ドワーフの街 4
街を囲む塀の外には、真っ黒に塗りつぶした画板のような平原が広がっていた。
折り悪く、今夜は新月だ。星々の瞬きだけでは、真っ暗な夜の平原を照らしきることはできない。色づいているのは、篝火が焚かれている燭台の明かりが届く範囲だけだった。
そこへ、頭上からレティの声が降ってくる。
「敵は街の西側からゆっくり近づいてくるわよー! 数は……ざっと三十ってところかしらー! 弓を持っているのもいるから、気を付けんのよー!」
「あの小娘、なんでそんなことが分かるんじゃ?」
レティの報告に、ドワーフたちが首を捻っている。山の火にも耐えられるほど熱や炎に強く、頑強な肉体を持つ彼らだが視力は人間と変わらない。対して、エルフの目は空に星が一つでも瞬いていれば、夜でも千里先をも見通すという。
だが、レティがエルフだと知らない彼らからすれば、何故見えるのか不思議なのだろう。
「あの小娘は耳長じゃ」
彼らの疑問に答えたのは、ゴウェルだった。
気付いていたのかと、ちょっと驚く。寡黙だが、目端は利くらしい。
「耳長? 耳長がなんでこんな場所におるんじゃ」
「いや、ちょいと待て。そういえば温泉屋のノルズが、昼間、耳長を見たとか言っておったぞ」
ありゃ本当の話だったんじゃのう、と呟くのと同時。闇の中から、ひゅんという風切り音が聞こえた。ここまできたらバレるバレないを気にしている場合ではない。間髪入れずに精霊鋼の剣を抜き放つ。が、俺よりもレティの方が早かった。暗闇にばちんという何かがぶつかり合う音が響く。レティの放った矢が、飛んできた矢を叩き落とした音だ。
「何をボケっとしてんのよ! 気をつけろって言ったでしょうが! 伏せるなりなんなりしたらどうなの!」
ぽかんとしているドワーフたちを、見張り台の上からレティが怒鳴りつける。
「あの小娘の言う通りじゃ! とっとと盾を構えんかい!!」
何じゃあの耳長娘と不機嫌そうな声をあげるドワーフたちを、ゴウェルが叱りつけた。大きな木板を抱えていたドワーフたちが他の者たちより前に出ると、それを盾のように構える。飛んできた矢が何本か、そこに突き刺さった。
「ゴウェル殿」
俺は飛んでくる矢を剣で叩き落しながら、彼を呼んだ。一応、この場で一番立場が上である彼に了解を取っておこうと思ったからだ。
「好きにしろ。それと、殿はいらん」
ゴウェルは俺が振り回している剣を一瞥すると、むっつりとした声で頷いた。
「では、先に弓持ちを片付けます。それまで、ここを動かないでください」
そう言って、軽く会釈をしてから、見張り台の上にいるレティを呼ぶ。
「そこから弓持ちを狙えるかー?」
「狙えるけど……」
次々と矢を放ちながら、レティの返答は歯切れが悪い。こうも射かけられては、叩き落すのに精いっぱいで撃ち返せないと言いたいのだろう。
「俺にいい考えがあるー!」
「なによー?」
離れているため、どうしても大声を出さねばならないが、傍から見たらちょっと間抜けな絵かもしれないなと思いつつ、俺は言った。
「俺が的になるから、そこから弓持ちを狙ってくれー!」
「……どこが良い考えなのよ、それ!」
そう怒鳴られたが、他に手っ取り早く連中を倒す方法が思いつかないのだから仕方がない。胸元から金剛石の指輪を取り出して左手の人差し指に嵌める。一気に視界が良くなった。
ゴブリンどもがコソコソと這い回っている草むらの向こうから、こちらへやってくるオークの群れが見えた。レティの言った通り、全部で三十はいる。その内、弓を持っているのは五、六匹と言ったところか。
飛んでくる矢を叩き落としながら、俺はオークの群れめがけて一気に駆けこんだ。
途中、草むらに隠れているゴブリンを二、三匹蹴り殺しておく。まさか堂々と、正面切って突っ込んでくるとは思っても居なかっただろう。ゴブリンどもは蜘蛛の子を散らしたように、主人の下へと逃げ帰ってゆく。
その反対に、オークどもは単身で乗り込んでくる俺を見てゲラゲラと笑っている。馬鹿な奴だと思っているのだろう。狙い通り、ドワーフたちに向けて矢を射かけていた連中が俺に的を絞った。
しかし、つがえられていた矢が飛んでくることはない。
顔のすぐ横を矢が立て続けに四本通り過ぎていった。弓を持つオークたちがバタバタと倒れる。俺を迎え撃とうと鉄剣を振り上げていたオークどもが、突然の事態に戸惑ったように吠えた。
もちろん、その隙を見逃してやるわけがない。剣を振りかぶっている腕を切断して、頭を叩き斬っておく。
そうしている間にも、レティが次々と弓持ちを片付けていく。とんでもない早撃ちだ。それに速度だけじゃない。放たれた矢は全て、眉間を正確に射抜いている。
レティの鮮やかな手並みに感心していると、いつの間にかオークに取り囲まれていた。
が、もう遅い。最後の弓持ちが倒れたところで、背後から蛮声が響いた。
もう矢を心配する必要はないとレティが教えたのだろう。武器を手にしたドワーフたちが、がむしゃらにこちらへ突っ込んでくる。
ドワーフは、この世で唯一、オークに対して腕力で勝る種族だ。
戦斧や戦鎚を振り回す暴力の津波が化け物どもを襲った。ずんぐりしているようで、ドワーフたちは意外に俊敏だ。振り下ろされる鉄剣を躱し、或いは叩き落して、鎧ごと奴らの肉体を打ち砕いてゆく。
だが、化け物も戦意を失わない。戦意というよりも、殺意か。
化け物は、実に化け物らしく。己が死ぬ瞬間まで、生き物を殺すことだけを考える。
仲間が次々と屠られてゆく中、一匹のオークが俺に向かって吠えた。
あまりドワーフたちに見られないようにと、すでに剣は鞘に納めているから、無手で突っ立っているように見えたのだろう。醜い顔面が残忍に歪み、鉄剣を振り上げて突進してくる。
正直、もうレティが倒したぶんで必要な討伐報酬額は達成しているのだが。まあ、襲ってくるのなら仕方がない。
すれ違いざまに鞘から抜き放った剣を一閃させて、すぐに納めた。オークの頭がごろりと地面に落ち、それを追うように肉体がどしゃりと崩れ落ちる。
街を襲ったオークどもを全滅させるまで、それほど時間はかからなかった。
レティのおかげで弓持ちを素早く片付けることができたからだ。今夜の勲一等は誰かと聞かれれば、間違いなく彼女だろう。
別れ際、エルディン卿は足手まといにはならないと言っていたが。まさにその通りだった。
困ったのは、彼女が旅に同行するのを拒否する理由がなくなってしまったことだった。




