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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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ロスリンの森 1

 エルフに会いに行く、というこの旅の目的を果たすため、ロスリンの森へ踏み込んでから四日ほどが経った。

 ロスリンの森は、中央大連峰の麓に広がる広大な原生林だ。木々は背高く、生命力に溢れ、草花もまた多様な種類が自生している。まさに草木の楽園とも呼べるべき森だが、周辺に住む人々からは奇妙なことが起こる呪われた森として恐れられているらしい。

 例の黒い剣士と大立ち回りをしてしまった街からこの森に入るまで、幾つかの小さな集落に立ち寄ってきたのだが、そこでは知らずに踏み込めば妖精に誑かされて二度とは出て来られないだとか。森の奥深くには魔女が住んでいて、おぞましい呪いを行っているだとかいう話を聞いた。中には夜、森の上に火の玉のようなものが浮いているのを見たという人もいた。

 そのため、魔が潜む森と信じられており、近くに住む人々は薪を拾いに来るどころか、近づきもしないのだという。

 まあ、実際に住んでいるのはエルフなのだが。彼らが人間との交流を断ってから久しく、その存在は人々の記憶から消えてしまったようだ。

 知っている俺からすれば、エルフの住む土地には魔法的な力が宿ると聞くし、火の玉くらい浮かんでいたって不思議ではないような気もするが。何も知らない者にとっては怪奇現象以外の何物でもないのだろう。

 まあ、その火の玉が何なのかは俺にも分からないのだが。


 人の手が入っていない森に、道などあろうはずもない。それでも、かつてエルフたちが使っていた道があるかもしれないと思ったのだが、長い年月の末に失われてしまったのか。或いは元々そんなものが無かったのか。

 森の中に、それらしいものは見当たらなかった。


「ねえ、本当にこっちであってるの?」


 草木を掻き分けるように道なき道を進んでいると、少し遅れて着いてきているラキアからそう声をかけられた。どことなく疲れたような響きがある。行けども行けども緑ばかりで、うんざりしているのかもしれない。


「んー、たぶん」


 そんな彼女に、我ながら頼りない返事だなと思いつつもそう答える。


「たぶんって……」


「仕方ないだろ、俺だって来たこと無いんだから」


 心配そうなラキアに、俺は肩を竦めた。

 辺りの様子を確認すると、かなり奥深くまで進んできたからか。木々の間隔は次第に狭まり、折り重なった枝葉のせいで陽の光はほとんど地表まで届いていない。おかげで下生えも少なく歩きやすいのは良いのだが、日中でも薄暗い森の中というのはそれだけで不安を掻きたてるものなのだろう。


「まあ、大丈夫。方向は間違ってないはずだ」


 そんなラキアを安心させるように、俺は断言した。

 言い切れるのは、目印があるからだ。聞いた話によれば、ロスリンの森にあるエルフの隠れ里は中央大連峰の最高峰であるベラス山の麓にあるのだという。

 天を衝くような峻険な山々の連なる中央大連峰の中にあっても、他とは隔絶した標高を誇るこの山は、見間違える方が難しい。ベラス山は俺たちが森に入った場所から見て、北東の方角にあったのを確認している。森に入ってからも、時折開けた場所に出ては太陽や星の位置を頼りに方角を確かめつつ進んできたから、確実に近づいているのは間違いないのだ。

 問題は、あとどれくらいかかるか分からない事だろうか。


 丸四日間、森の中をさまよい続けているからか。さしものラキアも疲れを見せ始めている。そんな彼女を励ましながらしばらく進むと、小さなせせらぎにぶつかった。大股で簡単に跨げそうなほどの幅しかないが、流れている水は綺麗だ。

 ちょうど良いので、そこで休憩を取ることにした。小さな火を起こし、川の水を沸かしながら、簡単な食事を作った。固焼きのパンを軽く炙って切れ目を入れ、そこにバターと道ながら摘んできた木苺に似た果実を挟む。ちょっとした塩気と適度な酸味が合わさって、予想以上に旨い。スープには、少し豪勢に干し肉を多めに入れた。

 あの黒い剣士から助けたお礼に貰った食料にはまだ余裕があるし、この森は自然の恵みの宝庫だ。食べられる果実がそこかしこに実っているし、その気になれば獣を狩ってもいい。食料にはまったく困らないというのが有難かった。

 温かいものを食べると気力が沸いたのか。ラキアも少し元気になったようだ。

 再び歩き出すと、しばらくしてまた小川にぶつかった。特に何を思うわけでもなく、それを超えて進む。すると、また川があった。

 妙だな。

 三つ目の川を跨ぎながら、流石にそう思った。これだけ狭い間隔で幾つも川が流れているというのに、地面がまったくぬかるんでいない。

 よほど地盤がしっかりしているのだろうか。なんてことを考えながら、ふいに頭上を見上げる。葉の隙間から差し込む陽光の角度から見るに、太陽はもう中天を越えてしまったらしい。あと二、三刻もすれば日が暮れてしまうだろう。

 このままだと、今日も野宿だな。俺は平気だが、そろそろラキアの疲労が無視できない。明日か、明後日までには辿りつけると良いんだけど。


「……と、またか」


 色々と考えながら歩いていると、また小川を見つけた。

 どうにも。なんだかずっと似たような景色が続くな。そう思った時、背後でラキアが大きく息を吐くのが聞こえた。

 凸凹に起伏している地面はただ歩くだけでも体力を奪われる。暗くなる前に野営場所を確保しておいたほうが良いかもしれないな、と。何をしようとしたわけでもなく、俺は胸元の隠しに手を伸ばした。指先が、金剛石の指輪にそっと触れる。

 それからふいに視線を泳がせた先で、木の根元に小さな白い花がひっそりと咲いているのを見つけた。


「おっ」


 思わず声に出しながら、俺はその花に近寄った。そして、一休みして呼吸を整えていたラキアを呼ぶ。


「ラキア、ほらほら! こっち来てみろ! やっぱり間違ってなかったぞ!」


「何? 花? 確かに見たことない花だけど、それがどうしたの?」


 木の根元に屈みこんだ俺の肩越しに、その白い花を見たラキアが不思議そうに首を捻る。


「それに、花ならこれまでにもたくさん咲いてたじゃない」


 今さらそんな花がどうしたのかと言いたげな彼女に、そうじゃないと手を振った。


「これはセルメリア、白麗草だ。特別な効能のある薬草ってわけでもないが、この花はエルフの住む場所にしか咲かないんだ。つまり、この辺はもうエルフの領域ってことだな」


 辺りを注意して見まわせば、そこかしこに白麗草が咲いている。どうして今までこれに気付かなかったのだろうかと不思議に思いつつ、ラキアにそう説明した時だった。


「その通り。ここはもう、私たちの領域よ」


 ぎり、という弓の引き絞られる音とともに、鋭い声が辺りに響いた。


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