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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第五章 三人旅

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ドワーフの街 1

 温泉がある。村人からそう教えられた小さな山を目指し、俺はラキアとレティをせっつきながら急いだ。

 近づくにつれ、山から煙が昇っているのが見え始めた。

 ローセオン南部の大河沿いに広がる肥沃な平原の中に、ぽつんと隆起したその山は、どうやら火山であるようだ。灰色の山肌には草木一本生えていない。火口があると思われる山頂のみならず、山の至るところから煙が噴き出している。

 その麓には、山を取り囲むように小さな街があった。

 入り口へ近づくと、中からはカキン、カキンと鉄を打つ音が聞こえてくる。まるで街全体が一つの鍜治場にでもなっているかのような騒々しさだ。


「なんだか金臭いところ。本当にこんな場所にオンセンってのがあるわけ?」


 レティが形の良い鼻をすんすんと鳴らしながら、嫌そうに顔を顰める。

 だが、聞いた話では、温泉とは地下に溜まっている水が山の火によって温められたものだという。大陸のどこかには、大きな火山の近くにお湯が流れる川があるとか。是非一度、お目にかかってみたいものである。

 そうとなれば、俄然真実味が出てきた。


「とりあえず、入ってみよう」


 そう言って、俺はラキアとレティを引っ張るように歩き出す。あの村からほとんど夜通しでここまで来たからか。軽やかな足取りの俺とは違い、二人はどことなくげっそりとした歩調で後をついてきた。



「ほー、こりゃ珍しいのー」


 ぼうぼうに伸びた眉毛と髭のせいで、顔の半分以上が隠れてしまっている小さなおっさんが目を丸くしながら俺たちを見上げている。


「のっぽと耳長が一緒にいやがるたぁな。いやいや、こんな場所で耳長を見るなんてなぁ、二百年ぶりくらいかのう」


 そう、しげしげとレティを見つめるおっさんの背丈は子供ほどしかない。だが、油や煤で汚れたシャツに包まれた肉体はがっしりとしていて逞しい。

 これは人間のおっさんではない。

 山に住む妖精人の一族である、ドワーフだ。

 もしかしたら、彼はまだおっさんと呼ばれるような歳でもないのかもしれないが、他種族から見るとドワーフは全員おっさんにしか見えないのだ。


 ここは元々山に住んでいたドワーフと、彼らと交易をするために集まった人間によって築かれた街であるらしい。街は山の名をとってノバプタと呼ばれていた。ノバプタとは、ドワーフたちの言葉で“火の炉”という意味になるそうだ。

 ローセオンの領内にあるが、王の領地ではなく独立したドワーフたちの自治区という扱いになっているという。

 それは良いのだが、街に入る際には随分な額の入市税を吹っかけられてしまった。

 俺が彼らの言い値通りの額を支払ったことに、この旅の会計係であるラキアは随分とご立腹の様子だったが、ドワーフ相手に値引き交渉など意味が無いので仕方がない。

 彼らにとっての交渉とは、自らの言い分を力づくで飲ませることを意味する。要求された額を支払うか、大人しく街に入るのを諦めるか。それとも殺し合うかの三択ならば、一番穏便な選択肢を選ぶべきだ。

 実際、門番についていたドワーフは身の丈ほどの戦斧を脇に置いていた。いくら彼らが子供ほどの背丈しかないとはいえ、本当にあんなものを振り回せるのだろうか。少なくとも人間には無理だ。


「なによずんぐり。出会い頭に随分なご挨拶じゃない」


「温泉を見に来たんだ」


 耳長と呼ばれたことが気に障ったのか。喧嘩腰に言い返すレティとドワーフの間に、俺は慌てて割り込んだ。エルフとドワーフは種族的に仲が悪いとはよく聞く話だが、何も出会い頭に言い合いを始めなくても良いだろう。というか、ずんぐりはお姫様が使うような言葉じゃない。

