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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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ロスリンの森 5

 エルフたちは血の繋がった一族のことを、木の枝に喩えて枝族と呼ぶそうだ。

 そして現在、この大陸に住むエルフは大きく二つの枝族に分けることができる。

 以前はもっと多くの枝族があったらしいのだが、長き時の間にそのほとんどは地上を去り、残っているうちで一定の勢力を維持しているのはこの二つのみだという。

 一つは、大河を渡った先、大陸南部に広がる南方大森林の奥深くに築かれたというエルフの森林王国に住まうエアーグウィルの枝族。

 そしてもう一つがここ、ロスリンの森に住むエノストメスの枝族だ。

 アイク殿が主と呼んだエルディン・エノストメス卿はいうなれば、この森を治める当主。人間の国でいう国王に当たる立場のお方である。

 ほとんど創世と同時にこの世に産まれ、神代から現在に至るまでの悠久の時を生きてきた、正真正銘の上のエルフ。この大陸で起きた大事件の数々をその目で見てきたという、歴史の生き証人だ。彼は数多の伝承や物語に登場する、偉大な英雄であり、賢者であり、そして王でもある。

 そんな大人物が、いったい俺に何のようなのだろうか。


「しかし、今日のところはお疲れでしょう。我らの里までご案内しますから、今晩はそこでゆっくりとお休みいただき、主との会談は明日という事でよろしいですか」


 事の大きさに動揺している俺に、アイク殿が窺うようにそう尋ねた。

 いや、別に疲れてはいないんだけどなと思いながらふと空を見上げると、既に日が暮れかけていることに気付いた。仮にも一国を治めているような貴顕の下を訪れるにしては遅すぎる時刻だ。

 それに、俺にも少し心の準備をする時間が欲しい。死刑執行を先延ばしにされたような安堵感とともに、俺はアイク殿の提案を喜んで受け入れた。


「それでは、こちらへ」


 アイク殿に促され、俺たちは白い木のアーチを潜った。

 一歩踏み込んだ途端、明らかに空気が違うのを感じる。

 何というべきか。清廉な空気といえばいいのだろうか。

 思わず、その場に立ち止まって大きく深呼吸をした。まるで清流のように澄み切った空気が喉を滑り落ちて肺に留まり、そこから全身へ染み渡ってゆく。思考が澄み渡り、四肢には活力が漲ってきた。

 この感覚には憶えがある。そうだ、指輪を嵌めた時の感覚に近い。


 先導するように歩き出したアイク殿に続いて、俺たちは黄金の大樹へと続く小道をまっすぐに進んだ。大樹にはすぐに着くだろうと思っていたのだが、それはどうやら目の錯覚だったようだ。近いように見えて、中々辿り着かない。それだけ幹の大きさが桁外れなのだ。

 黄金の葉を茂らせた枝を見上げながら歩いていると、なんだか雲を追いかけているような気分になった。

 そうしてしばらく進むと、やがて道の左右に植えられていた白い木の並木が姿を消した。どうやら、あの白い木々は里の周りをぐるりと取り囲むように植えられているようだ。何かしらのまじないなのかもしれない。

 白い並木を抜けると、道の左右は畑になっていた。小麦によく似た植物が辺り一帯に植えられており、金色の穂を風に揺らしている。その他にも、見たことのない植物が幾つか植えられていた。

 興味深くそれらを眺めていると、やがて畑は終わり、今度は奇妙な形をした木々が目立ち始めた。黄金の葉を茂らせているから、あの大樹と同じ種類の木なのだろう。

 前方に聳える大樹とは比べるまでもないが、いずれも大木と呼べる大きさのものばかりだ。幹の一周は二、三十歩はある。それは上に伸びるに従い、奇妙に捩じくれていて、ところどころが楕円形に膨らんでいた。よくよく幹の膨らんでいる部分を観察していると、その表面に水晶の埋め込まれた窓枠のようなものがあることに気付いた。

 そこで、唐突に思い出した。森に住むエルフは、特別な育て方をした樹木を住居にするという話だ。つまり、これらの木々は全て、エルフたちの住む家なのだ。どうやら、楕円に膨らんだ幹が居住区になっているらしい。幹のところどころにぽっかりと空いた洞が入口に当たるのだろうか。扉のようなものは付いていない。

 その数は進むにつれて増えてゆき、互いの幹や枝を絡ませるようにして、大樹の根本に小さな金色の森を形成していた。


「ようこそ、我らの里へ」


 森に入る直前、アイク殿が振り返ってそう言った。

 そこはなんとも不思議で、美しい場所だった。

 森の中へ入ると、小道は白い石で舗装されていた。左右には金色の木々が絡み合うように枝を伸ばし、それが頭上を隙間なく覆っている。だというのに、森の中は驚くほど明るい。

 葉の裏に蛍でも隠れているのか、そこかしこで淡い翡翠色の光が明滅しているからだ。これもエルフの魔法なんだろうか。

 蛍光に照らし出される森の木々は、不思議と生い茂っているといった印象を受けない。むしろ、綺麗に整えられた街並みのように見える。

 樹上では絡み合う太い枝の上をたくさんのエルフたちが行き来していた。そのうちの何人かが、俺たちに気付いて、物珍しそうな目をこちらへ向けていた。

 後で聞いた話なのだが、ここに住むエルフたちはあまり地上を歩かないのだという。というよりも、ここは樹上都市ともいうべき構造になっており、地上を歩くようには設計されていないのだそうだ。


 そんな中、俺たちは木々が周囲を丸く囲んでいる広場に通された。広場の中央には石の台座があり、その上には白い水盆が置かれている。近くには大きな洞のある木が生えていた。

 どうやら、今晩はここで休めということらしい。


「この場所で野営するには幾つか、注意事項があるのですが」


「ああ、それなら問題ないわ。私が一緒にいるから」


 説明しようと口を開いたアイク殿を、レティがそう遮った。どうやら、彼女は家に帰らず、ここで俺たちと夜を明かすつもりのようだ。


「レティス、しかし……」


「お父様は駄目と言ってないんでしょ?」


 レティは事も無げに肩を竦めた。アイク殿は渋い顔をしていたが、結局、彼女の意見を押し通されてしまったようだ。


「では、明日の朝、またお迎えに参ります」


 何かを言いたくて仕方がないという顔をレティに向けながら、彼はそう言い残して森の中へ消えていった。


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