帝国の魔法少女
「どうして?」
三〇は目の前の光景が信じられなかった。
魔法少女は消耗品で、敵兵に囲まれたなら魔法少女を盾にするのが普通である。
だがこの青年は三〇を、自らの体を盾にして魔法少女をかばったのだ。
「意味がわからない」
ほどなくして銃声が鳴りやみ、青年は三〇に覆いかぶさるように倒れこむ。
悲鳴のような甲高い声はもう聞こえない。
「――ッ――ッ」
まったく身動きが取れない。
退いてもらおうにも口を手で押さえられているせいで声を発せない。
「……れ」
彼の口から何か途切れ途切れに声が漏れ出している。
「……共和国……走れ……命令だ……」
もう意識はないのだろう。うわ言のように「走れ」と繰り返している。
(それが命令?)
どこへ向かえばいいのかは分からない。だが命令である限り走らなければならない。
疲労した体にむち打ち、青年の下から何とか脱出する。
「おい、まだ動いてるのがいるぞ! 殺せ!」
刹那、再び銃声が鳴り響く。
だが三〇を貫くことはできない。
脱出と同時に防壁を展開したのだ。しかし先の戦闘で魔力も体力も消耗していて、長く維持することは難しい。防壁が安定せず、点滅を繰り返し今にも消えてしまいそうだ。
だから三〇は血にまみれ死屍累々となった同胞たちを乗り越え走り出す。
目の端にこちらに手を伸ばす三七の姿が映る。
『待って、ミオ』
声こそ聞こえなかったが、そう言うように唇が動くのが見えた。
思わず足を止めてしまった。だが足を止めた途端、肩に銃弾が掠める。
「ごめん、三七」
そうつぶやくと三〇は背を向け走り去った。
どのくらいの時間走り続けただろう。
銃声はもう聞こえず、少なくとも追っ手は来ていない。
あたりは日の光で明るいが、三〇はそのことにすらも気づく余裕はない。
帝国から離れれば離れるほど、鎖につながれているのかと思うほどに足が重く前に進まなくなる。
(はし……ら……なきゃ……はしら……)
極度の疲労と脱水症状により意識が朦朧としている。ただひとえに命令を完遂するという深層心理に植え付けられた義務感だけで足を動かしている。
限界が近いことは火を見るよりも明らかだ。
「……あ」
だがついに足が動かなくなってしまった。立ち続けることもままならず、そのまま受け身も取れず地面へと――。
「がんばったね」
ふわりと柔らかい何かに抱きとめられ、聞き覚えのある声が聞こえる。それが誰なのか確認したかったが、すでに限界を超えている三〇には無理だった。
「今はゆっくりお休み」
三〇の意識は暗闇に閉ざされる。




