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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第五章 三人旅

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エルフの星船 5

「……ねえ、ルシオ。あの方、奥方様って呼ばれてたわよね」


 三人並んで星船の消えた空を見上げ続けていると、おもむろにレティが口を開いた。


「エノレイシアの奥方様ってことはつまり……」


「言うな」


 彼女が続きを口にする前に、さっと遮った。

 あの女性は名乗らなかった。ならば、俺たちが彼女の名を口に出すべきではない。


「一つの歴史が終わったって感じだわ」


 大陸の全てを記録し、記憶する歴史の書記たるロスリンのエルフらしい言い方で、レティは今夜のことをそう纏めた。

 恐らく、それは間違いではない。神話の時代が終わろうとしている。

 今夜のことはきっと、そうした大きな流れの一つなのだろう。


 ひとしきり神妙な気分に浸った後で、俺たちは野営の準備を始めた。

 奥方に勧められた通り、今夜はこの広場で休むことにした。


「すっごいわ、コレ。こんなに大きな弓なのに重さをほとんど感じないし、それに驚くほど軽く引ける」


 夕食を済ませると、レティはさっそく貰ったばかりの長弓の調子を確かめていた。自身の身長ほどもある長弓を軽々と操る様を見るに、小柄な彼女には使いこなせないのでは、という懸念はどうやら杞憂だったらようだ。


「私はこれをどうすればいいのかしら」


 そんな彼女を見ながら、ラキアは自分が貰った星飾りの髪留めを見つめている。


「身に着けておけばいいじゃない」


 当たり前でしょとばかりにレティが答えるが、ラキアはそこまで単純に考えられないようだ。


「だって、こんなに高そうな宝石、身に着けたことが無いもの。なんだか畏れ多いし、似合わなかったら……」


「大丈夫よ、絶対に似合うから。貸して、やったげるわ」


 ごちゃごちゃ言っているラキアの手から、レティが髪留めを取り上げた。そのまま腰の物入れから櫛を取り出して、ラキアの髪を結い始める。


「わ、ちょ、ちょっとレティ!」


「平気、平気……と、はい。出来た!」


 そう言ってラキアから離れたレティは、自らの作品をしげしげと眺めてから一言。


「ほら、似合ってる」


 でしょ、とこちらへ首を捻りながら訊かれた。ラキアを見ると、後頭部のやや上あたりでくるりと巻かれた髪の中心に、星飾りがきらりと光っている。


「いいんじゃないか。その髪型も新鮮で」


 適当に答えると、ラキアはあう、と小さな呻き声を漏らした。


 なおもわいわいやっている二人を見ながら、俺も奥方から贈られた短剣を手に取った。

 鞘から抜き放つと、煌々とした輝きが辺りを明るく照らしだす。

 これは松明代わりに使えるな。なんてことを考えながら、焚火の近くに積んでおいた枯れ枝を一つ手に取って、短剣で斬りつけてみる。

 試し斬りのつもりだったのだが、しかし。


「あれ?」


 確かに両断したと思ったのだが、枝は何事もなかったかのようにそのままだった。切れていないどころか、傷一つ付いていない。

 そこで、今度は近くにあった小石に光の刃を突き立ててみた。手ごたえ一つ感じさせずに、刀身が石を貫く。引き抜いてみると、やはり石には穴など空いていない。

 これはもしかして。

 そう思って、今度は短剣を自分の右手の平に突き刺してみた。刀身が手の甲まで貫通しているというのに、痛みは無い。どころか、何かが突き刺さっている感触すらない。

 俺の思いつきは正しかったようだ。

 どうやらこの刃はあらゆる物体をすり抜けてしまうらしい。

 つまり、これがこの世の何物も切り裂くことはできないという意味か。

 しかし、これじゃ何に使えというのか。まあ、燃料の要らない松明だと思えば便利だけど。 

 この世の何物も切り裂くことはできない。けれど、だからこそ、何物をも切り裂くことができる、か。


「なぞかけだな」


 夜空を仰いで、奥方からの言葉を思い出しながら呟く。

 参ったな。頭を使うのは苦手なんだ。

 だが、エルフの鍛えた魔法の剣という事に違いはない。必要になればその力を発揮してくれるのだろう。幸い、ほとんど重さも感じないし。腰の後ろにでも吊っておくことにしよう。


