ドワーフの街 6
「知っていましたか」
予想通りの言葉が出てきたので、白々しくそう訊き返した。
精霊鋼の製法は既に失われたと聞いている。今では、その存在を知っているだけでも珍しい。という事は、このゴウェルというドワーフはよほど伝承に精通しているということか。
しかし、見ただけで精霊鋼だと分かるものだろうか。軽さと強度以外、見た目は普通の鋼とそう変わらないのだが。
そう思っていると、彼は驚くべきことを口にした。
「別に、精霊鋼の製法は失われちゃいねえ」
「そうなんですか?」
きょとんとして訊き返すと、彼はむっつりと頷きながら自分のこめかみをトントンと指で叩いた。製法はここにある、という意味だろうか。
「まあ、製法を知っていたところで今さらなんの意味もねぇ。もう作れねえからな」
「それは何故?」
「素材がねえ。もうこの世にはな」
「その素材とは?」
重ねて尋ねる俺を、ゴウェルは鋭い目で睨んだ。
「それは教えられねえ。いくらお前さんでもな」
そう言われて、引き下がる。もうこの世にはない素材とはいったい何なのだろうか。気にはなるが、知ったところで存在しないのなら仕方がない。
しかし、何故そんなことを彼が知っているのか。精霊鋼の製法はドワーフの鍛冶と、エルフの細工師のひと握りのみが知る秘伝中の秘伝であるはずなのに。
「なんで俺が知っているのかって顔だな」
疑問符が顔に出ていたらしい。ゴウェルがにやりと口の橋を歪める。
「こいつを打ったのは、俺のご先祖様だ」
こいつと彼が指さしたのは、当然、俺の腰に吊っている剣。
「それはつまり……」
精霊鋼の秘伝を知るドワーフの鍛冶は、最後の同盟に加わったドワーフたちの首領だった。彼はその後、鉄冠山脈の遥か地下に築かれたドワーフの地下王国の王になったと伝わっている。という事は、この人は。
「よさんか。こんな老いぼれに膝なんぞ突くんじゃねえ」
その場で片膝を突いた俺からぷいと顔を逸らしながら、ゴウェルは吐き捨てた。
しかし、そうもいかない。直系ではないかもしれないが、山の下の王の係累には違い無い。
そして彼らの王国はすでに滅んでいる。北から押し寄せた悪鬼の群れによって、ゴディシュの門が突破され、北方王国が滅びたのと同時期に。長らく北の果てから化け物の侵攻を阻んできた門が、ドワーフによって造られたものであると連中は知っていたのだろう。
だが、理由はなんであれ、彼らの王国が滅んだのは俺たちのせいだ。さぞ恨まれていることだろう。剣を渡すわけにはいかないが、悪態をつかれるか、罵倒されるくらいは仕方ない。
そう思っていたのだが。
「お前さんが何を考えてんのか知らねえが、山を守れなかったのは俺たちの失態だ」
不機嫌そうに言ってから、ゴウェルは続けた。
「それに、勘違いしているようだが、山の下の王国はまだ滅んじゃいねえ。俺たちドワーフが一人でも生き残っている限り、いつの日か、再びあの山々に火は灯る」
それは予言だろうか。けれど、本当にそうなれば良い。
確信とともに言い切った彼を見て、そう思った。
「であれば、我が一族もその日のために精一杯尽くしましょう」
今や悪霊の巣窟となったあの黒鉄の山々から化け物どもを一掃することが出来れば。再び、地下の玉座に王が座る日が来るのならば。出来ることはなんだって協力してやりたい。
そんなことを思いながら下ろした頭に、いらねえよという言葉が降ってきた。
自分たちの山は自分たちで取り戻すと言いたいのだろう。相変わらず頑固なドワーフのその言葉に、思わず苦笑が漏れてしまう。
「それよりも、今はその剣だ。もっと良く見せてくれねえか」
今大事なのはそれだけだというように差し出された手に、俺は躊躇いもなく精霊鋼の剣を乗せた。奪われるかもしれないという心配はもうない。話しているうちに分かったことだが、今の彼は好奇心に炙られている。
ここにいるのは先祖の作った宝剣を取り戻そうとするドワーフではなく、その技術を確かめてみたいという好奇心に溢れる一人の鍛冶職人だ。
話している間も、その視線が剣から外れることは無かったのがその証拠だろう。
「状態は良い。良く手入れもされてる。そもそも精霊鋼は錆びも朽ちもしねえからな。だが、やはり。刃がわずかに欠けているところと、歪んでいるところがある」
「精霊鋼の刃が欠けることなんてあるんですか」
白銀の刀身を火にかざしながら、矯めつ眇めつ見つめている彼の口から漏れた言葉に、驚きつつ訊き返した。
「こいつが打たれてから何千年経っていると思ってる。精霊鋼だってこの世の物質だ。歪みもするし、欠けもする。鍛冶にしか分からねえくらいわずかなもんだがな」
彼は当たり前のように答えると、ずいと俺のほうへ顔を近づけた。
「こいつを一晩、預けちゃくれねえか。研ぎ直してやる」
「あー、それは……」
どうしたものか。見せるだけならまだしも、預けるとなると。そこまで信用してよいものか。見ている内に心変わりして、やっぱり俺のもんだと言い出されたら困る。
返答に窮していると、おもむろにゴウェルが立ち上がって壁際に掛かっている剣を一振り手に取った。それを俺の前にすとんと置く。一目見ただけで相当な業物だと分かった。
くすみ一つない刀身。流れる水を象ったようなその刃には美しさすら感じられる。素材はただの鋼だろうが、切れ味は精霊鋼の刃にも劣らないのではないだろうか。
「そいつは、俺がこれまで打った中でも一等だと思っとるもんだ。売るつもりはねえんだが、腰の軽さが気になるなら代わりに吊っておけ」
質としてはどうかなと思いながら、剣の柄に手を伸ばした。何度か振り回して、振り心地を確かめる。悪くはない。それどころか、精霊鋼の剣を除けばこれまで手にしたことのある剣の中でも最高のひと振りだ。
形も近かったのか。その剣は白木の鞘にもすっぽりと収まった。
疑っても仕方がない。それにたぶん、この人は自分の鍛冶の腕に誇りを持っている。
ならば、信じてみよう。
「お願いします」
流石に折られでもしたら困るが、これほどの剣を打つ人だ。そんなへまはしないだろうし、そもそも精霊鋼の刃を折れるものだろうか。
「明日の朝、またここに来な。一風呂浴びてからでもいい。それまでには完璧に仕上げといてやる」
ゴウェルにそう言われて、今さらながらにこの街へ来た理由を思い出した。
すっかり忘れていた。そうだ、温泉だ。何のために触りたくもないオークの死体から腕を切り取ったのか。すべては温泉のため。ラキアに預けてある革の小袋の中には今、銀色に輝く硬貨が三枚入っている。
拳を握りしめて立ち上がる俺を怪訝そうに見ていたゴウェルから、炉に火を入れるからさっさと出て行けと言われた。




