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【小ネタ集】ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮


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現代パロディ クリスマスSS 2025



「今年のクリスマスはよく晴れるみたいなんだ。」


 楽しそうに話し始めたウィルフレッドに、これはデートの誘いだなと察する。

 なぜ今なんだと思いはしたものの、アベルは相手の顔を見るという野暮もせず、コーヒー片手に視線を店外へと向けた。


「もしよかったら、コテージに泊まって星を見ないか?」

「素敵!しっかり防寒対策して挑みましょう。」

「もちろんだ。今度服とか見に行って……焚き火もしよう!バーベキューと、マシュマロを炙るやつもやってみたいんだ。」

「ぜひやりましょう。ふふ、今から楽しみだわ」

「よかった。じゃあアベル、車よろしく。」

「は?」

 意味のわからない事を言われ、アベルは「本気か」という目でウィルフレッドを見やった。

 兄はきょとりと瞬いて青い瞳を丸くしているが、今自分が最愛の恋人(※ではない)とのデートに弟を入れた意味に気付いているのだろうか。台無しではないのか。

 ひどく怪訝そうなアベルに、ウィルフレッドは軽く首を傾げた。


「バイクでも行けるけど、それだと道中三人で話せないだろ?俺は自分の車は持ってないし。」

「…そもそも、二人で行くんじゃないのか。」

「え!?お前を置いていくわけがないじゃないか。」

「私もてっきり、三人だとばかり…」

 兄の恋人(※ではない)シャロンまでそう言うものだから、アベルはいよいよ心の中で額に手をあてる。

 なぜだ。恋人同士(※ではない)の二人に添えられる側の気持ちを考えた事はないのか。そもそも今日といい、普段から三人で居たがるのは何なのか。二人だと照れてしまう、という状態でもないように思えるが。


 アベルは改めてウィルフレッドとシャロンを見た。

 揃って寂しげに眉尻を下げてこちらを見つめている。流石、将来の夫婦(※ではない)は息がぴったりだ。


「俺達と出かけるのはダメなのか?予定が……?」

「もちろん、無理にとは言わないけれど……。」

 アベルも一緒がいい、三人で行きたい、と二人の顔にありありと書いてある。

 その表情に、眼差しに、しゅんとした声に、アベルは大変弱かった。昔からだ。


 自覚があるアベルはますます眉根を寄せ、苦い顔で「わかったから」と言う。

 途端、ウィルフレッドとシャロンは嬉しそうに顔を綻ばせた。その笑顔を見ると、アベルもつい少しだけ口角が上がる。

 結局のところ、「二人が喜んでくれるならいいか」と思ってしまう自分が甘いのだろう。


「服を買う時に、長いマフラーも探したいんだ。その…俺達三人で一緒に巻い」

「ウィル。」

 低い声で呼ばれたウィルフレッドは捨てられた子犬のような目でアベルを見つめたが、こればかりは許可が下りなかった。




 当日、アベルが車を二人のもとへ回してきた時。

 トランクに荷物を積み終えたウィルフレッドが「俺が後ろに行こう」と言うものだから、頷いたシャロンは素直に助手席へ乗り込んだ。


「お邪魔します。今日はよろしくね」

「……?ああ。」

「なぁに?」

「いや…お前は」

 後ろじゃなくていいのか。そう聞きかけたところで後部座席のドアが開き、わくわくして仕方ないという顔のウィルフレッドが乗ってきた。

 アベルは振り返ってまで兄と目を合わせたが、輝く瞳に「シャロンもこっちがよかった」という寂しさは微塵もない。後ろに座るのはもちろん自分だけと言わんばかりに中央を陣取っている。


「よし。出発して大丈夫だ、アベル。シートベルトもしたから」

「……わかった。行こう」

「はい。お願いします」

 隣で微笑むシャロンをちらと見て、アベルは視線を前に戻した。カチカチとウィンカーの音が鳴り始める。




 コテージに着いて一段落した頃、ウィルフレッドとシャロンは庭に敷かれたレジャーシートの上に並んで座っていた。

 二人に「そこで大人しく待ってろ」と命じたアベルは、少し離れた管理小屋へ道具を返しに行っている。


「……シャロン。俺達少し、はしゃぎ過ぎたかもしれないな。」

「ええ、そうね……やっぱり私が、枝を拾おうとして指を切ったのがいけなかったかしら。といっても、甘皮だけなのだけど。」

「そこは止めたアベルが正しいよ。やっぱり、俺が薪割りに失敗しかけたのがまずかったかな?」

「あれは止めたアベルが正しいわ。ウィルったら、楽しさのあまり勢いをつけすぎて。」

 危なかったと二人が苦笑した数秒後には、やろうとしていた仕事をアベルに取られている。そんな状態だった。

 そもそも到着して車のトランクを開けた時から、シャロンが自分で出そうとする前にアベルが荷物を下ろしていたし、コテージ探索を終えたウィルフレッドがバーベキューセットを組み立てようと思った時には、既に組み上げられていた。