 翌日は清々しく目を覚ました。

 いくら気兼ねなく休みなさいとは言われても、一晩中焚火を放っておくことなどできない。如何にエルフの結界で守られているとはいえ、邪悪なものはともかく森の獣まで寄り付かないとは限らないし。そう思っていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 幸い、夜の間に獣が寄ってきた形跡はない。よく眠れたおかげですっかり疲れもとれて、なんだか身体が軽い。それに夢も見ずに眠ったのは久しぶりだった。


 全員揃って少し寝過ごしたため、遅めの朝食を簡単に済ませてから、俺たちは出発した。

 周囲を軽く見て回ってきたレティが言うには、あと一日も歩けば森を抜けられるという話だ。

 昨日、奥方から貰った長弓を背負う彼女のあとを追いながら、森を出た後のことを考えた。

 どこへ向かうか、何も決めていないのだ。

 とりあえず大河に沿って西へ向かうか。ローセオンからアンヌーレシアの南側を掠めるようにして、ムトユルグに入ってもいい。あそこは中央三ヶ国の中で唯一、南との交易を行っている国だと聞く。上手くいけば、大河を渡れるかもしれない。

 しかし、そうなるとラキアをどうするか。旅の初めでは、大河を渡ることまでは考えていなかった。これ以上、彼女を連れてゆくべきか。

 そう迷っている内に、答えも出ないまま森を抜けてしまった。


 ローセオン南部は前回の大戦で魔軍の進軍路だった。散々に荒らされたため、あまり人も住んでいないだろうと思っていたのだが、森を抜けてから三日目。早々に小さな村を見つけることが出来た。

 まあ、それは良いんだけど。


「ねぇねぇ、あれは何? あっ、これは!?」


 その小さな村の中を、楽しそうに駆け巡るエルフの少女が一人。

 言うまでもなく、レティである。よほど森の外の世界に出られたことが嬉しいのか。顔をきらきらとさせながら、目についたものを指さしてはそれが何なのか尋ねてくる。

 ちなみに最初に指さしたのは馬鍬まぐわ。牛や馬に引かせて畑を耕す道具だ。次に指さしたのは何やらデカい櫛みたいなもので、名前や使い道は俺にも分からん。


「あれは小麦を脱穀するための道具ね」


 そう思っていると、隣でラキアがそう教えてやっていた。


「へえー、あ、それじゃあ、それじゃあ……あれは!?」


「収穫した麦を干しておくところ」


「じゃあ、じゃあ、あれは!?」


「牛ね」


 ラキアが律義に答えてやっているが、もう自分でもテンション上がり過ぎて何訊いてんだか分かってないだろ、この子。というか、恥ずかしいからやめなさい。

 そんなレティに、村人たちも興味深そうな目を向けている。そりゃまあ、エルフが人里に現れるなんて滅多にない事だからなぁ。などと思っていると、一人の村人から声をかけられた。


「兄さんがた、旅の人かね」


「ん、ああ。まあ、そんなもんだな」


 声をかけてきたのは好奇心の強そうな顔をした、中年の男だった。


「勝手に村の中に入って済まない。迷惑だったら、すぐに出て行くよ」


 この村が見えた途端にレティが暴走して止める暇もなかったのだ。

 一応、(人生経験的に)一番大人な俺が断りもなく村に踏み込んだことを詫びると、男は別に気にしていないというように手を振って応じた。


「いんや、別に構わねえよ。それにしても、とんでもねぇべっぴんさん連れてるなぁ」


 べっぴんさん?


