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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第六章 影の呼び声

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馬蹄砦へ 6

 馬蹄砦に来てから、さらに一週間ほどが過ぎた。

 その間、一度も太陽が雲の隙間から顔を覗かせることはなかった。まるで故郷に戻ってきたようだ。

 砦では相変わらず、慌しく戦の準備が進んでいる。

 やらねばならないのは兵の訓練だけではない。糧秣を確保するため、麦は来年の種籾に至るまで砦の倉庫へと運び込まれた。家畜は全て潰され、干し肉にするか塩漬けにされた。

 馬蹄砦の城内には井戸が複数掘られているため、飲み水には困らないのはありがたい。反対に燃料となる薪が不足していたため、壁の内側にあるすべての家屋が取り壊された。


 そんな中、ドワーフの一団がやってきた。

 彼らよりも先に来ていた避難民から聞いてはいたが、ノバプタが落ちたのだ。

 俺に直接そう教えたのはゴウェルだった。

 最後まで抵抗したのだが、多勢に無勢でどうにもならなかったらしい。どうにか住民を避難させてから、自分たちもここまで後退してきたという。

 二日前のことだ。

 ドワーフたちは全員怪我だらけだったが、戦意はまだ失っていなかった。

 俺たちがここで戦うつもりだと知ると、自分たちも戦うと言って聞かない。

 まあ説得したところで無駄だろうと、ノーバスター卿に相談して、敵が来るまでは砦の鍜治場で武具の手入れをしてもらうことにした。

 ノバプタが落ちたのが二日前だとすれば。敵は早くても明後日。遅くても三日後にはやってくるだろう。

 ドワーフたちから齎された最新の情報に、砦の迎撃準備は最終段階に入った。


 ここまで来てしまえば、訓練などしたところで意味がない。それよりも出来るだけ兵を休ませておくべきだ。

 そう判断した砦の指揮官たちは必要な任務に就いている者以外全員を休みにさせた。

 兵たちには少し豪華な食事に加えて、酒まで振舞われている。

 戦の前に、心置きなく騒いで楽しむというローセオンの伝統らしい。

 おかげで砦の中はちょっとした宴会の様相を呈していた。


 騒いでいる兵たちと言葉を交わしながら、俺は砦の本城に向かった。

 非戦闘員が集められている広間に入る。今日ばかりは避難民たちにも豪華な食事が振舞われていた。温かい食事はそれだけで不安を和らげるものだ。深刻そうな顔ばかりしていた彼らも、今日ばかりは笑みを零している。

 そんな人々の中から深紅の髪の少女が駆け寄ってきた。


「ルシオ」


「悪かった」


 どこかほっとした声で俺を呼ぶラキアに、そう頭を下げた。

 この砦に来た時に少し話をしただけで、あとはずっと兵の訓練やら準備の手伝いに忙しく、放ったらかしにしていたこともそうだが。


「こんなことになるなら、連れてくるべきじゃなかった」


 後悔とともにそう詫びる。


「違うわ。私が無理やりついてきたんだもの」


 ラキアはそう言うが。

 王都を発ったあの夜。本気を出せば彼女を振りきる方法など幾らでもあったのだ。

 そうしなかったのは、旅をするなら道ずれがいた方が楽しいだろうなと思ってしまったから。もちろん、こんな危険な旅になるはずじゃなかった。

 けれど、結果としてこうなっている。

 ラキアをこんな戦場のど真ん中に連れてきてしまった申し訳なさに苛まれていると。


「私、リタ様から言われていたの。貴方について行けば、どうしても危険に巻き込まれるって」


 ふいに。ラキアが独白するようにそんなことを言い出した。


「そして、その時、私は何の役にも立てない。きっと、貴方の足手纏いになる。リタ様もそうだったって。それでもいいのかって。何度も聞かれた。私、分かってなかった。リタ様の質問がどういう意味なのか」


 己の無力さに打ちのめされたように語るラキアの声は、次第に涙で濡れ始める。

 いつの間にか近くに来ていたレティがその肩を抱きながら、俺を避難するように見た。


「ほらほら、泣かないの。あのね。アンタが勝手にしている間に、ラキアだって頑張ってたんだからね。雑用引き受けたり、みんなに声を掛けて励ましたり」


「そうだったのか」


 素直に感心してしまった。

 そういえばそうだ。彼女は故郷の村が魔獣に襲われてから、あの出会った街まで生き残った村人を率いてきたのだ。

 今、ここにいるのはそうした故郷を追いやられてきた人々ばかりだ。俺なんかよりも余程、彼らに寄り添えただろう。

 ここで、俺が本物の大英雄とやらだったら大丈夫だとか偉そうなことが言えるんだが。

 残念ながら、俺はそんなものじゃない。

 だから。


「なぁ」


 両手に顔を埋めているラキアに、静かに呼びかける。


「ここまでの旅は楽しかったか?」


 尋ねると、彼女は驚いたように顔を上げた。

 そんな彼女に、上手く笑えていますようにと祈るように思いながら俺は言った。


「俺は楽しかったぞ。色々あったけど、君を連れてきてよかったと思う」


 これだけは嘘偽りのない本心だ。


「特に、会計係として優秀だったしな」


「……ルシオと比べると、誰だって優秀になりそうだけど」


 おどけたように付け加えると、ようやくラキアも少しだけ笑ってくれた。


「まあ、そう心配するな」


 彼女の頭にぽんと手を乗せながら、俺はそう言葉を絞りだす。

 大丈夫だとは言えない。それでも。


「危険かもしれないが、絶望的なわけじゃない」


 援軍が到着するまで、この砦を守りきる。それだけできれば、生き残れるはずだから。


「ルシオ・アルバイン将軍もいるしね」


 そういって、ラキアは笑った。

 困ったなと頭を掻く。

 これは、出来るだけ期待に応えなければ。真面目なのはガラじゃないんだけどなあ。


「私は着いて行くわよ」


 そう言って、ラキアの横からレティが一歩踏み出してきた。すでに弓を抱えている。


「ずっと見てるって約束したもの。今さらうだうだ言っても聞かないから」


「ああ」


 彼女まで巻き込んでしまった手前、正直いえば安全な場所に残っていて欲しいのだが。

 使えるものは何でも使うと、レイブンまで担ぎ出したのだ。今さらそんな甘いことを言う資格はない。それにレティは確実に戦力として使える。

 まったく。情けない英雄もいたもんだ。

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