「アベルはちょっと、俺達に過保護だよな。」

「人の事を言えないと思うけれど、そうね。」

「でもこの手際の良さ、あいつかなり下調べしてるぞ。楽しみだったんだと思うととても可愛い」

「わかるわ。」

 真顔で言うウィルフレッドに、シャロンもまた真顔で頷き返す。

 そういう部分が見えるからこそ、二人は自分達の立案だろうと、アベルを誘う事をやめないのだ。映画でも動物園でも今回のようなアウトドアでも、なんだかんだ付き合ってくれていた。


 用が済んだのだろう、アベルが戻ってきたのを見て二人は手を振った。気付いたアベルが小さく笑い、軽く手を振り返す。ウィルフレッドがしみじみと呟いた。


「そういうところなんだよなぁ。」



 ウィルフレッドとシャロンが具材を切り、火を起こしたアベルがそれをテキパキと焼き始める。

 焼くのを手伝おうとトングを持ったシャロンは二人の反対を食らい、大人しくマシュマロを串に通す作業に移った。やはり過保護なのはウィルフレッドも同じである。

 学校で調理実習の成果をあげた事もあるのにと、シャロンは些か納得のいかない気持ちでチョコとクラッカーを取りやすく皿に並べた。



 満腹のウィルフレッドがレジャーシートに寝そべると、満天の星空が目に映る。色々焼いたり炙ったりしながら三人で話す事に夢中だったが、元々の誘い文句は星なのだ。

 同じく食べ終えたらしいシャロンが、ウィルフレッドの隣でころりと横になる。目が合って笑い合う二人に、アベルがぽすぽすと携帯用枕を落とした。本当に準備の良い弟である。


「お前も、ほら。」

「まだ片付けが――」

 それは後で三人でやればいいと押し切られ、アベルもウィルフレッドの横に寝転んだ。

 夜中になればもっと目立つのだろうが、今の時間でも充分に大小様々な星の輝きが見える。ウィルフレッドが嬉しそうに言った。


「綺麗だな」

「ええ、とっても。」

「……確かに。綺麗だ」

 暖かい格好で火の傍にいた分、体は温まっている。

 涼しい風が頬を撫で、ウィルフレッドとシャロンは幸せそうにしていて、その穏やかな時間の中に、アベル自身も存在している。


 これはとても、


「贅沢な時間だな…。」

「ああ。俺達で星空を手に入れたみたいだ!」

「本当に。……素敵な時間をありがとう、ウィル。アベルも、連れて来てくれてありがとう。」

「しまった、先にお礼を言われちゃったな。シャロン、アベル。今日は俺に付き合ってくれてありがとう。」

「…俺は…一人ではここに来る事もなかったと思う。二人が誘ってくれたからだ。…ありがとう。」

 互いに礼を言って微笑んで、漂う沈黙も悪くない。

 これからも平穏で賑やかな日々を、共に過ごせたら――そんな事を考えながら、アベルは身を起こした。


「そろそろ片付…」

 言いかけた言葉が途切れる。ウィルフレッドとシャロンはすやすや眠っていた。

 二度瞬いて、アベルはくすりと笑う。今くらいは注意せず、毛布でもかけてやるとしよう。焚き火の番は一人でもできる。


「…おやすみ。二人とも」




免許

ウィルフレッド:普通(AT車のみ)、大型二輪

 車にこだわりなし。バイクは中型が好きだが、アベルが大型免許を取ると聞いて一緒に取った。

 アベルが二人乗りできない型を見ていたので、お揃いがいいとゴネて二人乗り可を買わせている。

アベル:普通、大型二輪

 とりあえず全体的に乗れるように取っただけ。バイクは兄と色違いの中型。

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本編:ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので

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