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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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ロスリンの森 7

 翌朝。迎えにきたアイク殿に連れられて、俺たちは黄金の大樹の根本までやってきた。

 こうして目の前に立つと、その大きさを改めて思い知らされる。聳え立つ幹はもはや、壁にしか見えない。いったい、どれほどの高さがあるのか。先端は雲に隠れてしまっていて、それを窺い知ることはできない。


 幹の根本には、大きな館が建っていた。

 滑らかな光沢のある白い石で造られた三階建ての建物で、入り口には大きな両開きの扉があり、左右には衛兵が立っていた。二階部分からは水晶窓の嵌め込まれた出窓がいくつか突き出している一方、最上階に当たる三階部分の壁には窓のようなものは見当たらない。

 屋根の部分には、黄金の葉が茂っていた。どうやら、大樹から伸びる枝の一つを利用しているらしい。黄金の葉を透けて差し込む陽光によって、建物全体が金色に輝いて見える。


 なるほど、これがロスリンの黄金の館かと、一人感慨に耽っている間にも、アイク殿も他の二人もさっさと先に行ってしまう。

 本当ならもっとゆっくりと眺めていたいのだが、呼び出された相手が相手だ。急いで彼らの後を追い、衛兵たちから敬礼を受けつつ、両開きの扉を潜る。

 その先は広間になっていた。入って左右の壁には別の部屋に通じる扉が並んでおり、正面には上階へと続く階段が伸びている。

 二階へ上ったところで、俺はラキアとレティとは別れることになった。会談は二人きりで行いたいと、エルディン卿が望まれているらしい。

 別室で待っているという二人に別れを告げて、俺はアイク殿とともに最上階へ登った。

 外から見えなかったが、三階部分は庭になっていた。屋上庭園とでもいうのだろうか。壁に囲まれた内側には土が敷かれ、色とりどりの葉や樹木が植えられている。その上を、金色の木の葉たちが優しく覆っていた。

 まさか建物の中にこんなものがあるとは思ってもいなかったので、しばらく呆気に取られテイルと、アイク殿が窺うような顔でこちらに振り向いた。

 ハッとして、慌ててその後を追う。

 庭園は思った以上の広さがあった。そこでは小川が流れ、池があり、滝もあった。

 まるでどこかの森の一部をそっくりそのまま、ここへ持ってきたかのようだ。

 俺がそう零したところ、アイク殿は含ませたような笑みを湛えながら、当たらずとも遠からずというところですなと答えた。

 その言葉の意味を考えながらしばらく進むと、やがて大きな壁にぶつかった。いや、正確にはそれは壁ではなく、あの大樹の幹だ。どうやら、この館は大樹の幹に寄り添うようにして建てられているらしい。


「主はこの先でお待ちです」


 そう言ってアイク殿が立ち止まったのは、大樹の幹に空いた大きな洞の前だった。


「どうぞ、お進みください。ルシオ・アルバイン。私はここで待たせていただきます」


 洞窟のようにぽっかりと口を開けているそれを手で示しながら、彼は恭しく頭を下げる。

 洞の中を覗き込むと、奥の方が明るい。どうやらこの穴は大樹の幹を貫いているようだ。

 俺は大きく深呼吸をしてから、大樹の幹の中へと踏み込んだ。壁や天井のところどころで翡翠色の光が柔らかく明滅して、穴の中をぼんやりと照らし出している。なんとも神秘的な光景の中を、俺は若干の緊張とともに進んだ。

 この先で待っている人と会話をすると考えただけで、正直、緊張で吐きそうだった。

 そもそもなんでエルディン卿は俺を呼んだのだろうか。いや、呼ばれてもないのに来たのは俺なんだけど。

 ああ、しかし。まずどうやって挨拶をしたらいいのだろうか。何か手土産を持ってくるべきだったのでは。そもそも今の格好は彼に会うのに失礼ではないのか。

 などと頭の中をぐるぐると巡るそれらの考えをどれ一つ纏める暇もなく、俺は穴を抜けてしまう。そして俺は、息を呑んだ。


 そこは金色の庭だった。

 先ほど通ってきた庭のように草木や木々も植えられていない。ただただ、金色の木の葉が絨毯のように敷き詰められている。どうやら、ここは大樹の枝の上のようだ。

 庭の中央には小さな白いテーブルと、一対の背もたれのついた椅子が置かれていた。

 そして、そこに俺を待つ人物はいた。

 淡い金色に輝く長髪を風にそよがせながら、こちらに背を向けて椅子に座っている。彼の見つめる先には中央大連峰の最高峰、ベレス山の雄大な岩壁が聳え立っていた。

 しばし、同じ景色を見つめた後、意を決して俺は彼に近づいた。

 金色の葉が隙間なく茂っているとはいえ、踏み込んだらそのまま下に抜けて落ちてしまうんじゃないかと少し心配だったが、葉はかなりの密度で重なり合っているらしく、ふかふかとした感触が足の裏をしっかりと支えてくれた。


