共和国での生活
その後、アリシアによって服を広いワンピースに着替えさせられ、外に停めてあった車へと連行された。
どこに向かっているのか分からないが、どうせろくな場所ではないだろう。
「……!」
だがそんなことを考えつつも、窓の外に見える景色に目を奪われていた。
趣向が凝らされた多彩な色や形の建物。仕事で足早に移動をする大人や親といっしょに楽しそうに歩く子供たち、仲睦まじそうに寄り添いあう恋人。
その風景のどこにも戦争を感じさせるものが全くといっていいほどない。
「共和国の日常風景はどうかしら?」
アリシアがいたことから薄々感づいてはいたが、やはりここは共和国だったらしい。
それなら三〇は命令を完遂できたということだ。だがこれから何をすればいいのか三〇には分からない。
共和国にたどり着いて、そこから先の命令がないのだ。あの青年兵が何を求めて魔法少女を共和国に連れて行こうとしたのか分からない。
分からなくても、唯一たどり着けた帝国の魔法少女として、あそこで死んでいったサナやほかの同胞たちの分も成し遂げなければならない。
そうこうしているうちに、目的地に到着したらしい。車から降ろされ、大きな白い館の中へと連れていかれる。
「ここは魔法少女保護機構の施設の一つで、中世の歴史ある建物を再利用してるんだよ」
アリシアに手をつかまれ、入り口の門をくぐる。そして少し奥まった場所にある、『第四魔法研究室』という札がかけられた部屋へと通される。
そこは何の用途で使われるか想像できない機械類や、何を書いてあるのか分からないメモ紙、さらには決済待ちの書類が机の上に山積みになっている。
それらに埋もれるようにして、一心不乱に本を片手に紙にペンを走らせる白衣の男性がいる。
「ルプスさん、目を覚ましたから帝国の少女を連れてきましたよ」
「…………」
「はあ、やっぱり聞こえてないか」
ルプスと呼ばれた男性はアリシアに声をかけられるが、何の反応も返さず机に向かい続けている。
アリシアはそのことにため息を吐き、扉に掛けられたにあるメガホンを手に取る。
「ル プ ス さ ん 連 れ て き た よ !」
「……!」
メガホンを使って言った声は館全体に響き渡るような大音量だ。それだけのものを狭い部屋の中で使うのだから相当うるさい。だが何かに集中してしまっている彼は、ここまでのことをしないと聞こえないのである。
「ああ、すまない。全然来たことに気が付かなかった……」
彼はずり落ちた眼鏡の位置を調整しつつ、ようやく顔を上げた。
「えーと、君が帝国の魔法少女?」
「……はい」
「君はこれから共和国の保護下に置かれることになる。帝国との戦争が終わるか、魔法少女の軍事利用を中止するまで帝国には帰れない。だがそれまでの間、少し不自由はあると思うが、君の身柄は保護機構が保証する」
「ホゴキコー?」
何度か耳にした組織の名前だが、どうにも三〇にはそれが何なのか分からない。
そのことで首をかしげていると、放置されて少し暇そうにしていたアリシアが喜々として話に割って入った。
「魔法少女保護機構っていうのはね、読んで名の通り魔法少女を保護するための組織で、第一の目的として魔法少女の軍事的利用の阻止があるの。そのほかにも魔法の研究だったり、非行に走った魔法少女を取り締まったりしてるんだよ」
「あれ? でも戦場で?」
三〇はとある矛盾に気付き、首をひねる。
保護機構が魔法少女の軍事利用をしないという名目の組織なのに、アリシアは戦場で三〇たちと戦っていた。
「大人の事情というやつさ。保護機構も国の金をもらって運営しているから、国から頼まれたら断れないんだ」
ルプスは頭が痛そうに額に手を当てている。
いや、痛そうではなく、実際に頭の痛い事態なのだろう。この矛盾は組織の在り方を大きく変えてしまうほどの爆弾だ。
「帝国の魔法少女の保護という名目ではあるけど、戦争に魔法少女を使っているというのは間違いないからね。それで世間からは組織理念に反しているっていう非難が毎日のように届いているよ…………子供が聞いて楽しい話じゃなかったな、忘れてくれ」
三人の間に重たい空気が立ち込めかけていたが、ルプスはそれを振り払うようにパンッと手を叩いた。
「そうそう、忘れるところだった。君の……そういえば名前を聞いていなかったね。教えてくれるかい?」
「ない……でも三〇と呼ばれている」
三〇には名前がない。『三〇』というのが名前のように思えるが、これは魔法少女を管理するために付けられた識別番号だ。
それにあるない以前に、消耗品に名前を付けるような人間は、よほど酔狂でもない限りいないだろう。
だからルプスが憐憫の眼差しを三〇に向けている理由が分からない。もしかしたら彼は世にも珍しい酔狂な人間なのかもしれない。
「……名前がないのは不便だな」
「だから三〇と呼ばれている」
名前が必要とも三〇には思えないから、今まで通りの『三〇』で呼んでもらおうとするが、にべもなく無視される。
「じゃあ、安直だけど『ミオ』なんてどうかな。ただ三〇の読み方をもじっただけだけど」
「え……?」
「いやだった?」
「あ、いや、そうじゃないけど……」
アリシアが提案した『ミオ』という名は三七につけられたあだ名と同じである。たまたまの偶然か、それとも三七とアリシアのセンスが似通っているのか。でも、どちらにせよ『三〇』の次に呼ばれなれた名称ではある。
「ミオで決まり! あなたもこれでいいよね?」
アリシアは提案を装っているが、本人の中ではもうこの名前で決まっているのだろう。有無を言わせない圧のようなものを三〇は感じ、頷くしかなかった。
「それじゃあ改めて。ミオさんのこれから暮らしてもらう家なんだけど――」
「それならウチ、部屋が一つ開いてるんで提供しますよ」
アリシアは身を乗り出さんような勢いで、ルプスの話を遮った。
「それはありがたい……だがいいのか? 保護機構が所有する物件を提供する予定だったんだが」
「魔法少女の監視があった方が保護機構としても安心じゃないですか。万が一が起きた場合もすぐに対応できますし」
「……それもそうだな」
万が一、ミオが共和国に対し攻撃を始めたとしても、万が一、帝国がミオを奪還しに来たととしても、これならすぐに対処が可能だ。
そうルプスは一瞬で考え、アリシアの提案をあっさりと受け入れた。
「さて、これで最後だ。これから共和国で生活を送ることになるが、何か聞いておきたいことはあるか?」
ミオには絶対に確認しておかなければならないことがあった。
「これからは、あなたが上官?」
「うーんそうだな。少し違うが、共和国にいる間は指示に従ってもらうことになるから、上官とも言えなくないのか?」
その言葉を聞いてミオは安心した。
「命令をください」
共和国に来たまではいいが、これから何をするのか命令されていなかったのだ。帝国とも離れ、上官がおらず命令がもらえない状態だった。
だがようやく上官を見つけた。これで命令をもらえる。
「え⁉ いや、そういう意味で上官と言ったわけじゃ……」
ルプスはミオの真剣な、しかし不安に揺れる表情を見てなお揺るがなかった。
「命令はしないし、できないよ。君は共和国にいる限りは自由だ」




