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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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黒い剣士 5

「いやいや、ほんっとうに、ありがとうごぜえやした」


 テーブルの上に両手をついた小男と巨漢が、声を揃えて深々と頭を下げる。


「命を救っていただき、なんとお礼を言ったらいいものか」

「危うく、店の前で人死にが出ちまうところで」


 感謝の方向が若干異なっている二人に、いやいやと手を振って応じる。

 ここは昼間、巨漢が腕比べの決闘をしていた広場にあった宿の中だ。同じような宿と同様に、一階部分は酒場としても営業しているらしいが、今日は俺たち以外、他の客の姿は無い。

 この宿の支配人だという小男の計らいだった。


「しっかし、あの黒いのは何者だったんだ?」


 運ばれてきたお茶に口を付けてから、俺は訊いた。

 あの黒い剣士。どうやらお尋ね者だったらしく、あのあと騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵隊に気絶したまま連行されていった。

 もちろん、衛兵などと関わりたくもない俺はそっとその場を後にしようとした。そこへ、なんとなく俺の事情を察してくれたらしい小男が声をかけてきて、この宿に匿ってくれたのだ。

 衛兵隊への事情説明も彼がしてくれた。あの黒い剣士が巨漢を殺そうとした時、どこからともなく現れた謎の騎士が助けてくれたのだと説明したらしい。その後、その気が付けば姿を消していたと。

 それから、ほとぼりが冷めるのを待って、すぐに街を出るつもりだったのだが。小男と巨漢からどうしても礼がしたいと引き止められてしまい、結局今晩はここで一晩泊ってゆくことになったのだった。


「周りで見てた人たちは、レイブンって呼んでたけど」


 俺の質問に、隣からラキアが口を挟んだ。それは俺にも聞こえていたので、頷く。


「レイブン、ねえ」


 随分な渾名だと思う。流石に本名ではないだろう。

 黒鴉レイブンといえば、この大陸では不吉の運び手として知られている。死肉喰らいなんて呼ばれることもある。

 かつては神性を帯びた純白の霊鳥だったそうだが、闇に堕ち、暗黒の王の密偵として影を纏ううちに、その身体もまた漆黒に染まったのだという伝承があった。


「ええ、そう呼ばれておりやす。あれは、近頃この辺で有名になっておりやす、おっそろしい殺人鬼でさあ」


 ぶるりと身震いしながら頷いたのは小男だ。その後を継ぐように、隣の巨漢が口を開いた。巨漢はやはり傭兵で、ダイツという名前だった。


「前回の戦が終わってから現れたらしいんですが、何処から来たのか、名前も素性もさっぱりで。ただ、腕の立つ戦士を見ると誰彼構わず決闘を申し込まずにはいられない性分なようで。ああやって決闘をしているところへふらりと現れては、相手を切り殺して去ってゆくんです。だから、そんな渾名で呼ばれてるんでしょう。恐ろしく強いヤツで、衛兵隊とも何度かやり合ったそうなんですが、手も足も出なかったとか」


 ダイツの説明に、ふぅんと頷く。確かにあれだけの剣の使い手。加えて、妖精人の力まで宿しているとなれば並みの兵士では太刀打ちできないだろうな。


「そんな野郎と対等にやり合うどころか、勝っちまうなんて。旦那はお強いんですねえ」


 感服したような声で小男が俺の顔を、というかたぶん、銀髪を見上げる。

 何だろうか。敬意は確かに感じられるのだが、どこか値踏みしているような視線だ。

 あわよくば、俺を雇えないだろうかとでも考えているのだろうか。

 それにしても。この二人は俺の銀髪を見ても、まるで気にした様子が無い。北の民に対する偏見を丸で持っていないようだ。そのことについて訊いてみると、ダイツはああ、それはと相好を崩した。


