ドワーフの街 2
「ねぇー、もう良いじゃないのよー。こんな街さっさと出ましょうよー」
金が足らないため、いったん温泉屋を後にして街中をうろついていると、レティがそんなことを言い出した。
「却下」
よほど鉄の匂いが嫌いなのか。顔を顰めながら鼻を摘まんでいる彼女にそう返す。
どうでもいいが、姫君がやるような仕草ではないと思う。
それは別として、温泉を諦めるなどあり得ない。そこでしかできない体験をするために旅をしているのだ。たかが金欠程度の理由で、その好機を不意にするなど言語道断である。
「じゃあ、どうするってのよ」
「だから、今それを考えてるんだよ」
ああもう、うるさいなと後頭部をガシガシ搔きむしりながら、通りを眺める。
このノバプタという街は火山を中心に、それをぐるりと取り囲むように作られているのだが、山側と外側では立ち並ぶ建物の様相が大きく異なっていた。
山を背にして建つ石造りの建物は、ドワーフの細工屋や鍛冶屋だ。彼らは山から引いてきた山の火を冶金や鍛冶に利用しているのだという。
山の火とは何だろうかと気になって、目についた工房を覗き込んでみたところ、蒸気と煙が充満する作業場の奥に、赤熱した水のような炎がどろどろと流れているのが見えた。中から噴き出す熱風のせいで、それ以上近づいて観察することはできなかったが、どうやら、あれが山の火というものらしい。
対して、外側に軒を連ねているのは木造の家屋が多い。もちろん、石造りや煉瓦造りの建物もあるが、こちらは主に人間の住民が住んでいる民家や、商店などだ。
住民の多くは農民だが、その他に各地から集まってきた人間の鍛冶職も多いらしく、ここはローセオンでも最大の鍛冶の街であるそうだ。
前回の戦では一時的に魔軍によって占領されたこともあったそうだが、奪還のために人間の騎士団が力を貸し、その上で王がドワーフたちに山の自治を認めたことから、現在この街のドワーフと人間たちの関係はかなり良好な様子だった。
そうした経緯から近頃ではドワーフの作った鉄製品を求めて交易に訪れる商人も増えており、騎士団とも取引があるという。そのためか、ローセオンの直轄地ではないが、交易所も整備されていた。
交易所があるなら、どこかで化け物を狩ってきて換金できればいいのだが。あいにく、近くの砦に大規模な騎士団が駐留しているらしく、化け物が出てもすぐに対処してしまうそうだ。いや、それは別に良いことなんだが。
しかし、そうなるとどうやって銀貨三枚も稼いだものか。
ロスリンの森で摘んできた薬草を薬屋に売るという手もあるが、それほど金になるとは思えないし。
うーん、と頭を悩ませていると、ふいにラキアからマントの裾をくいくいと引っ張られた。
「ねえ、温泉はともかく、とりあえずどこかで休まない?」
欠伸交じりにそう言った彼女は、今にも舟を漕ぎだしそうな顔をしている。
そういえば、あの村で温泉の話を聞いてから居ても立っても居られず、ろくに休憩もとらずに夜通し歩き続けてここまで来たことを思い出す。俺には慣れたことだし、レティも平気な顔をしていたから気付かなかったが、普通に考えたらなかなかの強行軍だ。それに付き合わされたラキアは辛かっただろう。
申し訳ない事をしたと反省しつつ、ラキアのために宿を探した。それなりに立派な店構えをしている宿を見つけて入る。経営していたのは人間だったので、宿代を吹っかけられるという事は無かった。
部屋に入るなりベッドに飛び込んだラキアとは違い、レティはまだまだ余裕があるようだった。疲れていないのかと訊いたところ、三日くらいなら休まなくても平気だという答えが返ってくる。
仮にも姫君だからと侮っていたかもしれない。いや、そもそもエルフの肉体は人間のそれと比べてはるかに強靭だと聞く。人間ならば死ぬほどの傷を負っても、彼らは耐えるのだ。癒えた後には傷跡すら残らないというのだから、もう生き物としての完成度が違う。
その夜だった。
「人喰い鬼が来るぞーー!!」
誰かがそう何度も叫びながら、通りを駆けまわっている。寝静まっていた街が、にわかに騒がしくなる中、俺は手早く装備を身に着けると隣の部屋へ急いだ。
レティも加わったことから、一応男女で部屋を分けている。まあ、本当は俺の部屋なんていらないのだが、そう口にするとラキアが気にするから黙っていた。
「どうしたの?」
扉を何度か叩くと、中から寝ぼけ眼を擦りながらラキアが顔を出した。よほど疲れていたのか。外の騒ぎにはまだ気づいていないらしい。
その背後ではレティが矢筒を背負っている。森で出会ったエルフの奥方から贈られた白い長弓を手にしているところを見ると、もう事態を把握しているのだろう。
「街の外で何かあったらしい。見てくるから、二人ともここを動くなよ」
そう言って、俺は持ってきた荷物をラキアに押し付けるように渡した。
寝起きに怖がらせるのもなんだと思ったので、人喰い鬼、つまりオークのことは伏せておく。それでも、外から響いてくるガチャガチャという不穏な金属音にラキアも何が起きたかを察したようだ。表情を強張らせている。
「ちょっと待ちなさいよ」
二人を置いて宿の外へ向かおうとした俺を呼びとめたのはレティだった。
「なに一人で行こうとしているのよ。私も行くからね」
「危険だぞ」
短く答えると、彼女はちょっと怒った顔になった。
「だから何よ。アンタは行くんでしょ? だったら、私は着いて行かなくちゃいけないの。言ったでしょ、ずっと見てるって」
そう言って、翡翠色の瞳で睨みつけてくる。
できればラキアと一緒にいて、彼女を守っていて欲しいのだが。しかし、ここで押し問答をしている時間はない。早くいかねば。
結局、押し切られる形でレティもついてくることになった。
仕方なく、ラキアには絶対に部屋から出るなと言いつけた俺は、フードを目深に被るとレティを連れて宿を出た。




