エルフの星船 4
「お、贈り物ですか? しかし……」
突然、贈り物を貰っても、こちらから返せるものが何もない。そう思って口を開きかけた俺を微笑みで黙らせてから、彼女は俺たちを一人ずつ見つめた。まるで、彼女にしか見えない何かがあるように。やがて俺たちから視線を外した彼女は、エルフの騎士に何事かを耳打ちした。エルフの騎士は何も言わずに頷くと、一礼して船の方へと歩いて行った。
しばらくして、彼が戻ってきた時。奥方はまず俺の名を呼んだ。
「ルシオ。貴方の運命は恐ろしく不鮮明であり、数多の危険と困難、そして闇に満ちているように思えます。恐らく、貴方が戦わなければならない敵はあまりにも強大なのでしょう。そして、貴方はその運命から逃れることはできない。ですから、これを」
差し出されたのは、黒塗りの鞘に収められた小振りな短剣だった。
奥方がその刀身を少しだけ鞘から引き抜くと、陽の落ち始めた森の中が、ぱっと明るくなった。鞘から現れたのは、白く輝く刀身だ。まるで光そのものが刃を形作っているようにみえる。どうやら、神代のエルフが鍛え上げたものらしい。
「この刃は、この世の何物も切り裂くことはできません。けれど、だからこそ。ただの剣が切り裂くことのできないものを、切り裂くことができるでしょう」
光の刀身を鞘に収めながら、奥方が言った。
「答えはあなた自身が見つけるのです」
どういう意味だろうかと首を捻っている俺に、彼女が短剣を差し出す。お返しが出来なくても、この状況では貰わないわけにはいかないのだろう。俺は両手を伸ばして、恭しくそれを受け取った。
「さて、次にエルフの幼子よ」
「は、はい」
次に奥方はレティへと声をかけた。やや緊張した様子で、レティがそれに答える。
「貴女が彼とともに運命を共にする限り、その先には数多の戦いが待っていることでしょう。貴女はその運命からいつでも降りることができますが、きっとそうはしないのでしょうね。危険はありますが、お父上の祝福が貴女を護っている。ですから、私は戦う力を授けましょう」
そんな言葉とともに彼女に贈られたのは、白木を削り出して作られた長弓だった。弓幹にはほとんど反りが無く、滑らかな表面には幾つか古代エルフ文字が刻まれている。弦に使われているのは何だろうか。金色の糸のように見えるが。どうやら、これも神代に作られたもののようだ。
「弦に使われているのは私の髪です」
奥方が右耳にかかる長い髪を手で梳きながら、気恥ずかしそうに笑った、それを聞いて、ラキアは絶句しているようだ。
後で聞いた話だが、エルフの女性が他人に自らの髪を贈るというのは最大の愛情表現であるらしい。騎士が捧げる剣のようなものだという。
「そこに彫られているのは、必中と退魔の真言です。心乱さずに弓を引けば、放たれた矢が外れることはないでしょう。けれど、その力に驕り、研鑽を怠ることがあってはなりませんよ。どれほど優れた武具であろうとも、それを活かす、活かさぬは結局、使い手の心構え一つなのですから」
レティは神妙な面持ちで奥方の言葉を聞きながら、弓を受け取った。長弓は小柄な彼女の身長ほどもあるが、使いこなせるのだろうか。
それにしても、今の言葉は俺も忘れちゃいけないだろうな。腰に吊っている精霊銀の剣へ目を落としながら、そんなことを思った。
「さて。最後は貴女ですね」
一転して表情を朗らかなものに変えて、奥方がラキアに向き合った。すべてを見通すような蒼い視線が、優しく彼女を見つめている。
「人間の少女よ。正直に言って、貴女が彼の物語においてどのような役目を果たすのか。私でも見ることができません」
「あの、私は別に……勝手にこの人に着いてきただけで……そんな、役割なんて」
恐縮した様子でもごもごと答えるラキアに、奥方はゆっくりと首を振った。
「いいえ。彼と出会った時点で、貴女はもう彼を取り巻く運命の中に巻き込まれているのです。であれば、そこで果たすべき何かしらの使命が貴女にはあるのでしょう。いずれ、貴女はそれを知る時が来る。けれど、今の私にはそれが何なのか分からない。困ったものです。何を差し上げたらよいものか」
奥方は困ったように右手を頬にあてると、ラキアを見つめながらしばらく考え込んでいた。カチコチに緊張しているらしいラキアが、助けを求めるようにこちらを見る。が、俺にどうしろというのか。
「そう、そうですね」
そうこうしていると、奥方が何か思いついたように小さく呟き、おもむろに自分の頭へ手を伸ばし、髪に挿していた髪飾りを引き抜いた。白水晶の嵌め込まれた星形の飾りがついた簪だ。
「ここには」
彼女は嵌め込まれている白水晶を月光にかざしながら言った。
「遠い昔、この世界を始めに照らしたものと同じ星の光が封じられています。我らの大切な星の輝きを、貴女に差し上げましょう。何時か、貴女が暗闇で迷う時。或いは貴女の近くの誰かが暗闇で迷った時。この光が、行く先を示す道しるべとなるように」
優しく、祈るように言いながら、奥方はその髪飾りをラキアの掌の上に置いた。
「あ、あ、あの、そんな大切なもの、私なんかが……」
ラキアが口をパクパクさせながら、そんなことを言う。奥方は綻ぶような笑みをこぼすと、そんな彼女の口にそっと手を当てた。
「もう差し上げたのです」
奥方は柔らかく、そう囁いた。どうしてよいのか分からくなったらしいラキアが、茫然とした顔を俺のほうへ向ける。だから、俺にどうしろというのだ。それに一度贈られたものを突き返すのは無礼だ。諦めろと、肩を竦めてみせる。
それで観念したようだ。
ラキアは彼女に出来る精一杯の恭しさを示しながら、奥方に礼を言った。
月明かりが優しく照らし出す森の中。星船の甲板に立った奥方がふわりとした微笑みを浮かべながら俺たちを見下ろしている。
「三人とも、短い邂逅ではありましたが、かけがえのない思い出をどうもありがとう。そうそう、今晩はここでお休みなさいな。我らの守りを残して行きます。今夜一晩は、気兼ねなく休むことができるでしょう」
彼女の言葉に、俺たちは無言で頭を下げた。
「さあ、お別れの時間ですね。さようなら、新たな友人たち。あなた方の行く末に幸あらんことを」
「こちらこそ。旅のご無事を祈念しております」
三人を代表して、俺はそう答えた。両隣ではラキアとレティも同じようなことを口にしている。
見上げる先で、純白の帆が下ろされた。待っていたかのように一陣の西風が木々の間を抜けて吹き寄せ、帆を膨らませる。船員によって星船を縛り付けていたロープが解かれると、白木で組まれた船体が徐々に浮き上がり始めた。
星船が月の丸く輝く夜空へと吸い込まれるように上昇してゆく。
それは酷く儚く、幻想的な光景だった。
船体が夜空に溶けて見えなくなってからも、俺たちはいつまでも空を見つめていた。




