こえたのか分からないが、三〇がこちらを向いてくれた。一緒に連れて行ってくれるのだと三七は歓喜した。
だが三〇は一人で行ってしまった。
薄れゆく意識の中で三七の心は絶望に支配されていた。
(……見捨てられた)
遠ざかっていく三〇の後ろ姿に必死に腕を伸ばした。だがその腕が届くことはない。
(いや、行かないで……サナを……サナを独りにしないで……)
独り取り残されるぐらいなら、もうこのまま死んでもいいと思っていた。
幸い体のあちこちに銃弾が貫通して血が噴き出している。死ぬには申し分ないくらいの重症だ。確実に死ねるだろう。
だけど死にぞこなってしまったらしい。
「局長、三七号が覚醒しました」
重たい目蓋を上げれば、卵から手足が生えたような、見ようによっては宇宙服にも見えなくはないおかしな服装の大人たちがせわしなく走り回っている。
何事かと思い三七は体を動かそうとするが、全身が石になってしまったかのように全く動かない。
それもそのはずである。
三七は液体で満たされたカプセルのような機械の中にいるのだ。さらに体のいたるところからその機械とつながるチューブやケーブルが伸びている。
(え、なにこれ。いやだ怖い、体に何か入ってくる)
そんな訳の分からない状況に三七は声もなくパニックに陥っていた。
「お目覚めかい、われの愛し子よ」
少し舌足らずであるのに、どこか大人の艶やかさを感じさせるような声で話しかけられる。
三七の気付かないうちに、狐面をつけた小柄な女が目の前に来ていた。
(いつの間に……ッ)
三七は歴戦の魔法少女である。いくらパニックに陥っていようと、人の気配ぐらいならいくらでも感じ取れる。
否、歴戦であるかは関係なく、帝国の魔法少女なら壁一枚隔てた状態でも気配を感じ取れないと、死活問題である。
「今そこから出してやるからの」
そう言うと彼女はカプセル側面のボタンを押す。
するとカプセル内部の液体がすべて排出され、三七に張り付いていたチューブやケーブルも外れていった。そして仰々しい音を立てながらカプセルの前面が観音開きに開いていく。
力が入らず、そこから零れ落ちるように三七は倒れそうになる。
だが間一髪のところで狐面に抱きとめられる。
「怪我は……なさそうじゃな」
体格は三七とそう変わらないというのに、彼女は三七を易々と抱えている。
「ここはちと騒がしい。場所を移そうか」
そう言うと狐面は三七を抱えたまま移動を開始した。
そして連れてこられたのは、豪奢なデザインの机やソファーの置かれた、見るからに身分の高い人が使っていそうな執務室である。
狐面は三七をやさしくソファーの上に降ろしたかと思うと、彼女自身もその向かい側にあるソファーに腰を掛けた。
(ほんとに何なのこの人)
三七からしてみれば不可解な人物である。
狐のお面をかぶっているにはもちろんのこと、彼女は一向に三七のことを雑に扱おうとはしない。
このソファーに座っていることだって本来なら許されざることである。
とはいえ、座らせたのは狐面の方であるから、三七は特に降りようともせず、ラッキーくらいに思い座り続けている。
そうしているうちに扉からメイド服を着た女給が入ってきて、机の上にお茶とケーキを狐面と三七の前にそれぞれ置いた。
だが彼女は入ってきた瞬間、ソファーに座る三七のことを侮蔑と嘲笑の籠った瞳を向けていた。
「不愉快じゃな」
「え――……」
瞬間、女給の首が宙を舞った。
何が起こったのか一瞬過ぎて分からなかったが、狐面の腕に血がついていることから彼女が何かしたことは確かだ。
「すまぬな、あまりにも不快じゃったから潰してしもうた。まったくあの雌豚はわが愛し子にあのような目を向けおって」
狐面の上からでも分かるほど、その言葉からは怒りを感じられる。
だけどどうして彼女がそこまで怒りを感じているのかが分からない。女給のあの反応はどこまでも一般的なものである。
だというのに彼女はそれを不快だからと殺してしまった。
「部屋がちと汚れてしもうたが、今さら死体程度どうということはあるまい」
「は、はあ……」
さらに言えば人を一人殺しておいて彼女からは、罪悪感といったものは感じられず、むしろゴキブリを見つけたから殺したくらいの気軽さである。
「あの、一つ聞いてもいい?」
「ん? なんじゃ?」
「あなた何者?」
狐面は待ってましたと言わんばかり大仰な仕草で名乗りを上げる。
「われの名はハクメン! 帝国が宰相にして、魔法管理局の長でもある」
「魔法……管理局……⁉ 」
魔法少女は軍で利用されているから、軍の所有物のように思われがちだが実はそうではない。魔法管理局が軍に提供・貸出をしているのだ。
つまり目の前のハクメンと名乗った女は、三七たち魔法少女の本当の上官なのである。
三七はまさに血の気が引く思いである。
目の前にいる謎の女が、実は自分たちを管理する人の頂点に位置する人間などと誰が想像できようか。
そんな相手に普通に話しかけてしまった。ため口で話しかけてしまった。
ソファーから飛び降りて、毛の高い絨毯に頭をこすりつける。
「ごめんなさい、貴女様がそのようなお方だと知らず、無礼を働いてしまいました。どうか処分だけは許してくださいお願いします」
必死に許しを請う。
ハクメンには魔法少女を気分次第で生かすことも殺すこともできる立場の人間である。だから彼女の機嫌を損ねたが最後、命を散らすことになる。




