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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第六章 影の呼び声

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馬蹄砦へ 3

「すでに聞いておられると思いますが。現在、我が国の各地で化け物どもが暴れまわっています。王は隷下全騎士団を総動員してこれに対処していますが、正直、状況は良くありません」


 砦の中にある指揮官執務室で、自らの机に着いたノーバスター卿は疲れたような息を吐いてから説明を始めた。

 レティとラキアは別室で待って貰っている。二人に戦の話など聞かせても仕方無い。


「アンヌ―レシアに救援を求めては?」


「すでに報せは届いているはずです」


 俺の質問に答えたのは、ここまで一緒に来たヴェルダン卿だ。


「或いは、すでに増援が送られているのかもしれません、しかし、ここに到着するのはいつになるか……」


 確かに。

 この馬蹄砦はローセオン領の南部、やや東寄りの位置にある。アンヌ―レシアの国境からここまでは王城を経由してこなければならないから、どんな早馬を飛ばしても十日はかかるだろう。軍を行軍させるとなれば、さらに日数はかかる。

 うちの一族なら三日で来れるんだけどな。

 とは思っても口にしない。どうせまたお前の一族がおかしいんだとか、蛮族扱いされるのがオチだからだ。


「さらに悪い話が。七日ほど前に大河を見張っていた騎士隊が、渡河してきたオークの群れに襲われてほぼ壊滅しました。報せが届いたのは三日前です。生き残った若い騎士が一人、命からがらここまで報せを持ってきました」


 机の上で手を組んで口を開いたノーバスター卿の顔は憂慮に染まっている。


「先ほど将軍が御覧になったように、合わせて避難民が急増しております。偵察の報告では今も続々と化け物どもが大河を渡って来ていると」


「数は?」


 確かめるつもりでそう訊いた。


「一万は下らないかと」


 ノーバスター卿が答える。


「一万……」


 ヴェルダン卿が途方に暮れた声で呟いた。


「連中、手当たり次第に村々を襲いながら北上しているそうです。恐らく、将軍とヴェルダン卿が戦ったのはその先鋒だったのでしょう」


 言って、ノーバスター卿は机の上に戦略図を広げた。

 俺とヴェルダン卿もそれを覗き込んで考える。

 一万のオーク。それが北上しているということは。


「奴らの狙いは」


 ノーバスター卿は俺の言葉の続きを待たずに頷いた。


「十中八九、ここでしょう」


 地図上に、とんと指を突き立てて彼は言った。

 指の下に記されているのは、もちろんこの砦だ。


「この砦が落ちれば、王城まで行く手を遮るものが何一つありませんから。東から回り込んでくるという可能性もありますが……」


「それはないな。ロスリンの森に近すぎる」


 あそこはエルフの領域だ。オークにしてみれば、近づきたくもない場所だろう。

 もしも仮に近づいたとしても、返り討ちに遭うだけだ。森の中でエルフと戦って勝てる者などいない。


「まあ、前回の戦でもそうでしたからね。なぜ将軍がそこまで断言できるのか分かりませんが……」


 ノーバスター卿はどこか納得しきれないという声でそう言った。

 エルフのことを未だにお伽噺の存在だと思っているのだろう。後でレティを紹介してやろうか。


「ともかく。たとえ相手がどんな化け物だろうと、我々はこの砦を死守せねばなりません。打てる手は何もかも打たねば。事前準備として現在、部隊を呼び戻すと同時に周辺の村々へ避難を呼びかけているところです」


 そう厳しい現実を口にするノーバスター卿だが、不思議とその態度に悲壮さはない。

 まあ、確かに。何も一万の敵を全滅させる必要はないのだ。増援が来るまで持ちこたえることができれば望みはある。幸いにもこの砦はある程度の自給自足が可能だし、防戦に徹すればそう易々と落ちることもないだろう。

 どこか他人事のようにそう考えていると。


「というわけで、どうしますか。総大将?」


「え?」


 総大将? 誰が?

 聞き返した俺に、ノーバスター卿とヴェルダン卿は生温い表情を向ける。


「いやいや、待て待て。なんで俺が総大将なんだ」


「状況はどう見ても戦です。なら、連合軍上級大将である貴方にはこの場にいるすべての将兵を指揮する権限がある」


「そのつもりでここへきてくれたのではないのですか?」


 事務的に説明したノーバスター卿に続いて、ヴェルダン卿が縋るような目で見てきた。

 いや、俺は砦まで一緒に行くって言っただけだし。そんな意味だと思ってねえし。


「あれは情報が欲しかったから……」


「でも、ともに戦ってくださるのでしょう?」


 詰め寄ってくるヴェルダン卿に、まあ、それはと口ごもる。

 流石にここまで話を聞いてはい、さようならというつもりはないが。


「だとしても、砦の防衛指揮なんて執れないぞ、俺」


 そもそも俺が得意なのは奇襲か強襲。要するに遊撃戦なのだ。砦に籠るより打って出るほうが性に合ってる。そこ、蛮族とか言わない。


「まあ、砦の防衛指揮は私が執りますよ。騎士隊の指揮はヴェルダン卿にお任せするとして。貴方はいつも通り、とりあえず総大将ということで、それっぽくしておいてください」


「おい、飾りじゃねぇかそれ」


「今さらでしょ?」


 事も無げにのたまうノーバスター卿にぐうの音も出ない。


「それに、そういうことにしておいた方が面倒がないんですよ。私とノーバスター卿は同階級ですから、どちらかが指揮を執るとなると部下たちが揉めるかもしれません。しかし、貴方が総大将になれば、私も彼も貴方の部下ということになりますから。部下も納得するでしょう」


 と、実に政治的なことを口にするヴェルダン卿。

 ああ、そういえば前回の戦でもそうだった。突貫で打ち立てられた三ヶ国連合軍の将兵を纏めるために、取り合えず総大将にされたのだ。

 どこか一国が総指揮を執ることになると、他の国の将兵たちから不満が出るからとか何とかで。


「まあ、貴方はいつも通り、戦いの時に先陣だけ切ってください。そうすれば、みんなついて行きます。もちろん、私も」


 ノーバスター卿がそうまとめる。隣ではヴェルダン卿がそうそうと頷いていた。

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