魔軍再来 5
積み上がったオークの死体に油がかけられ、火が点けられた。パチパチと燃える音とともに、腐敗臭に似た嫌な臭いが辺りに立ち込め始める。
ずっと嗅いでいると気分が悪くなりそうなので少し離れた位置に移動にしながら、俺はヴェルダン卿からこれまで騎士団が掴んでいる情報を説明してもらった。
「一週間ほど前からですか。どうにも西の谷のオークどもの動きが活発でして」
そう切り出した彼の話を簡単にまとめると、こうだ。
まず、先週から西の谷近辺におけるオーク被害が急増している。
これに対して、南部の防衛を任されているノーバスター伯爵は隷下騎士団の主力をオーク討伐に投入した。しかし、オークの数が予想以上に多く、谷へ封じ込めるだけで手一杯なのだという。
当然、中央にも増援を要請してはいるのだが。
オークの動きが活発なのは西の谷周辺だけでは無かった。時を同じくして、まるで申し合わせたかのように、各地に潜んでいた魔軍の残党がそこかしこで暴れ出したのだ。襲われた村や街の救援に王下親衛隊以下、王直属の騎士団は奔走しており、そんな中で王がどうにか南部への増援として送り出すことが出来たのがヴェルダン卿の騎士団だけだったのだという。
「……陽動だな」
ヴェルダン卿の情報に、ここでオークの群れに出くわしたという事実を付け加えた結果。俺はそんなことを呟いていた。
「やはり、そう思われますか」
ヴェルダン卿もまた、同じ結論に達していたらしい。苦渋に満ちた顔で俺の言葉に頷いている。
「たぶん、奴らは大河を渡ってきた連中だ」
燃えているオークの死体を見ながら、俺は言った。
そうとしか考えられない。
前回の時も突然、オークの大軍が大河を渡って侵攻してきた。
中央三ヶ国は北方の荒れ地からやってくる化け物に対する警戒は強いが、南方に対してはそれほどでもない。大河があるし、何よりその向こうにはこの大陸南西部の過半を治める大国がある。その国力は三ヵ国全てを合わせたよりも大きい。
あの戦いが大混乱から始まった理由は、まさか南方からオークが攻め込んでくるとは思ってもみなかったからだ。
ロスリンの里の主、エルディン卿は賢者の長である大魔法使いが行方不明になっているといっていた。彼は南方に気がかりがあるといって大河を渡り、そして姿を消したと。
やはり、大河の南で何かが起こっているのだろう。しかし。それを確かめるのは今じゃない。
「再び化け物どもが大河を渡ってきたとすれば。ここで殲滅したのは斥候か、若しくは先行して上陸した連中だろう。本隊は別にあると考えるべきだ」
戦闘終了後。結局、討ち取れたのは半数ほどだったという報告があった。それ以外のオークは取り逃がしたとも。
これが気に喰わない。
オークが戦場から逃げるのは本来なら、あり得ない話だからだ。化け物は己が死ぬか、その場にいる人間を皆殺しにするまで戦いを止めることはない。それが本能だからだ。
どんなに絶望的な状況でも、殺戮の機会を前に命を惜しむような連中ではない。
それが一匹、二匹ならともかく、半数近くが逃げ出した。
だとすれば。
先日、ノバプタを襲った西の谷のオークども。今、ここで戦った連中。そしてローセオンの各地で暴れまわっているという化け物ども。
その全てが組織的に行動しているとすれば。操っているヤツは、オークどもの本能すら押さえつけて従わせることのできる怪物だという事になる。
そしてなんとも嫌なことに、俺にはそんな怪物に心当たりがあったりする。
なんて面倒な。やはり二年前に滅ぼしておくべきだった。
いやまあ、それが出来なかったからこうなっているわけだが。
「将軍」
ヴェルダン卿が小さな声で俺を呼んだ。
何が言いたいのかは分かっている。
まったく。俺は自由気ままに旅がしたいだけだというのに。
「砦まで来ていただけますか」
切実な彼の声に、俺は目を瞑ると大きく息を吐いた。
どうやら、気ままな旅ももう終わりらしい。
ラキアとレティにどう説明しようかと肩を落としながら、俺はヴェルダン卿の言葉に頷いていた。




