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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第七章 馬蹄砦の合戦

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馬蹄砦の合戦 1

 敵軍が迫りつつありとの情報が齎されたのは、翌早朝のことだった。

 大急ぎで戻ってきた偵察隊からの報告に、兵たちが大慌てで城壁を駆け上がる。


「将軍」


 兵たちの後を追って城壁に上がると、先に来ていたノーバスター卿から声が掛かった。隣にはヴェルダン卿の姿もある。

 彼らは難しい顔で俺を見てから、すぐに城壁の外へと顔を戻した。

 俺もそちらを見る。

 朝ではあるが、空に立ち込める暗雲は昨夜よりも暗さを増している。どんよりとした影に沈む平原には、未明に降った小雨の影響かぼんやりと薄い霧が立ち込めていた。

 そして。霧でぼやけた丘の稜線を超えて、無数の黒い蛆虫が這いずるような速度でこちらへ向かってくるのが見えた。


「やれやれ。本当に一万匹も引き連れてきたか」


「まあ、そう易々とは落ちないでしょう」


 何時までも途切れない黒い隊列を眺めながら呆れていると、隣に立つノーバスター卿が誰にともなく呟いた。

 まあ、そう零したくなる気持ちも分からなくはない。

 一万と聞いてはいたが、言葉で聞くのと実際に見るのとでは大違いだ。

 暗さと霧のせいでぼんやりとしか見えないがやってきたのはオークだけではない。隊列の左右を取り巻くゴブリンは数千を超すだろう。

 それらの間を魔狼がうろうろとしているのが見えた。

 魔狼は大型の狼に豚のような頭部をくっつけたような見た目の、醜い生き物だ。

 おぞましい呪術の果てに産み出されるという魔獣とは違って、一応は獣の範疇に含まれるらしい。ある程度の知能があるのだが、闇の陣営に組する多くの闇の生き物と同様にその性質は醜悪かつ残忍であり、一匹の獲物を数頭で追いこんで嬲り殺しにするのが好きな連中だった。

 平野での速度は馬に劣るが人間よりも遥かに俊敏で、こんな砦の中で相手するには厄介な敵だ。

 槍をもっと用意しておけばよかったな。

 そんなことを考えながら、溜息を一つ。


「全部切り殺すだけでも一仕事だな、これは」


 まったく面倒臭い。

 本心からそう呟きながら、砦の周囲を化け物が埋め尽くしてゆくのを眺める。

 どうやら化け物どもは砦を包囲しようとしているようだった。


「敵の構成は概ね予想通りですな。ゴブリンが思ったよりも少ない気はしますが」


 顎を撫でながら敵情をつぶさに観察していたヴェルダン卿がぽつりと言った。


「心配しなくても、どうせこれからもっと集まってくるぞ」


「それは困りますな」


 答えた俺に、ヴェルダン卿はことさら真面目な顔を向ける。


「ゴブリンなど何匹討ち取っても手柄にならない」


 さも大問題だといったその口調に、思わず喉が震えた。


「耳を切り取って交易所に持っていけば小遣いになるぞ」


「正規の騎士には討伐報酬は出ませんが……」


「え。そうなの?」


「そりゃそうでしょう。我々が本気で山狩りをしてゴブリン退治などしたら、そこらの交易所にある金貨などあっという間に底をつく……って、まさか、将軍」


「あ、いや」


 何かに気付いた様子のヴェルダン卿から、ついって顔を逸らす。

 すると、俺たちのやり取りを聞いていたらしいノーバスター卿がふっと噴き出した。


「これは困りましたな、ヴェルダン卿。化け物に滅ぼされる前に、将軍が我が国を破産させるかもしれない」


「まったくです。とんだ裏切者がいたものですな」


 そんな軽口を言い合いながら、さて、と城壁の外へ顔を戻す。

 包囲はすでに八割がた完成といったところか。そろそろ敵に動きがあるだろう。

 ノーバスター卿たちも同じ意見のようだ。


「では、当初の予定通り弓隊は私が。騎士隊はヴェルダン卿が指揮を執ります。将軍はいつも通り、好きにしてください」


 作戦を再確認したノーバスター卿におうと答える。

 ノーバスター卿は弓隊の直接指揮を執るだけでなく、城壁から砦全体の戦況を見極めて全体の動きを調整する役割もあった。

 ヴェルダン卿は率いていた配下の騎士と、砦に駐屯していた騎士隊を合わせた主力部隊の指揮を執る。

 で、俺は。

 ちらと背後に振り返ると、そこには若干緊張した面持ちのダイツを筆頭に数人の兵が並んでいる。砦の守備兵や、臨時雇いの兵の中から特に武技に優れた者を選抜して編成した遊撃隊だ。

 局地的な劣勢になった味方の救援や、守りを突破してきた敵の出鼻をくじいたりするのが主な仕事である。

 まあ、やれるだけはやったな。

 敵に動きがあったのは、そう思った時だった。

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