影の呼び声 1
ドワーフの街、ノバプタを後にした俺たちはローセオン領を北へ向かっていた。
当初は大河に沿って西へ進むつもりだったのだが、その道だと化け物どもの巣窟になっているという西の谷に近すぎる。なので、いったん北へ大きく迂回して、ローセオンの中央部を掠める形で西へ抜けることにしたのだ。
安全面も考慮して、道中はできるだけ街道を使う。そうすれば、大きな街に寄ることも多くなるだろう。騎士団に何かあったのだとすれば、そこで話を聞けるかもしれない。
そんなわけで、進路を北へ取ってから三日目。
その日は、朝から雲行きが怪しかった。
「雨季にはまだ早いと思うんだけどなぁ」
どんよりとした灰色の空を見上げながら、そう零す。
この大陸では夏の終わりから秋の初めにかけて、雨の日が多くなる。農村では雨に濡れる前に小麦を収穫しなければならないため、この時期は大忙しなのだとラキアから教えられた。
「今日は早めに休む場所を決めた方が良いかもね」
そのラキアも、俺と同じように空を見上げている。彼女の言うことはもっともだ。
雨が降り出してから慌てて野営の支度を始めたのでは遅すぎる。
「ということで、レティ」
「はいはーい」
空から視線を下ろして、レティを呼ぶ。
話を聞いていたのだろう。何を、と頼むよりも先に、彼女はすぐ近くにあった丘を軽やかな足取りで登ってゆく。頂上に着くとすぐに戻ってきて、丘を二つ越えた先にちょうど良さそうな木立があると教えてくれた。
レティの言っていた場所までは半刻もかからずに着いた。
街道のすぐ脇に、背の高い針葉樹が十本ほど群れて生えている。どうやら、街道を利用する旅人や商人などが定期的に利用しているらしく、木立の中には焚火をした跡があった。
さっそく雨除けの布を取り出して、適当な間隔で生えている木々の幹に括りつけて即席の天幕を張った。ひとまず、これでいつ雨が降り出しても大丈夫だ。
「何か、嫌な予感がするわ」
俺が天幕を張っている間、少し離れた場所で風を読むように立っていたレティが呟くのが聞こえて、隣に立つ。
「どんな?」
「誰かに見られているような、見張られているような。とにかく、嫌な感じ。それに、この天気」
見えない何かを警戒するように周囲へ目を走らせてから、レティは暗い空を見つめた。
釣られて俺も上を見る。俺にはただの曇り空にしか見えないが、エルフの目にはまた違って映るのだろうか。
それはそれとして、嫌な予感というのは俺も同感だ。
まだ昼前だというのに、辺りは夕暮れのように薄暗い。緑溢れる晩夏の草原は、まるで色を失くしたように陰鬱としていた。
「雷雨になるかな」
どこか遠くで雷が鳴っているのが聞こえたので、急いで木立の中で薪になりそうな枯れ木を探した。残念ながら木が少ないので数はそう集まらなかったから、今日は温かい物を食べられそうにない。山や森と比べて平原では食料はもちろん、燃料になるものまで少ないから困る。
思わず溜息を零したのと同時に、ぽつぽつと小雨が降り出して、ますます憂鬱な気分になった。