「なんでも、前回大戦の英雄であるルシオ・アルバイン主軍も銀髪だったとか。この辺りは、あの戦の最前線でしたからね。将軍の姿を見たことのある者が多いんです」


 その返答に、思わずぎくりとした。が、その後すぐに「まあ、俺は御尊顔を拝したことはないんですがね」と続けたダイツに、ほっと胸を撫でおろす。


「前に一度、アルバイン将軍とともに戦ったという騎士の方と話す機会がありまして。その噂は本当かと訊いたところ、事実だと」


 また、アルバイン将軍に救われた村の生き残りたちも口を揃えて同じことを言っているらしい。そのせいか。この辺りでは北の一族に対する偏見を持つ者が少ないのだという。


「ともかく。北の方々は揃いも揃って剣技の達人だと聞いております。それは本当だったんですねぇ」


 俺が黒い剣士と戦っているところを見たわけでもないのに、ダイツは拝むような顔で俺を見ながら言った。

 彼の視線から逃げるように横を見ると、隣ではなぜかラキアが得意そうな顔をしていた。どうにも彼女は、俺が銀髪を隠して旅をしなければならないことに不満があるらしい。

 しかし、だ。ラキアは知らないのだ。この国で俺を知っている奴に見つかってしまえば、どんな事になるのかを。

 明日になれば、昼間のことで街中の話題はもちきりになるだろう。下手すれば、それを耳にした衛兵隊が俺を探し始めないとも限らない。

 そうなる前に、明日は朝いちばんで街を出ないとな。


 もう少しゆっくりしていくつもりだったんだが。そう肩を落としている俺の前に、エールが並々と注がれたジョッキが運ばれてきた。

 料理の乗った皿も、続々と机の上に並べられてゆく。


「ままま、銀髪の旦那。ともかく、まずは一杯やってくだせえ」


 場を仕切り直すように口を開いた小男からジョッキを勧められて、俺はエールに口を付けた。


「助けて頂いたお礼に、大したことはできませんが。今晩はこの宿でゆっくりとなさってくだせえ。酒と料理もご用意しやした。もちろん、お代はびた一文いただきやせんから」


 などと気前の良いことを言っている彼だが、結局うやむやになってしまった決闘の賞金をきっちり回収していたことを俺は知っている。

 まあ、俺は勝手に横から割り込んだだけなので、賞金を寄こせなどというつもりはないが。

 ともあれ、せっかく用意してくれた酒と料理を残すのもなんだし。ここは素直に好意を受け取っておくことにしよう。


 ダイツは厳つい見た目とは裏腹に陽気な性質で、人懐っこい笑みを浮かべながらあれこれ話しかけてくるため、食事の間も退屈はしなかった。

 彼はローセオン南部の農村出身で、農家の三男として生まれたそうだ。そのため、家業を継ぐことが出来ず、仕方なしに村を出て傭兵になったという。持ち前の恵まれた体格を活かして、前回の対戦では中々の活躍をしたらしい。

 今は、いつか騎士として取りててもらうことが目標だと言っていた。

 そのための武者修行をしていたところ、たまたま流れ着いたこの街で小男に雇われ、ああして客寄せを兼ねた腕比べの決闘をしていたのだという。

 どうやら、ダイツは俺のことをアルバイン将軍の関係者で、騎士身分にあるものだと思っているらしく、どうやったら騎士に成れるかと熱心に訊いてくる。


 そんな彼の話を聞いた俺は、少し考え込んだ。

 今日は相手が悪すぎたが、ダイツの戦う姿には堂に入ったものがあった。金がないので棍棒しか用意できなかったというが、武器の扱いも手馴れているし、きちんとした装備を揃えて、訓練を受けることができれば、かなり化けるかもしれない。

 何より。これほどの恵まれた体格を遊ばせておくのは惜しい気がする。


「……確か、ここから南に行ったところに砦があったな」


「へえ、兄貴。馬蹄砦ですかい?」


 ぽつりと呟いた俺に、ダイツが答えた。頑なに名前を名乗らない俺のことを、彼は兄貴と呼ぶことにしたようだ。こんな巨漢の弟ができたところで嬉しくもなんともないが。

 馬蹄砦は、砦と呼ばれているが実際は城塞だ。草原の中にぽつんと屹立する岩山を繰り抜いて作られたもので、ローセオン南部を防衛する要でもあり、常に騎士団が常駐している。

 そこまでの道は分かるかと訊いたところ、この街に来る前に寄ってきたのだという。

 そこで、俺は小男に頼んで紙と封筒を用意してもらった。借りた筆記具を持って、一人離れた席に移動すると、そこで誰にも見られないように手紙をしたためた。

 あて先は、馬蹄砦の指揮官だ。今は誰が指揮を執っているのか知らないが、城塞を任されるくらいだから、かなり上級の騎士が詰めているはず。なら、俺のことも知っているだろう。

 手紙には、この男は中々見どころがあるので、砦の兵でも騎士の従者でもなんでもいいから使ってみてくれないかと書いた。手紙だけで信じてもらえるはずもないから、一緒にサルタン侯爵から貰った金のメダルも封筒に入れておく。

 前回の一件で懲りたので、このメダルはもう使っていないからなくても困らない。

 封筒を蜜蝋で閉じて、席へ戻った俺はこの手紙を持って馬蹄砦に行ってみろとダイツに渡した。もちろん、決して指揮官以外の者に中身を見せないように念押しして。

 ダイツは、彼に出来る精一杯の恭しさを示しながら封筒を受け取った。

 たぶんこれで、ダイツは俺のことを完璧に勘違いしてしまっただろうなと思わなくもないが、まあ、仕方ない。それに、俺はこの旅の途中で馬蹄砦によるつもりもないから、もう二度と会うこともないだろう。


「では、兄貴。本当にお世話になりました」


 翌朝。まだ陽も昇り始める前。街の外へ出たところで、ダイツがそう頭を下げた。

 宿からここまで一緒に来た彼は旅装に身を包んでいる。このまま、南にある馬蹄砦へ向かうつもりだそうだ。

 そんな彼と、頑張れよと手を振って別れる。


「さて」


 足取り軽く去ってゆくダイツの背中を見送ってから、荷物を担ぎなおす。

 背負っている袋には、宿を出る際に小男が用意してくれていた食料品が詰まっている。干し肉や乾パンといった保存のきくものから、酒の瓶まであった。

 昨日の礼だとは言っていたが、改めて彼の気前の良さに感謝した。

 本当は街で色々と買い込む予定だったのが、昨日の一件のせいで買い物どころではなくなってしまい困っていたのだ。


「行けるか、ラキア?」


「うん。大丈夫よ」


 隣に立つラキアへ声をかけると、こちらもいつもより元気そうだ。

 昨日泊った部屋は、あの宿で一番上等なものだったらしく、当然、ベッドの寝心地もこれまで泊ってきたどんな宿よりも良かった。

 ここからの旅路は少し厳しいものになる。その前に、ゆっくりと休んたようだ。

 街から東へ目を向けると、ちょうど中央大連峰の山々の間から太陽が顔を出したところだった。群青に沈んでいた空が、突き抜けるような快晴に染まってゆく。

 それを仰ぎながら、大きく深呼吸をした。

 目指すは前方に広がる広大な緑の海。エルフが住まう魔法の森。

 ロスリンの森リエン・ロスリンまであと少しだ。


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