 何より、下手に彼の機嫌を損ねれば温泉が見れないかもしれないじゃないか。

 非難するようにレティを軽く睨みつける。彼女はムッとした顔をしていたが、とりあえず黙ってくれた。


「温泉なら、こん中じゃ」


 ドワーフのおっさんは背後にある建物を親指で示しながら言った。山の斜面を囲うように建てられたそれは、建物と呼ぶよりも塀のようだ。連なる木板の向こう側から蒸気が立ち昇っている。何故か入り口は二つあり、おっさんはその間に座っていた。


「入りたいなら、一人銀貨一枚じゃ」


「え、金かかるのか」


 金を寄こせと片手を差し出したドワーフに、思わず聞き返す。それにドワーフは当然だとばかりに頷いた。


「山から出たもんは、たとえ湯だろうとわしらのもんじゃ。人のもんを使うのに金を払うのは当然じゃろうが」


「うっわ。ドワーフががめついって話は本当だったのね」


 断言する彼に、レティが呆れたように呟く。それにすかさず、ドワーフが反論した。


「なに言っとるんじゃ! そもそも金だ銀だはわしらドワーフがお前らに貸しとるもんじゃろが! それを返してもらって、なぁにが悪いんじゃ!」


「はん。強欲もここまで来ると病気だわ」


「おーう、ノルズ、番頭ご苦労さん」


 またしても言い合いを始めた二人の脇を、ドワーフの一団がぞろぞろと通り過ぎて塀の中へ入ってゆく。どうやら、この温泉屋のドワーフの名はノルズというらしい。そのノルズは「おう」と、彼らに片手を上げて応えていた。


「アイツらお金払ってないじゃない!」


 素通りしていったドワーフたちを見て、レティが声を上げた。


「ドワーフなんじゃから当たり前じゃろうが!」


 それにノルズが怒鳴り返す。気付けば、なんだなんだと周りに人が集まり始めていた。

 これ以上目立つのは嫌なので、俺は二人の間に入ってまあまあと言い合いを止めた。

 そうしながら、そういえばドワーフはこういう連中だったと今さらながらに思い出す。

 しかし、困ったな。

 一人銀貨一枚とは、なかなかの値段だ。と思う。相場が全く分からないので何とも言えないが。

 それにしても、お湯が湧いているとはいえ、物珍しいだけのただの泉。それを見るのに、どうして金がかかるのだろう。


「一目見れればいいんだけどなぁ」


 溜息を吐きながらそう零すと、ドワーフが何言ってんだコイツという顔で俺を見た。


「いや、見るって。温泉に入りに来たんじゃないのかお前」


「入る?」


 そういえば、さっきから使うだとか言っていたが。温泉を使うってなんだ。どう使うっていうんだ。

 そう思っている俺に、ドワーフが先ほどの表情のまま言う。


「いや、だから。湯に浸かりに来たんじゃないのか」


「……浸かるって、つまり。湯浴みができるってことか?」


「そうじゃなけりゃ何しに来たんじゃ」


 物を知らん奴じゃなと呆れたように言われて、ようやく話がかみ合っていない理由に気付いた。まじか。温泉に入るって、そういう意味だったのか。ただの面白観光地だとばかり思っていた。

 そんな俺を、レティがじとりとした半眼で睨みつけている。


「ねえ、ルシオ? アンタ、散々私たちに偉そうなこと言ってたけど、もしかしてアンタも温泉が何か知らなかったってわけ?」


「ラキア、残りの手持ちって幾らだ?」


「おいこら、無視か」


「ええと、一人銀貨一枚ってことは、銅貨だと……四十八枚だから……」


「銀か金以外の支払いは受け付けんぞ」


 革袋の中身を数えているラキアに、ドワーフがふんと鼻を鳴らした。


「全然足りないわ」


 ラキアが途方に暮れた顔で俺を見上げた。



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