「この子のことか?」


 首を傾げながらも、俺はラキアのことかと男に訊き返す。


「ちょっ」


「いや、あっちの金髪のお嬢さんのことだけど……まあ、確かにこっちの子も中々……」


 抗議するような声を上げたラキアに、男はその存在に今気づいたと目を向けた。

 おいおい。そりゃあんまりだろ。

 いや、それよりも。


「レティがべっぴんさん……?」


 そんなのエルフなんだから当たり前だろ、と言いかけたところで、ああ、そうかと気づいた。そもそも普通の人たちはエルフなんて見たこともないだろうし、昔話以外で聞いたこともないはずだ。

 という事は、彼らはレティのことをとんでもなく顔の整った美少女だと思っているのだろう。そういえば、村人の中でも特に若い男たちは呆けたような熱視線を彼女に送っている。


「どこの貴族のお嬢さんか知んねえけど、こんなとこまで来るたあ物好きだねぇ」


「んー……まあ、そのようなものです」


 はははと誤魔化すように笑いながら、適当に答えた。

 まさか、エルフの姫君です、なんて言えない。


「てことは、こっちの子が侍女で、アンタが護衛かい?」


「ま、まあ、そのようなものです……」


 男の質問に、はぐらかすように応じる。

 あー。そういう勘違いかー。

 でも、これは使えるな。お忍びで旅をしているどこかの貴族令嬢と、その侍女と護衛。

 うん。田舎じゃ、ちょうどいい目くらましになるだろう。

 そう思って、彼には勘違いしてもらったままに、少し話を聞きだす。

 この辺りは確かに前回大戦で大きく荒らされたが、今では徐々に人が戻り始めているそうだ。近くにある砦に大規模な騎士団が常駐していて、魔軍の残党が出てもすぐに対応してくれるのだという。そのおかげか、まだまだ復興途上ではあるが、村には活気があった。

 さしあたりのない会話をしながら、男から色々と話を聞きだしていると、ようやく落ち着いたらしいレティが戻ってきた。


「何々? 何の話してるの?」


「いえ、ちょっとした世間話ですよ、お嬢様」


 お前ちょっと黙ってろよという念を送りながら答える。


「お嬢様?」


「なんでもないわ、お嬢様」


「ラキアまで、どうしたのよ?」


「やはりここにゃあ、温泉目当てで来られたのですかいな、お嬢様」


 村人の男が恭しそうに首を垂れながら言った。

 いや待て、今聞きづてならない単語が聞こえたぞ。


「おっ」


 温泉!?


「オンセン、って、何?」


 意味が分からない様子でレティがラキアに訊く。


「さあ?」


 が、訊かれたラキアも首を傾げている。


「そんなことも知らんのか、この田舎娘ども!」


 思わず演技も忘れてそう叫んでしまった。


「む。悪かったわね」


「言っとくけど。話を聞いている限りじゃ、アンタの故郷が一番田舎よ?」


「うるせえ。誰が文明の無い土地で生まれ育った未開人だこの野郎」


「いやそこまでは言ってないけど」


「ありゃま、ご存じなかったんですかい。温泉ちゅうのは、温かい水が沸いてる泉のことですじゃ。ほれ、あっこに小さな山が見えるじゃろ。あの麓に……」


「ラキア、レティ。行くぞ」


 男の説明が終わる前に、俺は二人の手を取って歩き出した。


「え、え? 行くって? もう出発するの?」


「ちょっと、私まだ見てないものが」


「良いから行くぞ」


「おーい、ちょっと待ってくれんか、今からじゃ着く前に日が暮れちまうだよー。村長さん家に案内するから、どうかしがねえ農村に施しを……」


 有無も言わさずに二人を引っ張ってゆく俺を、男がそういって呼びとめる。

 要するに、貴族からの施しという名の現金収入を期待していたわけだ。

 農村の暮らしは厳しい。復興途中ともなればなおさらだろう。だから、彼らがそういったものを求める気持ちは痛いほど理解できる。

 だが、今の俺には征かねばならない場所がある。


「ほら、村の人もああいってるし、一泊くらいしていっても」


「あ、もう駄目よ、レティ。ルシオの目がマジだわ」


 なおも抵抗しようとするレティに、ラキアが諦めたように告げた。

 当たり前だ。事は一刻を争う。

 お湯が冷めたらどうするんだ。


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