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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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ロスリンの森 10

 その夜は館に泊まることになった。

 てっきり、今夜もまた昨日の広場に泊まるのかと思っていたのだが、エルディン卿は俺たちのために一人一部屋ずつ用意してくれていた。どうやら昨日まではまだ正式な客人では無く、この館以外に人間が過ごしやすい建物もなかったため、やむを得ず野営という形になってしまっただけのようだ。まあ、あれはあれで快適だったので、俺は構わなかったのだが。ふかふかのベッドを気持ち良いと感じるのは、エルフでも人間でも変わらないらしい。


 部屋に荷物を置いた一休みしていると、晩餐の準備が出来たと館の使用人が呼びにやってきた。館の中を帯剣したまま歩き回るのは流石に失礼だろうと思ったので、剣は置いておくことにして、待ってましたとばかりに部屋を出る。

 外では既にラキアとレティが待っていた。二人がローブ姿なのに対して、俺だけ服装はそのままだが、呼びに使用人が何も言わないのだから問題ないのだろう。

 食堂には三つの席が用意されていた。俺とラキアと、レティの席だ。エルディン卿やアイク殿が同席しないのは、俺たちがくつろげるようにという気遣いなのだろうか。


「本当なら給仕が付くんだけど、面倒だからいらないって言ってあるわ。別にいいでしょ?」


 先に席に着いたレティからそう訊かれて、もちろんと頷きながらその対面に腰を下ろす。ラキアはレティに手招きされて、彼女の隣に座った。

 煙の出ない蝋燭が灯されている食卓の上には、採れたての野菜や果物が盛りつけられた皿の他に、白と茶色の二種類のパンが用意されていた。


「んじゃ、ま。本当なら堅苦しい祈りの挨拶から入るんだけど、その辺は省略するとして。日々、我らに恵みをお与えくださる恩寵に感謝して、かんぱーい」


 食卓から木製の杯を持ち上げたレティが、本当に姫君かと疑いたくなるほど軽い音頭を取る。まあ、気楽な方が俺の性には合っているからいいんだけど。杯に注がれていたのは、ユーリカという花を醸して作った酒だ。甘い花の香りがする飲み物で、酒精はほとんど感じなかった。

 乾杯が終わってから、俺はまず白い丸パンに手を伸ばした。どうやって焼いているのか。手に取っただけで指が沈み込んでしまうほどふわふわだ。少しちぎって口に入れてみる。食感はもちもちとしていて、驚くほど甘かった。

 次に、茶色いパンを食べてみる。こちらは輪切りにされており、表面がカリっと香ばしく焼き上げられていて、麦に似ているが麦ではない不思議な香りがした。白いパンに比べて、甘さはあまり感じない。たぶん、これは他の料理と合わせて食べるものなんだろう。


「わ、美味し……」


 卓の向こう側でも、ラキアが驚いたように声を漏らしている。


「こうすると、もっと美味しいわよ」


 すかさず横から口を挟んだレティが食卓の上に置かれているクリームのようなものを銀のへらで掬い取ると茶色いパンに塗りつけ、その上に野菜を乗せて、ラキアへ手渡した。

 なるほど。そうやって食べるのか。そう思って食卓の上を眺めてみると、クリーム以外にもバターや蜂蜜など、パンにつけるための調味料が用意されていた。

 俺は特に、茶色いパンにバターを塗って野菜を乗せる食べ方が気に入った。パンの素朴な味とバターの塩気に、新鮮な野菜。これで不味くなるはずがない。ラキアは白パンに蜂蜜をつけた食べ方がお気に入りのようだった。


 向かい側で和気あいあいと食事をしている二人とは対照的に、俺は黙々と食べた。エルフ料理を食べるためだけに、ここへ来たと言っても過言ではないのだ。話している時間すら惜しい。

 と、そこへ。次の料理が運ばれてきた。どうやら、出来立てをその都度、提供するのがエルフ流らしい。

 目の前に置かれた皿の上には、肉厚の葉を折って閉じたものが乗せられている。何かが包まれているのだろう。ナイフとフォークを使って葉を開くと、中には肉の塊が入っていた。

 レティに聞いたところ、ユクルという鹿に似た動物の肉をいくつかの香草とともにシェルパと呼ばれる植物の葉で包んで蒸し焼きにしたものだという。

 エルフは森に住んでいることが多いため、しばしば菜食主義だと思われがちだが、決してそうではない。彼らはこのユクルという動物を家畜として育てている他にも森の獣や、湖に棲む魚や海老を食べることもある。どうやら、食習慣は人間とそう変わらないようだ。

 違いがあるとすれば、エルフの料理は素材の味をそのまま活かしたものが多いことだろうか。彼らは人間のように肉や野菜を塩や香辛料で味付けしないのだ。

 このユクル肉の蒸し焼きにも塩や香辛料は一切使っていないのだという。

 しかし、だからといって薄味なわけではなかった。シェルパの葉に包まれて蒸された肉からはきめ細やかな脂が溶け出し、それが香草の香りと混ざり合って極上のソースになっている。肉は舌の上に乗せただけで溶けてしまうほど柔らかいだけでなく、しっかりとした旨味がある。そのくせ決して脂っぽくはなく、飲み込んだ後には香草の爽やかな香りだけが残った。

 ともかく、何もかもが美味い。

 ただ一つ。あえて不満を上げるとしたら、酒だろうか。まあ、これは俺の好みの問題になるのだが。

 食卓に用意されている蜂蜜酒や果実酒はどれも香りが良く、呑みやすい。が、酒精が弱いのだ。これほどしっかりとした味の肉なら、蒸留酒の方が合うんじゃないかと思う。

 そんなことを口に出してみたところ、レティは興味津々といった様子だった。


「へえ、人間のお酒? どんな味がするの?」


「荷物の中にまだ残ってた気がするな。良ければ持ってくるけど」


 そう断ってから、部屋に荷物の中から蒸留酒の入った瓶を取りに行った。例の黒い剣士から助けたお礼にと送られたもので、大切に飲んでいたから、まだ少し残っている。

 食堂に戻り、ほんの少しだけカップに注いでレティへ差し出した。彼女は小さな鼻ですんすんと匂いを嗅いでから、少し顔を顰めつつ口を付けた。途端。


「がっら゛っっ!? いや、いたいっ!? なにこれっ!? こんなものを美味しいと思って飲んでるの人間って!?」


「うーん……私も強いお酒は苦手だけど」


 涙目になってげほごほと咳き込むレティの背中をさすりながら、ラキアが答える。

 どうやら、彼女もエルフの酒の方が好みのようだ。

 確かに最初はきつく感じるけど、慣れてくると旨いんだけどなぁ。

 そんなことを考えながら、切り取ったユクルの肉を口に放り込む。肉はすぐさま口の中で溶けて消えた。その余韻が残っているうちに、蒸留酒を一口。

 得も言われぬ味わいとは、こういうことをいうんだろうか。さっぱりとした脂と、蒸留酒のきりっとした辛さがなんとも堪らない。

 やはり、ユクル肉には蒸留酒がぴったりだった。


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