「ようやく会えたな、ルシオ・アルバイン」


 背後から近づいた俺に、その人物は振り返ることなく口を開いた。


「お会いできて光栄です、エルディン・エノストメス卿」


 その背中に、俺は深々と頭を下げる。先に人間の言葉で話しかけられたということは、わざわざ苦手なエルフ語で挨拶しなくても良いという事なんだろう。


「先代から族長の地位を継いだそうだな」


 エルディン卿が椅子から立ち上がり、こちらへ振り向いた。


「はい、祖父は満足そうにこの世を去ったと聞いています」


 顔を下げたまま、俺は応じた。

 本来なら跪拝せねばならない相手なのだが、そうしようとしたところ、エルディン卿からやんわりと止められてしまったのだ。


「そなたのような跡継ぎを残して逝けたのだ。それも当然であろう」


「それは、どうでしょうか」


 そこまで自信は持てないな。言葉を濁して答えながら、顔を上げるように促されて俺は背を伸ばした。

 エルディン卿はレティと同じ翡翠色の瞳で俺を見つめていた。

 こうして向き合うと、彼の方が俺よりも頭一つ分以上、背が高い。

 顔からはやはり、年齢を窺い知ることはできなかった。どこまでも賢く、叡智に溢れているようで。同時にどこまでも若々しい瑞々しさに満ちているようにも見える。

 筋骨逞しいわけではないが、かといって華奢というわけでもない体格を、ゆったりとした暗緑色のローブで包んでいた。


「なるほど。よく似ている。これほどの時を置いていながら、彼の血がここまでに濃く発現するとは」


 しばし、俺の顔を見つめていたエルディン卿がぽつりと呟いた。

 何かを懐かしんでいるような声と表情だ。彼とは誰のことかと訊こうとしたが、エルディン卿はそれを遮るように手を挙げて、俺に椅子を勧めた。

 向かい合って座った俺たちの間には小さなテーブルが置かれている。その上には羽ペンとインク壺、そして獣皮紙の巻物が一つ乗っていた。


「さて。わざわざこのようなところまで呼び出して済まなかった、ルシオ・アルバイン。だが、そなたは他者の耳があるところでは決して本心を明かさないだろうと思ったのでな」


「……なぜ、そうお思いに?」


 まるで何もかもを知っているとでも言わんばかりの彼に、俺は思わず聞き返した。

 いやまあ、相手は星々の瞬きからこの世界で起きているすべてのことを読み解くことができるという、正真正銘の上のエルフなのだ。別に、驚くようなことではなのだろう。


「会えはせずとも、そなたがどこにいて、何をしているのかくらいは知ることができる。そして、行動を見ていれば、そなたがどのような考えを持つ人間なのかは自ずと分かってくるものだ。君は勇敢で、誠実で、しかし本当の胸の内を他者にはあまりひけらかさない性格のようだ」


 エルディン卿は当たり前のようにそう答えた。

 これは褒められているんだろうか。


「そなたは我らロスリンの一枝の使命を知っているか」


 どう応じたらいいものかと迷っていると、エルディン卿からそう尋ねられた。


「ええと、はい。記憶の記し手、でしたか」


「そうだ。我らがかの方々から任された、尊く重大な使命だ」


 答えた俺に、彼は深く頷いた。

 かの方々とは、俺たち人間が神々と呼ぶ存在のことだろう。ともに同じ時代を生きたことがあるからか、エルフは神々のことを神とは呼ばず、親しみと敬意を込めて、かの方々、あるいは聖上の方々と呼ぶ。

 そしてエルディン卿たちロスリンの一枝、人間でいうところ一族は、彼らからこの地上で起こる全ての出来事を記憶し、記録する任務を与えられているのだという。


「ここには」


 エルディン卿は大樹を見上げると、その根元からちょうど俺たちが座っているこの場所よりも少し高い位置までを指でなぞるように示しながら言った。


「創世からこれまで、この大陸で起こったほとんどのことが記録されている。そしてこれは」


 視線をこちらに戻したエルディン卿が、テーブルの上に置かれている巻物を取り上げる。


「そなたについての記述を纏めたものだ。無論、写しだがね」


 そんなもんまであんのかと、内心で驚いた。

 いやまあ、家系が家系だから仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけど。そんな記録に残されるほどの大人物かね、俺は。


「そこで、君には幾つかの質問と、確かめておきたい事柄がある。どうか正直に答えて欲しい」


「は、はい」


 改めてこちらへ向き直ったエルディン卿に、俺も背筋を正した。これほどの人物から頼み込まれては、断ることなどできない。

 しかし、いったい何を聞かれるのだろうか。少し不安に思っている俺の前で、エルディン卿は巻物を広げると、羽ペンを取り上げた。


「まず、三年前。ロディンシア大陸歴第三紀、3062年六月十二日。そなたは故郷の里を旅立った。深夜のことだ。これに間違いはないかね」


「大筋はその通りです。正確な日付までは憶えていませんが」


 答えた俺に、エルディン卿は巻物に落としていた目をちらりと向けた。


「その夜。空を見上げなかったか。月が出ていただろう」


「ああ、そういえば」


 そう訊かれて、思い出した。確かに、それくらいの月齢だった。

 あの夜のことは良く憶えている。何せ、長年焦がれ続けた旅へ遂に出ることが出来た記念すべき夜だったのだから。いつもならどんよりとした雲に覆われているはずの北の空が、珍しく晴れていて、満天の星々が瞬いていたっけ。

 記憶の引き出しから取り出した思い出に浸っていると、エルディン卿が次の質問をした。


「ところで君は里を出るにあたって、祖父である先代族長の下から一族の秘宝をいくつか持ち出したそうだが」


「え、と……」


 あれ。なにこれ、もしかして取り調べ?



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