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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第六章 影の呼び声

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影の呼び声 3

 ラキアがようやく目を覚ましたのは、それから何刻も後のことだった。


「う……ん……?」


「お、起きたか」


「ルシオ……?」


 恐る恐る目を開けた彼女は、そこにあった俺の顔を見て驚いた声を出した。


「やっと起きたのね、このお寝坊さん」


 それまでずっと歌い続けていたからか。少し疲れた声で、それでもほっとしたようにレティがラキアを小突く。


「レティも、いったい、どうしたの?」


 寝ている自分を覗き込んでいた俺たちを見て、ラキアはきょとんとした顔で尋ねた。


「凄いうなされてたのよ、貴女。まったく、どうしたのはこっちのセリフよ」


 その質問に、腰に両手を当てて溜息を吐くレティ。うなされていたという彼女の言葉に、ラキアの表情が曇った。上体を起こすと、まるで見えない誰かに怯えているかのように我が身を抱きしめながら言う。


「夢を、見てたの」


「夢?」


 首を傾げながら、レティは俺の荷物を勝手に漁って鉄鍋を取り出す。そこに水筒から水を注ぐと鍋を焚き火の上に置いた。温かい飲み物でも作ってやるのだろう。ありったけの薪と燃料を投入したおかげで、焚き火はまだどうにか燃え続けている。


「どんな夢なの?」


 火の調子を見ながら訊いたレティに、ラキアが答える。


「……大きな、真っ黒い影に呼ばれる夢」


 それは俺が予想した通りの返答だったが、レティの顔が一気に緊張したのが分かった。


「返事はしなかったな?」


 尋ねると、ラキアは怯えながらもこくりと頷いた。

 それにレティと一緒に胸を撫でおろす。


 巨大な黒い影に呼ばれる夢。

 それはこの大陸に伝わる、そして実在するお伽噺だ。

 内容としては、途方もなく巨大で恐ろしい真っ黒な影が自分を呼ぶ夢を見る、というそれだけだが。影は恐ろしい声で脅したり、甘い言葉を囁いたり、夢を見ている本人が見たくない、思い出したくもない嫌な記憶を呼び覚ましたりと、ありとあらゆる手を使って返事をさせようとする。

 だが、決して返事をしてはならない。声を出せば、影に見つかってしまう。そして見つかってしまった者は未来永劫、永遠の影の中に囚われる、という話だ。

 主に思春期の頃に見ることが多く、だからこの大陸では小さな子供たちに夢の中に大きな影が出てきたら決して返事をしてはならないと教えられる。


「アレは何だったの?」


 夢の中で見たものを思い出したのか。ラキアが震える声でそう訊いた。


「“それ”の話はしちゃ駄目よ」


 答えたのはレティだった。


「それに、返事をしなかったのなら何も心配する必要はないわ」


 そう断言する彼女に、ラキアが説明を求めるような目を俺に向ける。が、レティの言う通り。“それ”の話はしてはならないのだ。

 だから、よく耐えたなと俺はラキアの頭を撫でた。


「レティの言う通り。返事をしなければ、怖い事なんて何もないさ」


 そう笑い飛ばす。

 実際、今はもう何の力もない。恐れる必要もない。出来ることといえば精々、夢の中で子どを脅すくらしかない、虚空に追放された惨めな悪霊。それが、“それ”の正体だ。


「でも、すごく怖かった」


「誰だってそうさ」


 まだ安心できない様子のラキアの隣に腰を下ろしながら、そう答える。


「ルシオも見たことがあるの?」


「ん? ああ、まあね」


「やっぱり怖かった?」


「そうだな……」


 昔の記憶を掘り起こす。が、いまいち思い出せない。確かに見たことはあるのだが。


「俺が最初に見たのは五才くらいの頃でね。あんまりよく覚えてない」


 正直に、そう答えた。嘘は言っていない。

 ラキアはとりあえずその答えに納得してくれたようだ。そっか、と。膝の上に顎を乗せながら呟いた。

 恐らく、まだ恐怖と混乱から立ち直っていないのだろう。だから、俺の返答におかしな点があることに気がつかない。

 そうこうしている間に、レティが火に掛けていた鍋の中で水が沸騰し始めた。

 何を作るつもりかと思って見ていると、彼女は腰に括りつけている物入れの中から琥珀色の液体が入った小瓶を取り出して、その中身を数滴、お湯の中へ落とした。

 途端、鍋から華やかな香りが立ち昇り始める。


「はい、ラキア。これ飲んで。落ち着くわよ」


 レティが鍋から湯をカップに注いで差し出す。ラキアは礼を言って受け取ると、湯気の立ち昇るカップにそっと口を付けた。


「甘い。美味しい」


 ほぅ、と小さく息を吐きながら、ほっとしたようにラキアが微笑む。


「こういう時は甘いものが一番だからね」


 それにふふんと胸を張るレティ。

 たぶん、さっきの小瓶に入っていたのはロスリン産の蜂蜜だ。

 良いなぁ。あれ美味しいんだよなぁ。

 パンにつけても、お茶に溶いても、そのままでも。どうやっても美味しく食べられたのだから、ただの白湯に溶いただけでもそんじょそこらの果実水よりもよほど美味しいものになっているはずだ。と、味を想像しながらごくりと唾を飲んだ俺に。


「アンタの分もあるわよ」


 レティが苦笑しながら、蜂蜜湯の入ったカップを渡してくれた。

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